第78話 ユータの提案


・・・・マズいな。

段々と暗くなる周囲に焦りが募る。全速力で走る馬の前を、わずかに発光しながらふわふわ漂う小さな毛玉。今はそれだけが頼りだ。こいつがいて本当に良かった・・方角が分かったところで、しらみつぶしに捜索するのと真っ直ぐ向かうのではあまりにも違う。息も絶え絶えな様子ながら、きちんとここまでのフォローをやりきったアイツには、舌を巻くしかない。


全身を汗でぐっしょりと濡らし、力なくぐたりとしたユータを思い出し、不安に駆られる。大丈夫だったろうか・・きちんと館で休んでいるだろうか・・・。汗で貼り付いた髪、隙間から覗く肌はまるで死人のように真っ青で・・。


「・・カロルス様、心配なのは分かりますが、集中を!・・間もなく森に入りますよ!」

「ああ・・悪い。・・皆は大丈夫か!自分のペアを常に確認しろ!夜の森に入るぞ!!」

「はっ!!」


連れてきたのは経験豊富な者達だ。ゴブリンごときに遅れは取らないと思うが・・夜の森は分からない。それに、ゴブリンは単体でこそ弱いが、群れは厄介だ。大規模な群れに当たればグレイの魔法が頼みの綱となるだろう。

既に出発してからかなりの時間が経っている・・トト、無事でいてくれよ・・!




「ーーう・・・っ!!」

目を覚ますと同時にガバッと起き上がり、割れるような頭痛にうずくまった。

「「きゅぅ・・」」

「・・ピ?」

「ったぁー・・。ティア・・イリスとウリスもありがとう・・大丈夫。」

自分に『点滴』しながら状況把握に努める。あれからどのくらい意識を失っていたんだろうか?外は真っ暗だ。


「・・・ラピス、そっちはどう?トトは・・?」

ユータ!もう目がさめたの?大丈夫なの?!

ぽんっ!とラピスが現れた。

「大丈夫だよ!こっちに来て大丈夫?」

うん!向こうには2匹いるから。

「エリスとオリスだね。それで、トトは?カロルス様たちは・・?オレ、どのぐらい意識なかったの?」


30分ぐらいだよ!ユータの言った所、やっぱりゴブリンがいたの!さっき追いついたの。5,6匹のゴブリンが荷車を引いた小さい馬みたいなのを叩いて走らせてたの。食べ物と大きな袋があったから・・多分、トトはその中だと思うの・・。食べ物はたっぷりあったから、トトはまだ・・大丈夫だと思うの。追いついた時にはもう森だから・・ラピス、ゴブリンだけ攻撃するの難しいの・・。トト、小さくてラピスうまく避けられるか分からないの・・。人の子は脆いから、ちょっと当たっただけで死んじゃうの。


良かった・・とりあえずトトが無事なら・・!確かにラピスの魔法じゃ、森ごと吹っ飛ばして!ならお安いご用だろうけど・・ゴブリンに囲まれたトトを避けて攻撃は難しいだろうな・・。思いとどまってくれて良かったよ。

「ラピスありがとう!十分だよ。カロルス様たちが追いついたら、フェアリーサークル設置しといてくれる?何かあったらオレも行けるように・・。」

オレが行って役に立てることなんてそうそうないと思うけれど、伝言係ぐらいできるしね!あと回復ぐらいかな。ゴブリン6匹ぐらいならカロルス様の一振りで終わると思うけど・・。


おとなの人達はもうすぐ追いつく所だったの。でも、夜の森で進むのが遅くなって・・ゴブリンたちがスピード落とさないと中々追いつけないの・・。


そうか・・普通は夜目がきかないもんな・・かといって明かりをつけたらゴブリンが気付くだろうし・・。

目を閉じてカロルス様達を補足する。一方向のみで普通のレーダーならなんとか可能だけど・・さすがに、遠い・・かなり集中がいる距離だ。・・・確かに、ゴブリンとカロルス様たちの距離は縮まりそうで縮まらない・・。

でも、それよりも・・・。

「ねえ・・・森の奥の方に、もの凄い数のゴブリンがいると思うんだ・・・これが、集落?」

「きゅきゅ・・」

多分、わざわざあんな遠くまで獲物を運んでるんだから、集落があると思うの。

「じゃあ、まっすぐ集落に向かったらどうかな?ラピスが集落の手前にフェアリーサークルを設置してくれたら、集落に入る前にオレが止められる。・・・ね、ゴブリン6匹なら・・オレ、やつけられるかなぁ・・?」


「きゅ!」

よゆーなの!!了解なの!

なぜか自信満々に言い切ってくれたラピス。オレ、魔物とまともに戦ったことないんだけどな・・。

でも、冒険者の本でゴブリンは初心者の相手みたいだったから・・きっと、なんとかなる。

ぽんっと消えたラピスを見送って、そろそろと体を動かしてみる。

・・うん、大丈夫。よし、状況をみんなに伝えに行こう。今、遠くの状況を把握できるオレの存在はとても貴重なはずだ。


とんとんと階段を下りていくと、すぐにメイドさんに見つかってしまった。

「ユータ様!まだ休んでいなくてはいけませんよ!」

「うん・・ごめんね、しんぱいかけて。でも大丈夫。あのね、セデス兄さんたちに状況をつたえないといけないの。」

「ですが・・・。では。」

「わ・・。」

ふわっと抱っこしてすたすたと歩き出すメイドさん。オレ、結構重たくなってきたのに・・ここの人達はまるで猫の子でも扱うように軽々と抱き上げる。途中でふわふわのクッションと膝掛けを持ったメイドさんが合流し、1階の応接室に連れて行ってくれた。


「ユータ!もう大丈夫なの?!」

「セデス兄さん、もう大丈夫なんだ。しんぱいかけてごめんね。」

応接室のソファーで、たくさんのクッションに埋もれて座る様は、まるで重病人のようで恥ずかしい・・・。そこにはセデス兄さん、アルプロイさん、マリーさんと村長さんが集まっていた。


「そう・・?顔色は良くなったようだけど・・無理しちゃダメだよ?」

「うん。・・あのね、急ぎでいろいろお話しておこうと思って・・。」

ちらりと向かいの席を見る。

「ふむ。込み入ったことのようですな、私は一旦席を外しましょう。」

村長さんは老獪な人だ。オレの特殊性に気付きながら、肝心な所は見ないようにしてくれている。

「では、こちらへ・・。いつ何があるか分かりません、軽食の用意がありますので、どうぞ。」

「ほう!それはありがたい。では、失礼して・・。」


村長さんが出て行くと同時にオレは身を乗り出した。

「トトは、やっぱりゴブリンに連れられて集落に向かってるみたい。ゴブリンは5,6匹、馬みたいなのが引く荷車に乗っていて、カロルス様たちはもうすぐ追いつくところまできてるんだけど、夜の森ではスピードが出せなくて・・まだ追いついてないの。」


「なんですと?ゴブリンが、荷車・・・??そんな馬鹿な・・。」

「おかしいね・・ゴブリンがそんな道具を使うなんて聞いたことないよ。」

「そうですね。でも、今は一旦それを事実として救出を優先して考えましょう。」


「あのね、オレ・・ラピスのフェアリーサークルで向こうまで行けるの。・・・だから、集落手前に先回りして止めようと思う。」

「ユータ様!なんてことを!夜の森ですよ!十分な力をお持ちとは思いますが、まだ実戦を経験されていないのです・・・何かあってからでは遅いのですよ!」

「そうだよ!父上ですら夜の森ではスピードを落としているんだよ?その意味がわかるかい?」

「ユータ様・・あなたに何かあれば、皆がどれほど苦しむか、よくよくお考えください・・。」


う・・・それを言われると辛い。でも・・・。

「うん、しんぱいしてくれてありがとう。・・でもね、トトを待ってる人達も同じだと思うの。オレは戦えなくても、ラピス達がいるでしょう?管狐2匹でも、十分な戦力って言ってたよ?あのね、今は・・。」

ラピスとアリスを残してみんなを呼ぶ。ぽんっぽぽんっ!と軽い音を立てて現われた4匹の管狐がオレの周囲に浮かんだ。

「・・今はね、5匹の管狐と、もう1匹ラピスもいるんだよ。オレは夜の森でもちゃんと見えるし、索敵もできる。多分ね、誰よりも夜の森に向いてると思うんだ。」


3人は目を見開いて絶句した。





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