第125話 入学に向けて2
「じゃあ先生がお店の人ね、君はこの紙に書いたモノを買うお客さんをしてね。お金はこれ。」
「……はい。これとこれ下さい。」
「らっしゃい!兄さんお目が高いねえ!しめて100レルだ!」
「………はい。」
「お、ちょうどだな!まいどあり!」
「ここにアプルがみっつあります。君にふたつあげよう!先生の分は何個かな?」
「……ひとつ。」
オレは何をしているんだろう……なんで先生とお遊戯をしているのか…。しばし無の境地で耐えた後、やっと目の前の紙を表にした。
「自分のお名前を書けるかなー?あとはできるところを埋めていってね。」
「………。」
オレは泣きそうな気分で、1から順番に数字をなぞってうさぎさんの絵を描いて、動物の中からゴブリンを選んで、描かれた時計の時刻を答えていった…。
「よぉし!よくがんばったね!えらいぞー!これで試験は終わり!あとは審査を受けて帰ってね!」
「………ありがとうございました…。」
「あっはっは!だから言ったじゃない。」
「……。」
オレは大笑いするセデス兄さんの胸に顔をうずめてしがみつく。
現在抱っこしてもらってめいっぱい甘え中。だって、なんか悔しかったんだ…あんなに緊張してたのに。腹が立つのとホッとしたのと、もどかしい思いを持て余して、ぎゅうっと顔を押しつけた。
…試験……試験って……。なんだかオレはすごく精神的ダメージをくらってしまった。
6歳にできることってこんなもの?もうちょいできるよね??でも幼稚園も小学校も行ってない6歳だもんね…こんなもんなのか。思えばやたらとお金の問題だけ多くて、100レルは貨幣でどれになるかとか、1230レルだと貨幣は何を出せばいいかとか……。6歳でも一人で暮らしていけるかどうかが入学の条件になってるのかもしれないね…。
「まあまあ、これで安心したでしょ?試験って言っても入学できるかどうか知るためで落とすためのものじゃないからね!」
それならそうと言ってほしかったよ…。
オレはしばらくセデス兄さんにしがみつくコアラになった。
「落ち着いたかい?そろそろ行こうか。」
仏頂面のオレは手を繋いで審査会場に向かう。審査って言ってもいわゆる健康診断みたいなもので、向き不向きやクラス配置のためのものらしく、これで入学できないってことはないそうだ。
「あれ……ユータ?」
訝しげな声に振り向くと、父親と連れ立ってタクトがいた。
「おや、ロクサレンの…お世話になってます。」
「こんにちは!」
顔なじみがいて嬉しくなったオレは、やっと機嫌が上向きになってきた。
「タクトも入学?」
「そうだよ!ユータは4歳だろ?なんでここにいるの?」
「オレも入学するの!」
驚く親子に事情を説明して、一緒に会場内を歩いて行く。タクトがお兄さんぶって手を引いてくれるのが、なんだかくすぐったかった。
「ふふ、友達がいたら大丈夫かな?審査だから問題ないと思うけど…何事も
「うん、大丈夫!」
「父ちゃんも帰ってていいぞ!」
「はいはい。」
張り切った二人で審査会場の扉を開けると、うわんと音の洪水があふれ出した。6歳の子どもがわんさか集まったもんだから、うるさいことうるさいこと!こちらの子どもは早くから自立する必要があるので、学習の面以外は日本よりよっぽどしっかりしているのだけど、さすがにこれだけ集まると大変だ。
会場内は、ぐるぐると蛇行する一方通行の通路になっていて、子どもが出口に行くまでにすべての審査を通過できるようにされていた。
「はい、腕を出して。」
受付けで名前を告げると、疲れた顔の男性が腕にバンドを巻いてくれた。これで個人を識別するらしい。
「いこうぜ!」
タクトがうずうずしてオレを引っ張っていく。審査ってどんなものかな?オレもちょっとドキドキしながら列に並んだ。
まずは普通の健康診断みたいに体重や身長、あとは視力や聴力なんかを測った。行く先々であら、小さいと言われることに結構傷ついた…。幼い頃の年齢差は大きいからね……明らかに小さいのが分かるだけに凹む。
ちょっと気落ちしながら次々と色んな測定をこなして移動していく。
「はーい、ここに座って。いいですかー、今から配るものをこうやって…端っこをお口に咥えてくださーい。いいと言うまで離しちゃいけませんよー!」
こちらは数人まとめて測定をするみたいだけど……配られたのは…なんだろう、色のついた細長い紙?
「はーい、ぱくっと咥えてー!」
しげしげと眺めていたら声がかかって慌てて咥える。ざらついた紙の味…何の変哲もないな。
「はい、いいですよー!」
砂時計みたいなものを見つめていた係の人からOKが出た。
「あれ?」
紙はなんだか色が変わっている。何を測ったんだろう?
「回収しまーす!次へどうぞー!」
何をしたんだか分からないまま紙を回収されて、さらに次へ。うーんまるで流れ作業の工場で商品になったようだ。
「はい、ジャンプ!……はいOKです-!」
「こことここにタッチして往復してね、はいスタート!」
ここでは体力測定っぽいことをしているみたいだなぁ。
ちっちゃい子が一生懸命飛んだり走ったりしてるのは見ていて微笑ましい。……まあ、みんなオレより大きいわけだけど。
「はい、君はこっちで君はここね-!」
あ、しまった……前のタクトがするのを見て真似しようと思って気を抜いていたら、測定場所が分かれてオレの番になってしまった。6歳児の身体能力ってどの程度!?
「はい、ここでジャンプ!一番高いところで板をタッチしてね。」
焦るオレに気付くこともなく係の人は声を掛ける。ま、まあ垂直跳びならそう差が出ることもないからいいか。気をつけるのは大きな加護を持っている素早さをはかる系だ。
気を取り直して目盛りのついた板の横に立って気付いた。これ、なかなか年季が入っていて所々かすれている。つまりたくさん手をついた跡があるところにタッチすればいいじゃない!名案を思いついたオレは、一番かすれている所目指してジャンプ!見事平均ど真ん中をキープだ。
「はーい!次々来てね!こっちだよ!」
力を測るやつは、普通にやって問題ナシだ。多少力がある方だけど、目立つほどではないからね。問題はこっち、きっと速さをはかるやつ。
「こっちの壁の印をタッチして、向こうの壁の印をタッチするんだよ!時間内にどれだけできるか数えるからね!」
オレは目を皿のようにして前に並ぶ人達を観察する。幸い気をつけていたので前にはいくらか人がいる。この人達の平均くらいにすればいいんだ。
どうやら時間は1分程度、平均は7回ぐらいかな?だから8~9秒で往復すればいいってわけだ。
これも問題なく平均ど真ん中、7回をマークして次へ。
「あ、タクト!」
「ユータ!はぐれちゃったのかと思ったぜ。」
どうやら列が再び合流したようで、無事にタクトと再開を果たす。
「疲れたな!走るヤツとかキツかったな-!オレギリギリ8回!ユータは?」
「オレは7回だったよ!」
オレはにっこりと安堵して答える。今日のオレはカンペキだ…誰も文句はいうまい。
全ての審査を済ませてリストバンドを返却すると、これで入学前にすべきことは終了だ。
「ユータ、タクトくん!こっちだよ~!」
会場を出ると、セデス兄さんが手を振っているのが見えた。キラキラしいオーラを放つからよく目立つ。
「無事にすんだかい?お疲れ様。」
「うん!大丈夫!」
タクトとバイバイすると、二人で宿まで歩く。道すがら今日のオレがカンペキであったことを伝えると、訝しげな顔をされた。
「うーーん。大丈夫かなぁ?ユータのことだから何かしでかしてる気がして仕方ないよ。」
せっかく上手くできたのになかなか信用してもらえない…オレは羊飼いの少年みたいな気分を味わいながら、むくれて歩くのだった。
「あー終わった終わった!なあ、オレのとこすっげー子がいたぞ!ちっこいのにジャンプ力ヤバイ!思わず無言になっちゃったよ。大人の平均ライン行ったぜ。」
「私のとこにもヤバイ子いたみたいよ?魔力紙の結果が飛び抜けてる子がいたのよ。」
「こっちは大体例年通りだが変なデータ出たのがいるな。最初から最後までスピード落ちないヤツ…。」
「ふむ、今回は例年より優秀なのが何人かいたってことか。で、各ブース何番なのかピックアップしていこうか。まずはその目立ったやつらの番号教えてくれ。」
「「「56番!」」」
思わず顔を見合わせる係員もとい先生達。
「……え?どういうこと?」
「同一人物……?」
「じゃ、じゃあ、あのちびっ子が??」
今日の出来に満足して眠るオレは、完璧だったはずの審査が物議を醸しているなんて、知るよしもなかった。
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