第138話 ランドンの短剣
…これはなんだろう?どこか温かみを感じるその半透明のもや。魂ってこんな感じだろうか。
『……俺様は短剣チュームライアスだ。ガキ、お前の名前は?』
もやが、偉そうに言った。
チュームライ…オレの頭の中に瞬時に浮かぶ、腰に剣をさして腕を組んだ偉そうなネズミ。ううん、これはチュー侍。
『あっ?お前っ!ちょっと?!やめっ…!!』
途端に焦り出すチュー侍さん。一体どうしたと思う間もなく、半透明のもやがぎゅうっと凝縮されて…ぽとりと何かが落ちてきた。
「えっ……チュー侍!?」
『誰がっ!!!チュームライアスだ!!!!』
こぶしを振り上げて怒っているのは…身長(?)15㎝くらいの……大きな灰色ねずみ。プンスカする姿はとてもコミカルでかわいい。まるで中に小人が入っているのかと思うような人間くさい仕草だ。
『おのれ…なんでこんな姿に!!!剣の方がマシ!ずっとマシ!!戻せ!』
ぺしぺしぺし!!と地団駄を踏んで怒るねずみ。
「オレが?どうやって??その姿がチュー侍じゃないの?」
『ち・が・うっ!!お前が!!オレの精神体を!!勝手に!!具現化したんだっ!!!』
そうなのか!そう言えばオレの魔力は生命魔法の素質が強いから…半生命の妖精も強化しちゃったぐらいだしそういうこともあるのかな?
「えーでもチュー侍がオレの魔力勝手に引っ張っていったでしょ?オレやり方わからないよ!」
あの時ぐいっとオレの魔力を吸収したのはチュー侍の方なんだから。
『うっ…ならば!せめて!!もっとカッコイイ姿を想像しろ!創造しろ!!』
それは無理。目の前に現われたことでもう完全にチュー侍のイメージは固まってしまった。
「あ…あの、さ。お前普通に会話してるけど…それ……なに?」
恐る恐る問いかけてきたタクト。気付けば店主も目を剥いてねずみを凝視している。
『けっ!聞いて驚け!俺様はかの有名な短剣使い、ランドン愛用の短剣、チュームライアスだ!!』
「へえ、有名な武器ってしゃべるの?」
「しゃべるか!!!ランドンは結構有名だけど話す短剣なんて聞いたことないぞ?」
「うん、僕も知らない~!」
ねずみは腹の立つ顔でチッチッチと指をふると、ぽすっとあぐらをかいて(?)座った。
『フン、何も知らないガキめ。ランドンはな、実は少し生命魔法の才能があったのさ。でも短剣使いがそれを活用する機会なんてねえ。だからな、夜な夜な短剣に余った魔力を注いで話しかけてたんだ。』
「……なんで?」
「そう言えばランドンって結構変わった人で、ずっとソロを通したって…。」
「ただの変人じゃねえか…。」
ひそひそ話すオレたちに全く構わずに、ねずみは一人(?)熱く語っている。
『長い月日が流れ、そしてついに!!あの日、俺様はかすかな精神体として目覚めたんだ!そこからは来る日も来る日も魔物とランドンの魔力を吸って精神体を維持・強化に努め!短剣に宿る精神体として安定することに成功したんだ!!』
座り込んで長い物語が始まるかと思いきや、結構サクッと終わるんだ。
目をうるうるさせてガッツポーズするチュー侍だけど、それ、勝手に宿主の魔力と切った魔物の魔力吸収して育ったんでしょ…ある意味魔物の一種…?
「これって討伐した方がいいの?」
『待て待て待て待て!!!なんでそうなる!近頃のガキは恐ろしいこと言いやがる!!俺様は言わばランドンの短剣に宿った…そう、短剣の精!』
シャキーン!と片手を腰に、もう一方をピンと伸ばして天に掲げる。……それって精霊のポーズなの?
「そ、その…短剣チュームライアス殿、私はずっとあなたを管理していたから、ランドンさんの短剣であることを知っとりますが、言葉を発したことなど一度も…ランドンさんだってそんなこと一言も言わんかったですが…。」
やっと復活したらしい店主がねずみ相手に丁寧に声をかけると、チュー侍はピタリと動きを止めた。
『だって…ランドンのやつ、話しかけたらうるさいって…黙ってろって。俺様がんばって、せっかく話せるようになったのに…。がまんして黙ってたら、年取ったし引退するって俺様置いて行っちゃった…。俺様いい剣なのに……それで拗ねてたら段々魔力なくなって……俺様剣の中で眠ってた。』
しょんぼりと項垂れたねずみからは哀愁が漂っていた。へちょりと垂れた耳とおひげがなんとも切ない。ランドンさん…もうちょっと構ってあげてよ!かわいそうじゃないか!
「そ、そうなんですか…お気の毒に?」
店主も短剣相手になんて言えばいいのか微妙そうだ。そして、何か言いたげにじーっとオレを見る。
「かわいそうなねずみさんなんだね~。」
ラキ、それはねずみじゃなくて短剣だよ?どうしてオレを見つめるの?
「なんだよ…切ないじゃねえか…なあ、ユータ。」
タクトまで鼻をすすってオレを見る。
* * * * *
「毎度ありー!ボウズ、末長くかわいがってやれよ!!」
『オヤジィ!怖い顔だけどいいやつだったよ!ありがとー!ありがとーー!!』
オレの頭の上で涙ながらに手を振るねずみ。目立つから!ちょっとやめて!?金貨1枚でうるさいねずみを買う羽目になったオレは少しむくれている。
「け、けどよ、ランドンの愛用した短剣には違いないんだから、さ!」
「そうそう、金貨1枚で手に入る物じゃないよ?いい買い物だったよ~!」
『またまた照れちゃって~!かの有名なランドンの短剣が手に入ったんだぞ!もうちょっと嬉しそうにしろ?俺様を金貨1枚で入手した幸運ボーイめ!』
肩に下りてきたねずみが、肘でほっぺをうりうりする。そこそこデカイから大変に鬱陶しい。ごめん、ランドンさん……確かにこれはうるさいわ。
―ただいまー!ユータ、エリスから聞いたの。変なの買ったって。
ぽんっとラピスがお出かけから帰ってきた。どうやらオレについていたエリスが連絡したようだ。
『ひょっ?管狐?!従魔?!主よぉどういうこと?!主は短剣使いでしょぉ?!』
涙目でオレの耳をぐいぐいと引っ張るねずみ。
―これなに?魔物なの?
『ひぃっ?!』
どうやら精神体だとラピスの魔力をまともに感じるらしい。怯えたチュー侍が、ひゅっと……短剣に吸い込まれた。
『あっ?』
「あっ?」
………自分で戻れるんじゃないか!!!
―……ユータはお人好しなの。短剣があればねずみはいらないと思うの。
『………。』
ラピスに事の次第を伝えると、厳しい意見が出される。
短剣から顔だけのぞいたホラーな有様で、チュー侍がうるうると瞳を潤ませて訴えかけてくる。
…うるさいけど、これも命の一種なんだろう。むやみに奪うものではないし、こうやって短剣の中にいればそう問題はない。
「まあ…これも縁だと思うことにするよ!」
ぴょんと飛び出してきてこくこくと激しく頷いたねずみが、ふと思い立ったように言った。
『主はまだガ…こどもだろ?だったら俺様役に立つ!だってずっとランドンのそばにいたから、冒険者のことも知ってるし、何より主に剣教えられるぜ!俺様の使い方は俺様が一番よく知ってるぜ!!』
「そうなの?それは嬉しいな!でもオレ、二刀流を教わりたいんだけど…。」
『主ぃ、ランドン知らねえな?ランドンは晩年二刀流だったぞ?』
「えっ?!ホント!それは嬉しいー!やった~!」
オレは思いがけないところで二刀流の指導者を手に入れることができたようだ。頼れるかどうかは別として。
―役に立つならいてもいいの。一緒にがんばるの!
思いの外喜ばれたチュー侍は、ぽかんとした後、喜びを隠しきれずに口元をニヨニヨさせている。
『俺様、役に立つ!!見てろ!最高の剣チュームライアスが世界一の二刀流にしてやる!』
きりっとした顔でおひげをピンとさせ、拳を突き上げた姿は、それでもやっぱりどう見てもねずみだった。
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