第90話 再びのギルドへ


「お前、聞いた?天使の話。」

「あー『ロクサレンの奇跡』だろ?眉唾モンだろぉ?大体ゴブリンの集落ぐらい犠牲者ゼロってそんな難しいコトかぁ?」

「でもよぅ、巨大集落だっつう話だぜ?上位種ごろごろいたってよ。絶体絶命!死にかけたヤツラの頭上に現われた絶世の美女が、ピカーってよ!」

「そこがおかしいじゃねーか。上位種がごろごろいたらまずそのへんの冒険者かき集めたって殲滅自体が無理だろうよ。」

「そこはアレだ、A級がいたらしいぜ?すげー魔法でどかんってよ!」

「そりゃ都合のいいこったな・・。」


はあ・・全く噂ばかり一人歩きして碌な情報がない。

昨日、討伐隊の一部が帰ってきてゴブリン団壊滅の一報がもたらされた。正式な報告はまだだけれど、生きて帰ってきたそいつらが何よりの証拠で、大いにギルドを沸かせた。でも同時にもたらされた『天使降臨』の噂の方は尾ひれにツノまでついて広がって、もう何が真実なのやら。

長い金髪をいじると、きちんと手入れした艶のある髪は、するすると滑らかな指通りで私を少し落ち着かせた。

「はぁ・・。」

「・・・どうした?・・ヒゲならささっと剃ってきていいぞ?」

これ見よがしにため息をついてみたら、気乗りしない様子で見当違いな気遣いをされて、思わず手元にあった燭台を投げる。

「ヒゲなんて生えてないわよ!!・・まだ。」

「ふおぉ!・・・お前!言ってから投げろ!いやこんなモン投げんじゃねえ!!」

ガキッと咄嗟に剣の柄で受け止めたギルドマスターに舌打ちして向き直る。

「どーしてギルドで調査しちゃダメなのよ!」

「あーん?また『天使』かぁ?どうしてってお前・・当たり前だろうが・・んなあやふやなモンに時間割いてられっかよ・・ただの噂じゃねえか。しかも待ってりゃ報告書が届くだろうが。」

「だって!!すんっごい美少年だったとか!絶世の美女だったとか!はたまた垂涎の美青年だったとか!確かめてみたいでしょう?そうでしょう?!」

「垂涎なのはお前だけだ!!そんな理由で調査するか!!100個ぐらいまとめて罰にあたってしまえ!!」

ぶんっ!・・ガキッ!

「ひっどーい!こんなかわいいサブがいるギルドなんてないわよ?!ギルドの華になんてこと言うのよ!」

「うるせぇ!てめえはまずその口より先に動く手をなんとかしてから言いやがれ!!」


全くうちのギルドマスターってば融通が利かない・・。でも・・そう、もうすぐ報告書が届くはず・・それをまずは確かめましょう!あそこの執事さんは適当なことを書いて寄越す人じゃないもの・・確かロマンスグレーのセクシーな方よ。優雅な仕草に引き締まったお尻がとってもキュートで・・ううん、それはいいのよ。ああでもあそこの領主様ってばホント女泣かせなのよねぇ・・ワイルドで魅力的なのに早々に結婚しちゃって田舎に引っ込んじゃうなんて・・そう言えば息子さんはそろそろいいお年頃かしら・・・。

その緩んだ表情から、思考が逸れたと正しく判断したギルドマスターは、そっと追加の書類をサブギルドマスターのデスクに押しやった。



「んー、一段落かしら?」

「サブ、いつも受付け業務まで手伝ってもらってすみません」

「いいのいいの!これは好きでやってるのよ。」

受付け業務は本当に好きなの。だって女性と縁遠い輩が多いから、私みたいな美人を見てポッとなっちゃってるのが見られて楽しいのよ。

「ジョージさん、男女共に人気あるから忙しくなっちゃって申し訳ないです。」

「・・・いいの。そっちはいいんだけど、ジョージはダメ!えっと、そうね・・セシリアとかがいいわ!」

「・・・全然名前違うじゃないですか。」


ギィー・・パタン。

人の少ないギルドの昼下がり、のんびりおしゃべりしようと思ったのだけど・・仕方なく入り口に目をやると、あのセクシーな執事さんじゃないの!とびきりの笑顔で迎えなくては。

「ロクサレン家、グレイ様!ご無沙汰しております。」

慌ててカウンターの前へまわって完璧な所作で微笑むと、下から視線を感じた。

「・・・・あ・・こんにちは!」

不思議そうにこちらを見て挨拶したのは・・・天使?




久しぶりのハイカリクの街!昨日一晩休んで、カロルス様がギルドに行こうとした所で引き留められていた。どうやら領主館を離れたからといって仕事がないわけではないらしい。カロルス様の見張り・・じゃなくて補佐にセデス兄さんが残って、冒険者ギルドに執事さんが行くそうで、オレも行かない選択肢はない!


無理言ってギルドまで同行させてもらうと、以前と全然違うのんびりした雰囲気で、昼下がりまで待った理由が知れる。

カウンターにいたキレイな人が出てきて挨拶すると、随分低い声だったので少し不思議な気がした。

・・と、キレイな人がオレに気付いて目を丸くしたかと思うと、ぐんっと抱き寄せられて頭がガクンとなってしまう。

「きゃ~何これ!天使!いや~!!」

大興奮したその人にぐりぐりと頬ずりされて戸惑う・・何て言うか、エリーシャ様やマリーさんじゃなくて、セデス兄さんやカロルス様みたいな感じがする・・。

「ジョージさん?」

ピリッと怒りのオーラを感じる執事さんが、オレを奪い返した。

「・・・ハッ?!す、すみません。あまりに可愛らしくて・・取り乱しました。ええと、報告書の件ですね?お取り次ぎ致します。」

キレイな人は慌てて金髪を翻すと、2階へ駆け上った・・・何やら上でどたんばたんと音がする。

「・・・ジョージ?」

「・・ああ、あの人はサブギルドマスターのジョージさんです。女性・・ではないですが、男性でもないですね。」

「そうなの?」

体はしっかりと硬いものだったから、心が女性なのかな?あんなにキレイに整えているなんて、すごいものだなぁ・・。

「仕事はとてもよく出来るのですがねぇ・・。」

苦い顔に、先ほどのはしゃぎっぷりを思い出す。でも仕事ができるなら、あれくらい許されるんじゃないの?


しばらくして2階へ通されると、赤茶の髪にひげ面のいかついおじさんがいた。

「よぅ!グレイ、久しいな。先に帰ったやつらからあらかた聞いてるぜ。・・で、そのちっこいのは?ウチのサブがのたうち回って大変だったんだが。」

「ギルドマスター、ご無沙汰しております。こちらが今回の報告書になります・・どうぞ。こちらは・・ユータ様、ご挨拶なさいますか?『普通に』していただければ結構ですから。」

「・・はい。ギルドマスターさんはじめまして!オレはユータっていいます。カロルス様のところで、おせわになってます。」

にこっとしたら、ささっと執事さんの後ろへまわる・・ちなみにこれはトトの真似だ。

「おー賢そうなぼうずだな!・・・もしかして攫われたってのは・・・?そうか、そうだな。これは狙われるわ。ぼうず、こえぇ目にあったろ?こんなとこ来て大丈夫だったのか?」

ぐりぐり、と撫でられて頭がぐらぐらする・・怖い顔だけど、目を細めると案外人懐っこい表情がのぞいて、優しい人なのかなと思えた。

「だいじょうぶ!オレ、楽しみだったの!あのね、オレもしょうらい、冒険者になるよ!」

流暢に話しすぎないように・・でも3歳だと結構話せる子もいるから、以前ほど気を使わなくても良くなったんだ。

「そうか!そりゃいいな!ユータだったか・・楽しみに待ってるぜ?」

「はいっ!」


つつがなく報告を終えたら、いよいよオレの石素材の売却をしてもらえるらしい。てっきりギルドでするものだと思っていたけど、表通りを歩いて別の店へ歩いて行く。

「いいですか?ユータ様が関わっているとバレてはいけませんよ?」

「うん!大丈夫!」

念を押されてから入ったのは宝飾店らしきお店。

「失礼、ロクサレン家の使いの者です。店主に取り次いでいただけますかな?」

カウンターで声をかけている執事さんを尻目に、きらきらした宝飾品に見入ってしまう。

「ピイ!」「きゅうー。」

ラピスとティアもきらきらに興味津々だ。きれいだなぁ・・こんな石が見つけられたら、ラピスやティアにもあげられるのにな。


「・・これは!ええ、素材と言いますか・・・いやはや、素晴らしいですよ、このまま使える状態でお持ちいただくとは!ええ、もちろん色をつけさせていただきますよ!」

急に大きくなった声に振り返ると、どうやら石素材を出して見せたみたいだ。このあたりの透明なきらきら宝石からすると随分見劣りするけれど、買い取ってはもらえるみたいだ。


「いえ・・しかし、これはそのぉ、元々高価なものではないので・・え、こちらも譲って下さると!?これは良いものですな!分かりました!」

何やら執事さんと店主さんが真剣に交渉している・・・汗をふきふき対応している店主さんがなんだか気の毒だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る