第124話 入学に向けて1

不安がのど元までせり上がって、側にある背の高い体に身を寄せた。

「緊張する……。」

「おや、ユータでも緊張するんだね。」

オレはからかうセデス兄さんの手をぎゅっと握って、大きな門を見上げた。



* * * * *


オレのはじめてのおつかい、もとい卒業試験(?)は合格と言っていいものか微妙なものだったらしいけど、結果がどうあれ容赦なく入学の日は近づいてくる。オレにとってはその前に迫る試験の日だ。

なぜかカロルス様たちは楽観視しているけど、オレ、この世界の常識に疎いから…本当に6歳児以下だったらどうしようって不安が募る。

あれからすぐに『放浪の木』のメンバーと、タクト親子は旅立ってしまった。タクト親子はもう少しゆっくりしたかったみたいだけど、あの頼りになるメンバーが護衛する馬車に乗りたかったみたいだ。あんな怖い目にあったもんね……。ちなみに襲われた馬車はギルドが回収してくれている。隠密さんが財産になりそうなものは先にロクサレン家に届けてくれていたから、少しは生活の足しになるだろう。


馬車にはオレとセデス兄さん。カロルス様たちもついて行きたがったんだけど、目立つからダメって執事さんがお断りしていた。

「そんなに緊張してたら解ける問題も解けなくなりそうだよ?楽にね、6歳児の問題だよ?」

「そうだけど……例えばどんな問題が出るの?」

「うーん、そうだなぁ……鳥は何匹いますか、とか番号順に並べなさいとか?んーそもそも入学したては文字がたいして読めない子もいるだろうからなぁ……。」

「……。」

オレは脱力した…さすがにそれは解ける。そうかー6歳だもんね……まず文字がすらすら読めないレベルか…。ちょ、ちょっと授業に対する不安が首をもたげてきたよ。

少し楽になったオレは、馬車の中でふかふかクッションに座り直すと窓の外を眺めた。




「わあー!人がいっぱいだね。」

ハイカリクは元々人がたくさんいたけど、今日という日は方々から集まった人々で、普段にも増してすごい人混みだ。しきりとオレの周囲でバチバチ鳴って倒れる人がいるのは気にしない方がいいのだろう。

入学に際して集まった人達と、それを商機と見込んで訪れる人達。オレと同じくらいの歳の子も多くて、街中お祭り騒ぎでなんだかそわそわしてくる。

入学できたらこの街で生活するんだね……ヤクス村と全く違う雰囲気に、期待と不安が入り交じった。


「ユータが試験と審査を受けている間、僕は他の手続きとかしてくるからね。もし先に終わってもうろうろしちゃダメだよ?……ほら、着いた。さあ、行ってくるかい?」

促されるけれど、オレはセデス兄さんの手を離さない。じっと門の向こうを見つめて、長い足に少し体を寄せた。

「……僕もついていくかい?」

こくりと黙って頷いたオレに微笑んで、セデス兄さんはオレの手をぎゅっと握り返した。

「じゃあ、一緒に行こう。大丈夫、側に居るよ。」

ホッとしたオレは、少し力を抜いて笑った。


「順番にお並びくださーい!受付はこちらでーす!」

大声の案内に従って受付をすませると、オレは飛び級の手続きもしないといけない。普通は入学時に試験なんてないから、登録とお金の支払い、審査っていう簡単な健康診断みたいなものだけだ。

飛び級入学のオレだけ試験があるので、何も分からない場所で一人だけ違う行動をとらないといけない。

セデス兄さんについてきてもらって良かった…ちょっとカッコワルイかもしれないけど、やっぱり不安だったから。

「飛びきゅうのしけんを受けにきました。どこにいけばいいですか?」

案内係のお姉さんに声をかけると、驚いた顔をしてから資料に目を通し、建物内を案内してくれた。

「保護者の方はここまでですが……大丈夫ですか?」

お姉さんが遠慮がちに言った。『不安です』と顔に書いてあるオレに苦笑すると、セデス兄さんが頭を撫でてくれた。

「まったく、ユータは何が不安なんだか…僕は君がやりすぎないか不安なだけだよ。大丈夫だから、行っておいで?」

「ええと…試験中に泣いても会場を離れることはできません、保護者の方も会場に入られた時点で試験はキャンセルとなりますので…ご注意願います。」

「大丈夫、泣かないです。」

さすがに、泣きはしない……と思う。お姉さんはオレの様子を見て大分不安に思ったみたいだ。ちょっと憮然としたオレに笑うセデス兄さん。


「いって、きます……。」

「いってらっしゃい。大丈夫だから。」

ふわっと笑ってオレのほっぺをぷにっとすると、セデス兄さんはオレから離れた。

ぎゅっと唇を結ぶと、オレは手を振ってセデス兄さんに背中を向けた。



緊張しながらお姉さんの後について歩く。外から見ても大きかった建物は、中に入るとさらに大きく広く感じた。不必要なほど高い天井は、もしかしてほうきで飛んだりする人がいるからだろうか?!

お城と大学と教会をまぜこぜにしたような雰囲気は、質素な家並みのヤクス村からすると別世界に来たようで、突然未来に飛ばされてきたような錯覚をしてしまう。

「さあ、こちらでお待ちいただけますか?……ぼく、本当に一人で受けに来たの?来たいって言ったの?お兄さんは優しそうだったけど…。」

お姉さんはどうやらオレが無理矢理連れてこられたんじゃないかと心配してくれているようだ。

「ありがとう!大丈夫です。オレ、はやく学校に来たかったの。」

「そう、それならいいわ。学び舎は望む者誰にも機会を与えるべし、ね。ここで待っていたら先生が来るから、座っていてね。」

ドアのない教室らしき場所は、想像する教室とそう大差ないもので少し安堵した。少し心配げに立ち去るお姉さんを見送って、ぽつんと一人教卓の前の席に腰掛ける。

すん、と鼻をひくつかせると、木の香り?薬品の香り?特段いい香りではないけれど、なんだか懐かしい匂いがする。机には落書きと、ナイフらしきもので削った跡があった。どこの世界でも子どもは変わらないなと思うと、なんだかおかしくてくすっと笑う。別の世界の初めて来た場所で、ただただ懐かしいなと、そう感じた。


―ここが学校なの?広くてお城みたいなの!ここに住む?

「ふふっ住むのは別の所だよ。ここは色んなお勉強するところ。授業の間は退屈だと思うから、学校にいる間はラピスも自由にしていてね。ティアも毎日同じ光景になっちゃうから、別の場所に行っていいんだよ?」

―ええ…退屈なの?学校は安全?

「安全だよ。ちゃんと障壁で守られているんだって!それに強い先生たちもたくさんいるし、こんな街の中だから魔物も来たりしないよ。」

―そうなの?じゃあ、退屈なときはラピスも遊びにいくの。

興味津々であちこちを覗くラピスは、しばらくは退屈しなさそうだね。あんまり目立ってもよくないので、学校にいる間は普段より強めの「見つかりにくくなる魔法」をかけてもらっている。


コツコツと廊下を近づく足音がして、ラピスがオレのそばに戻ってきた。

「おお、本当にちびっ子だね。こんにちは!私はメリーメリーだよ。ここでは試験をするんだけど、大丈夫かな?君は4歳だけど入学したいってことで合ってるかな?」

颯爽と入ってきたのは、若い女性?淡い緑のショートカットに同じ色の瞳…こんな髪の色もあるんだね。オレのことをちびっ子と言うけれど、溌剌としたその女性も相当に小さい…140㎝くらいじゃないだろうか?このあたりの人は190㎝くらいもザラにいるほど大柄な人が多いから、ものすごく小さく見える。

「んん?どうしたのかな?先生にお返事は?」

「あっ!はい!だいじょうぶです。」

どうやらこの人が先生らしい。まじまじと眺めていたのに気付いて、オレは慌てて立ち上がって返事をした。メリー先生だろうか、メリーメリー先生だろうか?割とどうでもいいことを悩むオレに、先生はにぱっと笑って手を振った。

「いいよいいよ座っててちょうだい!若いのに早くから勉強したいなんて感心感心!先生は嬉しいよ!じゃあさっそくはじめようか!」


いよいよだ……。

裏返しに置かれたざらついた紙を見つめて、オレはごくりと喉を鳴らした。




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