第38話 加護
「おはよう!」
「きゅ!」
ハイタッチ!と伸ばした手に、ラピスがまふっとしっぽアタックをする。
「うるせ・・。」
広めに作った即席ハウスの中で、どどんとでっかい黒い獣。金の瞳を片方うすく開けると、くあ・・とあくびをした。昨日お風呂の後、神獣さんも即席ハウスに誘ったんだ。
神獣さんは即席ハウスを見て、深いため息をついてからのしのし入ってきたよ。いつも不機嫌な感じだけど意外と付き合いのいい兄さんだ。色々聞こうと思ってたのに、お風呂上がりの気持ちよさと睡魔の連携攻撃にあっさり負けてしまった。
「ん~今日はなんかお天気いまいちだね。」
外に出ると雨は降っていないけど、少し薄暗く雲がかかっている。昨日お風呂と洗濯しておいて良かったなぁ。
「雨が降り出したら休まないといけないし、もう出発する?」
「きゅう・・。」
オレも残念だがラピスも残念そうだ・・また戻ってこられたらいいんだけど・・。
「きゅきゅ!」
まかせて!と言うラピスが、空中でほわっと輝く。真下の地面もほんのり光って・・
「きゅっ!」
にょき!と光の中心から生えてきたのは・・きのこ?
なんだろうときのこに近づこうとした時、ぽんっと軽い音をたててきのこが破裂?した。
「わっ?!」
さっきのきのこが生えていた場所を中心に、周囲にきれいに円になって小さなきのこが並んでいた。ラピスがきのこでできた円の中心に浮かぶと、ふわっと円柱状に光が立ち上る。
「ラピス、なにこれ!?すごーい!!」
何かは分からないけどカッコイイ!光る円柱は、未来型エレベーターみたいだ。
「フェアリーサークルか。・・てめーらまた来るつもりかよ。」
のしのしと即席ハウスから出てきた神獣さんがつぶやく。
フェアリーサークル・・これ、転移ゲートになるんだって!自分が作ったフェアリーサークルしか使えないらしいけど、これがあればいつでもここに来られるって!すごいよラピス!!ちなみに、このきのこのお世話がいるのかと思ったら、きのこは魔法を掛けたときに生えてくる副産物なので発動後はなくなってもいいらしい。ラピスのおかげで憂いなく出発できるよ。
「じゃあ・・・行こっか!」
「きゅ!」
「・・・・。」
「神獣さんはどうするの?」
「・・・俺は勝手にやらせてもらう。」
どうやら神獣さんはまだしばらくここにいるようだ。
「そっか・・じゃあね~!・・あっそうだ!・・・これどうぞ?」
「そんなものいらん。」
お別れの前に、結晶を渡していなかったことに気付く。かばんから取り出して手渡そうとしたが、素っ気なく断られた。オレもいらないけど・・・まあいいか。
最後に逞しい前肢にぎゅうっと抱きついた。まふっとした毛並みの下に、温かな体温としなやかな筋肉を感じる。
「勝手に触るんじゃねー。」
相変わらず台詞は冷たいけど、触るなと言いつつ、小さなオレが吹っ飛ばされるのを懸念してか、身じろぎ一つしない。顔は怖いけど優しくて思慮深い、なんとなく料理長のジフを思い出した。
動かないのをいいことに、いっぱい撫でてからそっと離れる。
「じゃあね・・・またここに来たら会えるかな?あ、神獣さんのお名前は?オレはユータって言うんだよ。」
「俺の名を聞くか・・・・・・。」
神獣さんは呆れた顔をした後、少し考えて言った。
「・・いいだろう。・・・一度しか言わんぞ。俺の名はルーディス・カウ・メルネウスだ。」
「る・・るーでぃす・かう・めるねうす。」
一発で覚えるの難しくない?!う・・うん、覚えたよ!大丈夫。
その時、オレの身の内にふいっと神獣さんの気配がよぎった気がした。
「あれ・・?」
「気付いたか。神獣の真名を知ることは、互いの不可侵を誓い繋がりをもつと言うことだ。知らんとは言わせねーぞ。」
にやっと笑う神獣・・ルーディス。これ、絶対オレが知らないの分かっててやったな!・・でも、『互いの不可侵を誓う』って・・オレしか得しないんじゃないの?
信頼の、証・・・ラピスが驚いた顔で言う。神獣の真名は加護。その者への信頼の証。
名前を教わることが、加護になるの?それ、お名前なーに?で聞いちゃいけないやつだよ!
オレ聞いちゃったよ?!良かったの・・?!
「・・・ふん。お前は怪しい、何か起こる前に目印をつけておかねばならんからな。」
オレは目印代わりに加護をもらったらしい。とりあえず、ありがとうございます?
「おなまえが加護なの?しらなかったよ!おなまえおしえてくれてありがとう。あ・・・でも、それだと他の人のまえでおなまえ呼べないね?何て呼んだらいいの?」
「俺の名を呼ぶ機会などもうないだろうが。」
フンとそっぽを向くルーディス。むぅ・・とりあえず真名を言わなければいいんでしょ?
「じゃあ・・ルーかな。ルーって呼ぶね!」
「てめー!勝手に名付けるんじゃねえ、ルーディスで構わん。」
「わかった!よろしくね、ルー!」
「・・この野郎・・!」
ぽつ・・
ぽつり・・・
「あ・・・・。」
「きゅ?」
ルーとじゃれてる間に雨が降り出してきちゃった・・。
「あーあ・・。ルー、雨ふってきちゃった。出発できなくなったからもうちょっとここにいるよ。」
「な・・・とっとと行きやがれ!雨がなんだってんだ。」
「オレ、2さいだよ?雨の中歩いたりしたら風邪ひいちゃうでしょ?」
「てめ・・・神殺しが祓えるくせに・・・」
「風邪は治したことないし、ぬれたら寒いよ。」
「うるせー!」
ルーはグルル、と唸ると立ち上がった。
「うわっ?!」「きゅっ?!」
ふわっとオレの体が浮いてぽすっとルーの背中に着地した。手元にラピスも着地する。
「オレは一人でゆっくりしてーんだ!」
言うなり駆け出すルー。お、落ちる!と思ったけど、どうなってるのか風もたいして感じないし雨もかからない。ルーの魔法かな?なんだかんだ言って優しいのは、やっぱり神様だからかなぁ。
神様の背中に乗ったなんて、誰に話そう?チル爺かな?カロルス様かな?マリーさんに言ったらまた空想ボーイにされてしまうな・・。
もの凄い速さで木々が流れていく・・速すぎて景色なんてろくに見えない。せっかくなので背中の上で腹ばいになると、全身で神様の毛皮を堪能した。温かい・・よく見ると空中を走ってるのかな?ほとんど揺れは来ないけど、毛皮の下の躍動する鋼の筋肉を感じる。
ふわふわっとしたラピスの毛と違って、さらさらした毛がみっちりと生えてもふっとしている。怒られないので顔をうずめてすりすりしてみる。お風呂に入ったばかりのサラツヤ毛皮は最高の手触りだ。
「降りろ!」
乱暴に言いながら、ふわっと降ろしてくれる。
ん?どうしたんだろ・・なんで降ろされたのかと見回してみて驚いた。
さやさやと涼やかな音をたてて風が流れ、足下の草を揺らしていく。
も・・森を・・・抜けてる!!
「えっ・・・?!も・・もりは?たには?!」
「そんなもんすぐに抜けるだろ。見ろ、雨降ってないだろーが!これで文句ないだろ。」
えっ・・・雨もなにも・・・あっちに見えてるのは、街・・・・?
「こんな所まで・・?すごい・・・。」
一瞬で森を抜けて街の近くまで来たのか・・オレがもふもふしてる間に。すごいな、神獣。
オレの尊敬の眼差しに気付いたルーは、ふふんと少し得意げだ。
「じゃーな、もう来るなよ。」
ルーはあっさり振り返ると、あっという間に去って行く。慌てて精一杯背伸びして手を振った。
「ルー!ありがとー!ばいばい!また会いに行くねー!」
-来るなっつってんだろ!-
遠くからかすかにそんな声が聞こえた気がする。
来るなってことはきっとしばらくあの場所にいるんだな。よし、またみんなで温泉入りにいこう。
「行っちゃったね・・・オレ達も行こっか。」
「きゅ!」
見渡せる視界なんて久々だ。森はオレの背丈だとひたすらに草・草・木・木・・前がほとんど見えなかったからね。森と比べればここは平地で障害物もなくとても歩きやすい。木がほとんどないし草はせいぜいオレの腰までだ。大草原って感じかな。
あの街までオレの足でどのくらいだろう?頑張ったら今日中には着けるんじゃないかな・・・多分。
あそこがハイカリクの街だったら、街道に沿っていけば帰れるはず。
家まで、あともう少し。
オレは浮き立つ気持ちを抑えて地道に歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます