第77話 トト2


カロルス様の肩の上で、オレはレーダーの精度を上げて集中する。

トトの反応はとてもとても小さい。でも・・きっと見つけられる!!オレを中心に徐々に高精度レーダーの範囲を広げていく・・・。

100m、200m・・・500m・・・・!

・・いない。おかしい・・・これ以上は畑や牧場はあるものの、居住区から離れ柵の外・・村の外になるはず・・・。

まさか・・村の外へ?3歳の子どもが村の外で魔物に出会ってしまったら・・・・焦りが集中を乱す。

「・・カロルス様・・・村の中にはいない・・。」

「なにっ?!くそ・・なんで外へ・・?!勝手に出るハズないんだが・・。」

まだ村人には言えない。村人にとって子どもが一人で村の外に出ることは、イコール死に近い。村の子どもはそれこそ柵の外に出ることがそのまま死に繋がることを散々とすり込まれているから、出ようと思うこともないのだけど・・。


「ラピス、みんなを呼んで村の外を探して!レーダーに反応があったら伝えるから!」

「きゅっ!」

「ティア、ティアも空から探せる?」

「ピピッ!」

ラピスはすぐさまぽんっと消え、ティアも空高く舞い上がった。



みんな頼もしいけれど、一番効率よく探せるのはオレ・・気合いを入れて再び目を閉じる。

レーダーに慣れたオレでも、高精度のレーダーを1km以上に広げるのは至難のワザだ。


1km・・・1.5km・・・・・3km・・・・

額には玉の汗が浮かび、こみあげる吐き気を抑えながらさらに集中する。


いない・・どうして・・こどもの足でそんなに遠くまで行けるだろうか。

・・いたら、分かるはず。嫌な考えが頭をかすめるのを振り払って、考える。これだけ離れた海上にいることはまずないだろう。海へ伸ばしたレーダーをカットして円形から扇状にレーダーの形状を変える。これで少し楽になった。流れる汗をぬぐって歯を食いしばる。



「・・・・・!!カロルス様!」

「!!いたか?!」

ジリジリしながら待っていただろうカロルス様が小声で返す。

「いた!見つけたっ!でも・・・おかしい。北東へ・・16km!!まだ、移動してる・・!」

「なっ・・?!」


絶句したカロルス様がオレを肩から下ろしてギョッとする。

「お前・・無茶したな!!」

「・・ごめんなさい・・。」


自分でも声が虚ろなのが分かる。でも、仕方ない・・トトの命がかかってるんだもの。

見つかったことで張り詰めた気が抜けて、姿勢を保てなくなった。朦朧として全く力が入らない・・されるがままにぐにゃりとするオレにカロルス様が慌てている・・ああ、今オレが手をかけていてはダメだ。手放しそうな意識を必死にたぐり寄せる。

「・・・ティ、ア・・ラピス・・。」


「きゅっ?!」

一瞬で戻ってきたラピスもオレを見て慌てる。

「・・ラピス、だいじょうぶ・・レーダーの反応は、あっち。おねがい。・・・ティア・・力を貸して。」


ラピスはそばに居たがったが、オレはちょっと無茶しただけだから休めば治る。それよりも、オレのレーダーで知り得た情報を最も正確に把握できる、ラピスにしかできないことをお願いしたい。


そしてぴったりと寄り添うティアと回路を繋いだら、オレ自身の回復に努める。方向が分かればかなり遠くまでレーダーを伸ばすことができる。それに・・・トトの反応は小さすぎるから大変なんだ・・・普通のレーダーで探すことができれば、さほど苦も無く捉えることが出来る。トトの周囲の反応に焦点を合わせれば、普通のレーダーで補足できる。


ティアのおかげで、ぐにゃぐにゃの人形状態から少し回復したオレは、カロルス様に告げる。

「カロルス様、トトのまわりに、魔物が数匹・・・多分、ゴブリン・・・!!」

「なんだとっ!!まさかゴブリンに連れ去られたのか?!考えられん・・・!だが・・現にそうなっているんだな?!集落に連れ帰っているのか・・・?なぜ・・?

・・その、お前はどの程度把握できるんだ?トトは・・・いや、いい。」

「・・・カロルス様、トトは、まだ生きてます。だから、早く!!」

「!!・・わかった。お前は館で休め!」

「・・はい。・・アリス!」


「きゅっ?」

「カロルス様たちをトトの所へ案内して!」

ぽんっ!と現れたアリスにお願いする。ラピスとアリスは繋がっているから、ラピスがトトを発見したら分かるはず。

「・・・悪い。助かる!・・ガト、ユータを頼む。後のことはアルプロイに任せると伝えてくれ。・・行くぞ!!」


カロルス様はオレを若い兵士さんに預けると、幾人か残して村を出て行った。蹄の音の轟きが徐々に遠くなっていく。

「ユータ様、帰りましょう。あなたは休まなくては・・。お顔が紙のように白いです・・。」

まだ20歳にも満たないような若い兵士さんだ。痛ましげな顔でそっと馬を走らせてくれる。オレ、そんなにひどい顔をしているのか・・。ティアのおかげで吐き気は収まってきたし、大分楽になってきたんだけどな。

「ありがとう。ちょっとずつましになってきてるから、だいじょうぶ・・。」

まだ思うように動かない体を抱っこしてもらって館に戻ったら、一目見たメイドさんたちに悲鳴をあげて泣かれてしまった・・ご、ごめん・・そんなにヒドイ?!


「ユータ様!おいたわしい・・なんて無茶をなさったのです!こんな小さな体で・・・。」

「ユータ・・ごめんね、無理させてしまって・・・しっかり休むんだよ?何かしてほしいことはないかい?」

「ううん、心配掛けてごめんなさい・・もう大分良くなったの。あのね、村の人たちが心配してると思うから、村長さんたちにお話してきてほしいの。」

「ユータ・・キミってやつは・・。うん、アルプロイに行ってもらうから・・彼ならうまく説明してくれる、心配しないで。」


そっか、彼なら安心だ。あとは・・ラピス・・・頼んだよ!!

柔らかい寝台に寝かされ、ホッと息をつくと、オレはずるずると引きずり込まれるように意識を手放してしまった。






「アルプロイさん・・とりあえず村民は家へ帰しました。魔道具で位置が分かったと・・けれど、どうしてゴブリンが・・そもそも襲われることはあっても連れ去ることなどないでしょうに・・なぜそんな遠くに?トトは・・・無事なんでしょうか・・。」

「村長、我々はカロルス様を信じて、トトの無事を願うしかあるまい・・。我らの役目は他の村民の不安を取り除くことだ。」

「そうですな・・・。」

夕暮れが迫る中、二人はトトの無事がどれほど絶望的か理解しつつ、祈ることしかできなかった。


「大変だー!!おいっ!だれかー!!こどもがさらわれたぞぉーー!!」

静かになった村に、突如男の大声が響きわたった。

「なんだっ?!お前は誰だ!」

せっかく静けさを取り戻した所へ転がり込んできた男に、アルプロイは内心ほぞをかむ。

「お、オレはただの小商いだ!この村に来る途中、見たんだ!ゴブリン共がこどもを連れて行くのを!!だから、急いで来たんだよ!この村の子だろ?違うのか?!オレは馬車じゃないから、随分時間くっちまったけど・・まだ、間に合うはずだ!急いで行かないと・・。」


ふうふう言いながらまくしたてる男。

「・・・今、捜索隊を出してある。心配いらない。」

「・・へっ?!なんだ・・随分早いんだな・・・走ってきて損したぜ。」


「なんだって?!ご・・ゴブリン・・?」

「ゴブリンに攫われたって・・・」

「そんな・・・トト・・嘘よ・・・。」

「俺たちも探しに・・!」

「ここも、危ないんじゃないのか?逃げた方がいいんじゃないか?!」

「カロルス様は一体何をなさってるんだ・・!」

騒ぎに再び集まって来た村人たちに、絶望と混乱が広がり始める。


「皆!よく聞いて欲しい。カロルス様は既にゴブリンのことを承知だ。皆を不安にさせまいとの配慮で伝えなかったのだ。ゴブリンごときに我らが臆することはない!皆が不安に駆られて勝手な行動を取れば、せっかくのご配慮が無駄になる・・よく考えよ。

カロルス様は魔道具と魔法を併用することで居場所もご存じだ。そして、今トトを取り戻すために向かわれている・・我々にできることはもうない。いや、トトと、カロルス様の無事を祈ろうではないか。」

朗々としたアルプロイの声が響く。落ち着いた低い声に、騒ぐ村人は少し落ち着きを取り戻した。

「アルプロイ様・・。」

「し、しかし・・。」


「わ・・私は!トトとカロルス様が無事に帰ってくるように、ずーっと祈って待ってるから!みんなが・・かえっ・・帰って来るとき・・よく分かるようにっ、ちゃんと明かりを付けてまってるから!!」

泣きはらした目に強い意志を宿し、大きな声を上げたのは、小さなキャロ。


「キャロちゃん・・。」

「・・・悪かった・・大人が、みっともなかったよ。」

「ああ、キャロちゃんが待っているんだ・・みんな、無事に帰ってくるよ・・。」

普段は大人しいキャロの凜とした姿に、浮き足立っていた村人は我に返ると、一人、また一人と家に帰っていく。

再び静けさを取り戻した村々の家には、明かりが煌々と灯った。アルプロイは一人、ホッと胸をなで下ろして宵闇の空を見上げた。

(カロルス様・・トト・・どうか、皆無事のお帰りを・・。)






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