第170話 木漏れ日の中で
食後のデザートはマリーさんが準備してくれたフルーツ類、新鮮な果物が豊富に入手できるのは貴族ならではかもしれないね。丼には野菜がほとんど入ってないからフルーツでビタミン類を補おう作戦だ。ここのフルーツにビタミンが含まれてるのかどうかは知らないけど…。
タクト達も大分慣れてきたのか、腰を落ち着けた場所から動こうとはしないけれど、寛いだ様子だ。
木の上ってどうしてこう落ち着くんだろうね。ここまで高いとあまり虫もいないし、本当に快適だ。これはDNAに刻まれた安全地帯の記憶だろうか。
どうもお腹がいっぱいになったら眠くなってしまうので、オレは枝にうつ伏せになって四肢を垂らすとウトウトする。この姿勢ってあれだね、パンダみたい。確かに安定するよ…賢いね、パンダ…。
「ゆ、ユータ!お前…さすがにそんなトコで寝るなよ!!お前寝たらシールド消えんじゃねえの?!落ちたらどうすんだ?!」
気持ちいい風の中、大樹に抱かれて夢の世界に片足を突っ込もうとした所で声をかけられる。
「んー…モモが起きてたら大丈夫…ここ高いから…オレは落ちても大丈夫……。」
「寝るなっての!高いから危ないんだろ?!なんで大丈夫なんだよ?!」
「…たかいから…おちるまでに…めがさめるよ……。」
「無茶苦茶だな?!」
「タクトも…ねよう…。」
おやすみ……。
「こんな所で眠れるほど俺の心臓に剛毛は生えてないんだよ!!!」
「ふふ、ユータちゃんってこういう所は小っちゃな子なのね~。眠ってたらかわいい子どもにしか見えないのに。」
「寝てる場所が普通じゃねえけど…。」
「あらあら、ユータ様ったら…。」
デレデレしたマリーさんがユータをそっと抱え上げると、シートを広げた上に寝かせて膝枕した。お腹にタオルをかけてそっと頭を撫でる様子を見ていると、まるでどこかの部屋の一室みたいだけど…ここ、地上からはるか離れた木の上だぞ…。
「…気持ちよさそうね…なんか私も眠くなってきちゃった。」
お前もかよ?!エリも案外肝っ玉の据わったところあるからなぁ…。
「大丈夫ですよ、ちゃんとマリーが見てますからね。」
本当かよ…膝枕やめてちゃんと助けてくれるんだろうな?!でもユータがいるところはともかく、俺たちの身体を預けてる場所はそうそう落っこちるような場所じゃない。
こつん。そう言ってるうちにエリがもたれかかってきた。
「……なんかタクト硬くなったね。寝心地悪いわ。」
「へへっ!だろ!?俺だってあいつらに負けないように鍛えてるんだからな!」
ふーんと気のない返事をして小さなあくびをひとつ。完全に目を閉じたエリから、ほどなくしてすうすうと寝息が聞こえ始める。
全く、危機感のないヤツらだ…マリーさんはクソ強いと思うけど、ユータにべったりだし、ここは俺がちゃんとしなきゃな!冒険者になるには見張りが出来なきゃ話にならない!
「んん……あれ?」
「目が覚めましたか?そろそろお声かけしようかと思っておりました。」
気持ちよく目覚めると、聖母のような顔をしたマリーさんが視界に入った。頭の下には柔らかな枕。
「あ……ごめんね、枕にしちゃってたんだね!」
「いいえ!!まさに…至福の時…でした。」
非常に満足した表情を見るに、本当にそれで良かったのだろう…まるで後光が射しそうな満ち足りた微笑みだ。
タクト達は、と見ると木の幹にもたれかかって『人』の字みたいになって眠っている。ふふ、結局二人とも寝てるじゃないか…小さな子が寄り添って眠っている姿はとてもかわいらしい。普段はやんちゃなタクトも、こうしてみるとまさに天使の寝顔だな。
うーんと伸びをして、太い枝にごろりと寝転がる。
見上げれば、揺れる葉にきらきらする木漏れ日。葉の擦れ合う心地良い音。ああ、綺麗だな…早くみんなを喚べるといいんだけど。
「…ねえモモ、次に喚ぶのはどの子がいいのかな?」
『そうね、私は割り込みの特例だから例外として、普通は若い者の方が喚びやすいらしいから、年齢順じゃない?』
「そっか…そうなると…次は白山さんかな。」
『ああ、あの子が一番若かったのね。私よりずっと大きくなってたから忘れちゃってたわ。』
「モモと比べたらみんな大きいよ~!」
『そうでもないでしょ?小谷さんだって同じぐらいでしょ?』
「小谷さんか…確かに。」
白山さん…小谷さん…早く会いたいな…二人の元気な様子を想像して、自然と口元が綻んだ。
残りの召喚の授業はあと2回。それが終わったら卒業として召喚陣をもらって終わりなんだって。
特殊項目の授業は、授業数が5~10回と、とても少ない。さわりだけサラッとやって終わる感じだ。中でも召還の授業は才能によるものが大きくて、最初のスライム召還ができたらあとは各自の素質によって喚べる者が変わるので、あまり教えることもないらしい。結局実際に授業中に召喚するのはスライムだけ、好きに召喚しだしたら収拾がつかなくなるらしい。
その代わり、自分で新たな召喚をしたいと思ったら在学中は先生立ち会いの下で行えるそうだ。
オレは目立ちたくないからもちろん一人で…いや、ルーの所で召喚しようかな。あそこなら人に見つからないし、生命の魔素が豊富だからオレの魔力が足りなくなっても補充できる。
またルーが怒ると思うけど、何かあったら経験と知識豊富なルーがいるのはとても心強いからね…。
「ふあ~…あ?!あれっ?俺寝てた?!」
大きく伸びをして、がばりと身体を起こしたタクトのせいで、エリちゃんの頭がタクトの膝に落ちる。
「っ!いたた…もう、何よ…。」
ぼんやりとした顔で目をこするエリちゃん。
「うっわ…俺こんなとこで寝ちゃってたよ…。」
どこか落ち込んだ様子のタクト。いいじゃない、気持ちよく眠れたんだから。
「皆さん目が覚めましたか?では夕方になる前に村の方へ戻りましょうか。」
「お、おう……。どうしたんだ?マリーさん、なんかキラキラしてねえ?」
「ユータちゃん成分の充填が完了したんじゃない…?」
こそこそ話す二人を置いて、オレは下を覗き込む。うん、いけそうだ。
「マリーさん、オレ先に下りるから二人を見ていてね?」
「ええ、ユータ様は大丈夫ですか?何かあればこのマリー、風より速く駆けつけますが…。」
「大丈夫だよ!最後はシールドも使うから。」
「先に行くね!」
「えっ…おいっ!?ユータ?!」
「きゃああ!!」
二人に手を振って飛び降りたら、悲鳴をあげられてしまった。大丈夫なのに…。
危なげに見えないように枝を掴んで回転したり、幹を蹴って勢いを殺しながら、とん、とん、とゆっくり下りていく。
ただ、下の方には枝がないから飛び降りるしかない。このまま飛び降りても大丈夫な気がするけど、一応シールドで勢いを弱めつつ回転と捻りを加えてスタッと着地する。ちなみに回転と捻りを加える必要は全くない。
上の方で何やらタクトの怒った声が聞こえるけど気にしない。二人が下りやすいように先に下りたんだからね!
ちょっと高さがあるから大規模になるかな…木の周りを囲むようにくるっと回ればいいかな…。
頭の中でしっかりとイメージしてから土魔法を発動!
ズズズ…と立ち上がる土壁が、ゆるくとぐろを巻くように木を覆ってタクトの所まで到達する。
「うっわ…な…なんだこれ…?」
『タクト、ほら行け!尻になんか敷いといた方がいいかもな!』
「えっ?チュー助、行けってどういう…?」
「ねえ、もしかしてこれって…滑って下りろってこと??わ……わあ~…ユータちゃんって…魔力多いって…こんなこともできるんだ…すっごい便利ね…。」
「ぎゃあああ~!!」
「はい、到着~!」
悲鳴を上げながら下りてきたタクトをキャッチして立たせてあげる。どう?楽に下りられたでしょ?
「ひゃあああ~!」
エリちゃんは実に楽しそうな笑顔で下りてきた。
「楽しかった?」
「うん!ユータちゃんって本当に何でもできるのね!魔法使いってすごいのね!」
「お前は何でもやり過ぎだ。……エリ、騙されるな…魔法使いはこんなのじゃないぞ…。」
ふらふらしながら文句を言うタクト。確かにオレは魔法使いじゃなくて召喚士だけども。
「なあ……お前さ、もしかして上まで階段作れんじゃねえの…?」
「作れるよ?」
「なら!上まで飛んでいくことなかったろうが!?」
「え~!そんなの面倒じゃない!階段で上ったら大変だよ!?」
「大変じゃねえ!!先に言え!!!」
あんなに一瞬で上まで行けたのに何が不満だって言うのか…。
惜しいけどちゃんと痕跡も残さず滑り台は撤去しておいた。ルーの森にこれを作ったらどうだろうか?とっても楽しそうだ。
「じゃあねー!」
「またな!俺明日は父ちゃんと出かけるからいないぞ!」
「分かった!またね~!」
久々にいっぱい身体を動かして遊んで楽しかった。鍛錬はいつもしているけど、遊ぶのとはまた違う。
『ゆうた、ご機嫌ね。あなたは子どもなんだから、いっぱい遊んだらいいのよ。』
「うん!ありがとう。オレ、なんだかすっかり子どもになっちゃったみたい。」
『ふふっ!あなたは元から子どもみたいだったと思うけど?でも今はどこからどう見ても子どもね。安心して子どもでいるといいわ。』
にこにこしながらマリーさんと手を繋いでの帰り道、オレはまだ知らなかった…。
家では随分へそを曲げたカロルス様たちが待っていることを…そしてそのご機嫌をとるために、せっせと大量の唐揚げを作る羽目になることを………。
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