第139話 使えない魔法

『主ぃ!安心しな!俺様空気の読める短剣だからな!静かにできるぜ!』

部屋に置いて出ようとしたら、泣きながら短剣引きずって追いかけてくるねずみのせいで、オレは常に短剣を身につける羽目になった。学校で声を出されたら困ると言ったんだけど、静かにできるって言うから仕方なく…。


『大丈夫、だってランドンとこでずっとしゃべらずにいたし…。』

すぐ切ない影を背負うので放っておくわけにもいかなくて、渋々だ。

―チュースケは甘えん坊なの。

『ち、違う!これはその…主を守るために…。』

―どうやって守るの?

『…俺様を使ってもらって…?』

チュースケには戦闘能力なんてないもんね。

彼(?)は短剣に宿ったごく下級の精霊みたいなものだから、消滅させるのはさほど難しいことではないらしい。むしろ精霊を好む魔物からオレが保護しないといけない。


『ところで俺様、忠介(タダスケ)って名前をもらったはずじゃなかったっけ…。』

―タダスケは名前、チュースケはあだ名なの!ラピスだって名前はラピスラズリって言うの!

『おっ!?そうか!あだ名かー!それは悪くないな!!』

によによと口元を歪めて腕組みするねずみ。君は単純な所が長所だと思うよ。



学校では、毎日1項目は冒険者養成の授業が入るようになり、2週間後の現地実習に向けて、必要な知識をたたき込まれている。

仮登録とは言え、冒険者登録が出来るようになるのは現地実習の出来次第とくれば、真剣にもなるよね!

それでなくても冒険者養成の授業はとても面白い。ボーイスカウトみたいなんて言ったら怒られるだろうけど、火のおこし方や森の歩き方、冒険者同士の決まりごととか、キャンプに行く前みたいでワクワクする!

こういう野外での活動について聞いていたら、いかに魔法が大切なのかがよくわかる。魔法使いに向いていなくても魔法の練習はやっておくべきだね。例え火種とコップ一杯の水しか出せなくても、遭難したときには命綱だ。


「いいよな~お前ら魔法使えて!水筒いらないじゃん!」

「魔法使えても水筒はいるよ~魔力は大切にって習ったでしょ~?」

タクトはオレたちの部屋に入り浸ってゴロゴロしている。いくら頑張っても魔法が使えなくてふて腐れているらしい。


「俺は全然使えないのか~諦めて違う実技取るかなぁ…。」

タクトが違う授業に行っちゃうのは寂しいけど、全然使えないのに受け続けても仕方ないよね…。妖精魔法を教えるわけにもいかないしなぁ。

「呪文間違ってるんじゃないの~?」

「そんなわけねえよ!一生懸命覚えたんだぞ!なんかコツあるんじゃねえの?俺にも教えろよー!」

ばふっとオレの枕に顔を埋めて凹むタクトに、オレたちは顔を見合わせる。




「おーし!じゃあユー…タは参考にならない気がするからラキ!お手本!」

うむ、悔しいけど君はよく分かっているね!なんせオレは呪文覚えてないからね!そのうち覚えるかな~と、普段はぼそぼそ呟くふりして誤魔化している。

オレたちは今魔法の練習をすべく校庭の一画に出てきている。タクトの魔法が成功して、オレのベッドが水浸しとかイヤだからね!


「わかった~!いくよ?『あまねく水よ、水の精よ、我はその恵みを乞い願わん、我が対価を受けその御業を示せ、ウォーター!』」

おお~ラキすごい!噛みもせずに難しげな言葉をスラスラ述べると、手元の器に水がなみなみと貯まった。ちなみに1年生は文の意味を理解してない子がほとんどなので、全部平仮名もしくはカタカナの単なる呪文に聞こえる。この呪文、どうして自分の魔力を使うのに水の精とやらに乞い願うのか、さっぱり分からないといつも思う。

ただ水を出すだけの初歩魔法に随分大層だけど、これで短い方なんだ…攻撃魔法とか早く唱えないといけないだろうに、結構長いんだ。ただ、慣れてくれば呪文はどんどん短縮できるそうだ。


「くっそー簡単そうなのに…いくぞー!『あまねく水よ、水の~』」

やるじゃないか、あんな文言をちゃんと言えるタクトにちょっと感心する。

でも……

「あーやっぱり無理!!一滴も出てこないぞ!水が向いてねえとか?『苛烈なる火よ、火の精よ、我は~』」

「危ないよ~!」

慌てて離れるラキとオレ。でも、やっぱり唱え終わっても煙すら出ない。

「なんで!やっぱり無理だ-!」

ばたりと地面にひっくり返るタクト。

「うーん、呪文は合ってたし…もう一回ゆっくり一緒にやってみようよ。」

この場にオレって必要なんだろうかと思いつつ、一緒に呪文を唱える様子を見つめる。


おや?じっくり眺めると、タクトは決して魔力が多くはないけど、コップ一杯の水ぐらいなら出せそうだ。ちゃんと体内魔力を集められていると思う。なのにどうして発動しないんだろう?

「うん…?」

いざ呪文が始まったとき、その違いは如実に表れた。

ラキは集めた体内魔力が徐々に高まって、最後の言葉と共に発動するのに対し、タクトは呪文が始まると途端に魔力が霧散しだして元の木阿弥だ。

「あーー!やっぱ無理!!発動しねえ!」


そりゃまあ発動しないだろうね。頭を抱えるタクトに、どうしたものかと考えながら声を掛ける。

「ねえタクト…もしかして呪文唱えるのに一生懸命で、魔力ほったらかしになってない?」

「えっ?」

「魔法って、呪文唱える前に集中して集めるでしょ?で、呪文唱えながらだんだん強く練っていって発動するんじゃない?」

「そうだね~呪文唱えながら強くなってくる感じするよ~!」

「なんだそれ…全然わからん!!」

うーん、タクトに難しい呪文唱える魔法は向いてないんじゃないだろうか?

「あのね、そういう場合って呪文が合ってないかも………っておじいちゃんが言ってたよ!」

「「…おじいちゃん??」」

「う、うん!そう、オレの故郷にいたおじいちゃん!えーーと、これはオレの故郷での教え方なんだけど…。」



* * * * *


「集え集え、俺の魔力よこの手に集え、ぐるぐる回る竜巻のように。竜巻は水となり、俺の手より流れる水流となる…!ウォーター!」

「「あっ?!」」

タクトの手からザババっと溢れた水流が、器を揺らした。

「で…でき……た?ホントに…できた…!!」

「すごいよ~!やった~!!」

呆然と自分の手を見つめるタクト。やっぱりできたね!はっきりイメージできる、簡単な言葉で解決できると思ったんだ!念のために絵まで描いてイメージ強化しつつ説明したからバッチリだ。そもそも子どもが唱えるのに訳の変わらない呪文ではそりゃあ難しいと思うよ…タクトは、呪文を間違いなく言うことに集中しちゃって、せっかく集めた魔力を維持できてなかったんだね。一度発動すればその感覚を掴めるから、きっと普通の呪文でも使えるようになるんじゃないかな?


「す…スゲー!!お前の故郷の呪文って俺に合ってるかも!!やったー!!俺も魔法が!使えたぞー!!」

「やったやったー!」

ぴょんぴょんしながら走り回って喜ぶタクトに、オレたちもぴょんぴょんしながら喜ぶ。

もちろんこの適当な呪文はオレが考えた『こどもに簡単!イメージばっちり魔法』だ。魔法使いになれるほどではなくても、魔力がゼロっていう子は少ない。ほんの少しでも魔法が使えたら助かる場面はあるはず。こういう呪文を広げられたらいいけど、大騒動になるだろうし…身近な人に伝えるぐらいかなぁ。

何にせよ、これでこれからもタクトと一緒に授業を受けられるね!

ん……授業…?



「明日の授業が楽しみだぜー!!じゃーなっ!」



「まっ…待って待ってー!」

オレは、晴れ晴れした顔でかけ出したタクトを追いかけるのだった。






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