第137話 武器屋
学校の授業は相変わらず面白いけど、周りに合わせようと一生懸命になっていると案外疲れるものだ。
そう、オレは授業で悪目立ちしないよう周りをよく観察することを覚えたんだ。これでもうおかしなことはしないぞ!
それに、あの日コツを掴んでからというもの、頭の中の地図をきちんと描く練習に明け暮れているので、退屈な授業も気にならない。
体術の授業でも地図魔法の方に気を取られていたら、うっかり木刀で受けなきゃいけない攻撃を全部流してしまったりしたけど、大したことではない。マッシュ先生の後ろについてランニングしている時にも集中していたら、いつの間にか先生のスピードが上がっていて気付けば後ろに誰も居なくなっていたりしたけど、そう、大したことではない。
……そうだね、実技の授業で他のことに集中するのはやめよう…。
今日の3項目目の授業は魔法だったので、当然のような顔で杖を使っている。
最初の頃は出来るかどうか不安だったけど、さすが発動しやすくするための杖!問題なく使うことができた。でも、杖があるとコントロールがしにくいと思ったのはオレだけだろうか。オレは実戦で杖は使わないだろうな。
最初の授業でいきなり明かりの魔法をやったのは、教えなくてもできる生徒をふるい分けるためだったみたいだ。徐々に魔法使い向きの班とそうでない班、可能性のある班に分かれて授業をするようになった。座学はずっと一緒にやるけれど、魔法使い向きでない子がいつまでも実技練習をするのは時間が勿体ないので、希望があれば他の授業を受けられるようになるらしい。
4項目目の薬学の授業では、たくさんの雑草と薬草を混ぜて、薬草の見分け方、なんてやったものだから…
「ピッ!ピピ!」
できる!やってあげる!ってティアが張り切るのを抑えるのが大変だった…。ありがとう、今はいいんだよ…。この授業では回復薬の作り方や解毒薬の作り方など簡単な調合の基礎も習うことができるので、これからもとても楽しみだ。生命魔法なんて使ったりしないから大丈夫!ちなみに薬学と魔物・魔法生物担当は1組のメメルー先生だった。
オレはどうやらティアのおかげで体を害するものは概ね受け付けないようになっているらしいけど、「あくまで『体を害する物』だから気をつけるの」ってラピスが言っていた。『オオワライタケ』で笑いが止まらなくなったり、『ネムリソウ』で眠ってしまっても、体に害があるわけではないので防げないそう。それ自体は問題ないけど、その間に戦闘になっちゃったりしたら困るもんね。オレは解呪の応用で解毒できるけど、寝てしまったらどうにもならない。そのあたりの対策も考える必要がありそうだ。
* * * * *
「なあなあ、今日は外行ってみねえ?買い物もいるだろ?」
タクトの弾んだ声に、オレもそわそわしてくる。だって、今度冒険者養成授業で、初めての遠足……じゃなくって実地訓練があるんだよ!そもそも冒険者養成の授業は実地訓練がメインで、名前の通り冒険者になりたい人のための授業だから、貴族には大変不人気な授業だ。
ただ、貴族でも技術者でもなければ、とりあえず定職を見つけるまでは冒険者で食いつなぐ、という人が多いご時世なので、冒険者養成の授業は需要が多くて1年生でもかなりの時間がそちらに割かれている。なんせ命にダイレクトに関わってくる項目だけに、学校側も力を入れているようだ。当然ながら1年生は必須授業のうちに入っているので、実地訓練は希望者のみ、という形になっている。
まるで明日にでも行くようなワクワクぶりだけど、さすがにそうはいかない。各自の準備や授業の進行具合も考慮して、二週間後くらいだそう。この間に、両親の許可がいる人は手紙を出しておくんだって。
「なにがいるかな~?保存食に、水筒に、丈夫な服でしょ、大きな袋もいるよねぇ?」
「武器だろ、武器!魔物がきたらどうすんだ?」
「魔物がきたら先生が倒してくれるよ!あんまり来ないって言ってたけどドキドキするね!」
3人で街を歩きながら相談する。日帰りなので実は大した用意はいらないんだけど、楽しいからいいんだ!あちこちのお店をのぞいては、将来あれを買うとか、冒険者になったらみんなでテントを買おうとか、つまるところ何も買ってないんだけど、とても楽しかった。
「お、武器屋!武器屋行こうぜ!」
武器屋って興味津々だけど、怖いおじさんがいそうで尻込みしていたんだ。何のためらいもなく飛び込んでいくタクトってすごい。
案の定カウンターで剣を磨いていたのは怖そうなスキンヘッドにヒゲの男性。ちらりとこちらを見たけど、何も言わずに作業を続けている。出てけとは言われなかったのでホッとした。
「うわー!スゲー!剣がいっぱい!あれカッコイイ!あんなの使いたいな!」
タクトが指すのはあろうことかタクトより大きい大剣。さすがに欲しいとは言わなかったけど、先は遠そうだね…。
オレが欲しいのはナイフや小さな短剣なので、買えるかな?もう一本欲しいんだけど。
「ユータはナイフ持ってたんじゃないの~?」
「うん、一本は持ってるんだけどね、オレは二本使うの。練習用しか持ってないから。」
「二本も何に使うの~?武器とお料理?」
あ、そう考えると3本いるね。でもお料理の時は包丁がいいな。
「ううん、二刀流を練習してるの!」
そう言うとエアナイフ2本を構えて素振りしてみせる。
「わあ!ユータかっこいい~!」
「スゲー!さまになってるじゃん!俺も剣で二刀流しようかな!」
二刀流は教えてくれる人がいないので結構自己流なんだけど、キースさんの動きを思い出しながらコツコツ頑張ってるんだ!影の努力を褒められてにこにこしてしまう。
「…ボウズ、誰に習った?」
突然低い声に話しかけられてビックリした。振り返るとカウンターの怖いおじさんがこちらをじっと見つめている。
「え、えっと…習ってはいないよ。見たことあるのはキースさん!」
「キースだと!キースが人に教えられたのか?」
「キースさんを知ってるの?うーん教えてもらったのはほんのちょっぴり。馬車に乗ってる時に見せてもらったんだ!」
「それだけで…?お前、冒険者になるのか?」
「うん!」
そう言うと、店主らしき怖い人は奥へ引っ込んだ。戻ってきたその手には二本の短剣。
「ボウズ、お前を見込んで運試しだ。この短剣、どちらがいい?どちらか金貨1枚で譲ってやるよ!ただし、片方の価値は銀貨1枚、もう片方は…どうだろうな、人によっちゃあ金貨何枚つんでもほしがる価値がある。」
「金貨一枚!短剣が?!高っ!!こっちの銀貨1枚やそこらのでいいじゃんか!こっちの方がカッコいいぞ!」
「ユータ…金貨なんて持ってる?短剣1本に金貨だなんて…やめておいたら?」
そうだね、金貨1枚なら払える額なんだけど短剣にかけるには勿体ない額だ…ブラシにはかけたけど。
「別にいらねえなら無理には勧めねえよ。よく見りゃお前、ホントにガキだな。いい剣筋だとそればっかり見てたが…こりゃ人選を誤ったかもな。」
オレの素振りを見て認めてくれたのか!それは嬉しい。だったら運試しにしないでほしいとも思うけど。
改めて店主の持つ短剣を見つめる。どちらも特に見た目に特別な感じはない。ないけど…なぜか片方に目が牽かれる。
「これ、持ってみてもいい?」
「おう。」
店主の僅かな期待を込めた視線を感じながら、そっとナイフを受け取った瞬間、ぐんっと魔力が引っ張られた。思わず短剣を取り落としそうになって、慌てて両手で掴んで視線を上げると…。
『けったいなガキだな…なんつう魔力だ。具現化しちまった。』
そこには、ハンドボールほどの半透明で白いもやみたいなものがあった。
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