第169話 マリー・カタパルト

「次!次わたし!」「俺も!」

「はいはい、順番ですよ~!3.2.1…せいっ!」

「きゃーーーー!!」


エリちゃんの悲鳴が高く上がって落ちてくる。

パウン…パウン…ぱちゃーん!

落ちてきたエリちゃんはごくごく薄く弱く張ったシールド2枚を突き抜けて、湖に水しぶきを上げた。

「ぷはっ!もう一回!もう一回-!!」

「俺!俺が先!」

「オレも~!」

人気絶頂アトラクションは、マリー・カタパルト。

最初こそ背丈くらいの高さでも怖がっていたものの、シールドで落下速度をゆるめてあげると、二人はどんどん要求する高さが上がってきている。エリちゃんでさえ既に5mくらいだろうか。

もちろんオレも高く高く上げてもらう!


「いいですか?行きますよ~?3.2.1…」


「発射!!」


びゅうん!!オレのかけ声と同時に華奢なカタパルトから射出された小さな身体。

ごうごうと耳元で風が鳴り、ロケットのように打ち上がる。周囲の木々がはるか足下に見えるほどに上がると、ぞぞっとする感覚と共に落下が始まった。

「わあーー!」

ぞくぞくする感覚を楽しみながら、両手を広げて風を受ける。きゃっきゃと笑ったら、よだれが後ろへ飛んでいきそうだ。

よーし、今度は何回転しよう?

着水寸前にくるくると回転やひねりを加えて、着水はあくまで静かに、スッと吸い込まれるように。

「きゅ!」

うーん、結構いい線行ったと思うんだけどな?最近採点の厳しいラピスはなかなか10.0を出してくれない。高得点を狙うためには、そろそろ技の構成を考え直す段階に来ているのかもしれない…。もっと訴えかけるような感情的な表現の必要が……

「ユータちゃん…す、すごい…。」

「お前は相変わらず滅茶苦茶だな!」


演技について悩んでいたところで、目を丸くして褒めてくれたエリちゃん。

そっか、タクトだから気にしてなかったけど、エリちゃんはオレのことあんまり知らないもんね。驚かせちゃったかな?

「そうでしょう!?ユータ様はすごいんですよ!素晴らしい才能をお持ちです!!」

「ま、マリーさん!そう言えばお腹空いたなー!そろそろお昼ごはん食べたいな-!」

ずいっと前へ出て語ろうとするマリーさんをなんとか押しとどめて提案する。マリーさんのスイッチが入ってしまったら危険だ。

「まあ!ではお昼にしましょうか。たくさん遊びましたものね。」

にっこり微笑むマリーさんにホッと一息。


「ねえねえ、あそこでごはんにしない?」

「えっ…あ、あんなところで?!」

「どうやって……ああ、アレで行くのか?!」

オレが指刺すのは大きな大きな木の上。枝が四方に張り出して、ちょうどよく腰掛けられそうだし、中央の方は多少のスペースがありそうだ。

「うふふ、わんぱくなのはいいことです。マリーがついてますからね、ちゃんと落っこちる前にキャッチして差し上げますよ。」

「う、うん…。ユータ、お前の所はメイドさんも普通じゃ無いんだな…。」

マリーさんは、自分が見える範囲で、危険を回避できることならあまりとやかく言わないようだ。見えないところでやるとすごく心配されるけど。

まずはこのびしょ濡れの服を着替えないとね。エリちゃんとタクト用に、四方を壁で囲っただけの簡易更衣室を用意して、オレは着替えるのが面倒なのでその隙に魔法で服を乾かしておく。

「おーい、ユータ開けて~!」

「私も大丈夫!」

二人の声に壁を崩すと、二人はどこか達観したような顔で土壁が崩れる様を眺めていた。

「この数時間の付き合いだけでタクトの言ってた意味がよく分かるわ…。」

「だろ?」

「オレのこと?タクト、何話したの?!」

「お前がポンコツってことだよ!」

ひ…ひどい…わざわざ言うことないじゃないか…。

『主!大丈夫、主はポンコツはポンコツでも優秀なポンコツだから!気にすることないって!』

そんなに連呼しなくても…チュー助にポンコツ呼ばわりされるなんて非常に心外だ。

むくれたオレを見て可笑しそうに笑う二人。くそー今度はタクトの笑えるお話を収集してエリちゃんに話してやるんだから!



みんなの準備が整った所で、大木の下へ。

「じゃあまずオレが行って二人をキャッチできるようにするよ!マリーさん、お願い!」

オレは一人で登れないこともないんだけど、まずは大丈夫って所を見せないとね。

「では行きますよ~!それっ!」

ひょーいと投げ上げられて、はるか頭上へ。ちょっと上がりすぎかな?くるっと半回転して逆さまで高い位置の枝を蹴ると、もう一度半回転して足から目的の枝に着地する。

うん、オレが飛んでも跳ねてもびくともしない。ちょっと重いかもしれないけど、肩を貸してね。ごつごつと固い木の皮をそっと撫でてお願いする。


「おっけー!二人もおいでよ~!」

「え…ちょっ、ちょっと待って?心の準備……ああぁぁ~!!」

にっこり微笑んだマリーさんに、有無を言わさず射出されたタクト。

ぱうん!

モモの絶妙なシールドを突き抜けて、ストンと着地と同時にへたり込む。

「む、む、無理ぃ~!!」

「もう終わったよ?無理じゃ無かったじゃない!」

恨めしげなタクトの視線を受け流して立たせると、下に向かって手を振った。

「いいよ~!エリちゃんはちょっと怖いかもね…マリーさん、一緒に上がってこられる?」

「お安いご用ですよ!」

ホッとした表情のエリちゃんは、さっと小脇に抱えられてきょとんとする。

ひょい、ひょい、ひょーい、くるっ、スタッ!

あちこちを蹴りながらあっという間に上がってきたマリーさん。

「マリーさんカッコイイ!」

「ありがたき幸せ!!」

樹上でマリーさんとハイタッチする。相好を崩す、とはこのことだと言わんばかりの笑みだ。傍らでうずくまるのは蒼白な顔をしたエリちゃん。

「あー。あれならオレ一人で飛ぶ方がいいわ。」

二人にはちょっと高かったかな?でも早く来られたでしょ?


「さ、ごはんにしよう~!もし落ちてもシールド張ってあるしマリーさんもいるから大丈夫だよ!」

「ひ~そう言われてもケツがひやひやする!」

「こんな高いところに来たの初めて…。」


上からも下からも木の葉の擦れ合うさやさやとした音が響き、枝葉を抜けてきた優しい風が頬を撫でる。素足を空中でぶらぶらさせると、通り抜ける風がとても気持ちいい。チラチラとこぼれる木漏れ日は、俺達の身体にまだら模様を描いていた。

オレは太い木の枝に腰掛けて、二人は各々木の幹にもたれるように座っている。どうやら背中を預ける物がないと不安らしい。

腰を落ち着けたところで、さあ食べよう。

「これは親子丼って言うんだよ。卵と鳥肉が入ってるんだ。」

「ん?もしかして…鳥の卵だから親子なのか?プッ!なんだそのネーミング!」

「ふふ、面白い名前~!でもすっごく美味しそう!!」

親子丼、このシンプルな料理は奥が深い…オレが好きな親子丼は、たれが少しとろりとして、甘めのつゆをたっぷり!ふんわり半熟に固めた卵の上には、さらに温泉卵を乗せて!!本当は生卵の卵黄を乗せるんだけど、生は怖いかなと思って温泉卵にしてみた。


「名前はともかく、マジで美味そうだ!!食ってもいいんだよな?よし食うぞ!!」

スプーンでがつがつと美味そうに食べるタクト。美味いと言う間も惜しんで貪る様子に、エリちゃんも慌てて食べ始める。どうやら大変お気に召していただいたようで、にこっとしたオレは、自分の丼に取りかかる。

「いただきまーす。」

まずはそのまま、つゆの味を確かめつつ一口。うん…懐かしい味!麦ご飯はちょっとぽそぽそするけど、丼にした方が気になりにくくていいな。鳥肉のぷりっとした食感もいい具合だ。

よし、後は温泉卵を崩して…。つゆを吸った半熟卵と、卵本来の味わいを保った温泉卵が混じり合い、魅惑のハーモニーを奏でる。

「美味しーい!」

つゆの甘みに卵の甘み、そこへ鳥肉のうま味が加わって、思わずにっこりだ。


さやさやと涼やかに揺れる葉に囲まれて、オレたちは存分に樹上のランチを楽しんだ。





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