第37話 贅沢なのんびり


オレの耳にくわんくわんと獣の大声が響く。力ある咆吼に、レーダーに映っていた魔物たちが脱兎のごとく逃げ出していった。

「・・・えっと・・ごめんなさい?」

「・・・てめー・・・何を謝ってる?」

「えーと・・・これを消しちゃったこと?」




何か悪いことをしたのかと、見当違いのことを謝罪するガキに、俺は頭を抱えたくなった。

「・・・てめーは人間じゃなかったのか?妖精・・いや精霊か?神獣ではあるまい。どうやって穢れを祓った?」

「えー・・オレ人間だよ?2さいなの。けがれってあのきもちわるくて嫌なヤツだよね?どうって・・・・オレに『けがれ』のある魔力を通すときに、『けがれ』だけ取ってきれいにしたよ?」


意味がわからん・・・前半も後半も。人間の2歳など・・そこらの犬猫と大差ない存在ではないか。ましてやけがれを取る魔法など聞いたこともない。


「嘘をつくな。てめーの魔法は妖精魔法だ・・人間の魔法じゃない。」

「えっ?そうなの?オレ知らなかったよ。チル爺っていう妖精さんに魔法を教えてもらったから、妖精魔法になっちゃってたんだ!」

「馬鹿を言うな・・・教えられたとて人間が妖精魔法を使えるものではない。それに・・お前の魔法は妖精魔法にもないものだ。」

「そんなこと言ったって・・オレ、使えるよ?あ、でもこの魔法はオレが考えたからほかの人はしらないと思う。」


そんな、馬鹿な。俺は自身の知識が音を立てて崩れていくのを感じた。人が使えないからこその妖精魔法だろう・・・ましてや魔法を作り出すなど・・。コイツの言うことはどれもこれも馬鹿馬鹿しく信じがたい。信じがたいが、実際に目の前で見てしまったのだ。

全て見なかったことにしたいと思考の端で思ってため息をついた。


「・・・・お前が祓ったのは『神殺しの穢れ』だ。」

「へえ~すごい怖そうななまえだね!」

・・・『怖そう』じゃねえ!

がくりとうずくまりたい気分だ。


「・・この野郎・・・比喩じゃねえぞ・・・実際に神をも殺す、邪神の最期の呪詛だ。」

「そ・・そうなの?危ないところだったね・・。」

「・・・『神殺しの穢れ』は邪神そのもの。・・・決して祓えない呪いだ。」

「・・・?祓えたよ?」

きょとんとするガキに、今度こそ俺は脱力した。

もう知らん・・何がどうなったかはわからんが、奇跡は起きたのだ。


「祓えたんだから、違う呪いか何かだったんじゃない?」

そんなワケあるか!俺は怒鳴りつける気力もなくしてじろりと睨みつけた。



なんだか不機嫌な黒い獣は、黙って背を向けるとごろりと横になってしまった。

そういえば彼?は何者だろう?今尋ねても答えてくれる気がしないので、ラピスに聞いてみる。

あれは神獣、とラピスが端的に答え・・・・えっ?神獣?!それって・・それって・・神様みたいなものじゃないの??普通に話しちゃってたけど?!

なんだかえらく気さくな神様だなぁ・・・。


神様じゃない、神獣は神獣!ラピスと同じでいいの!・・オレの焦りにラピスはむっとして言う。そっか、もしかしたら強い獣のことを神獣って言うのかもね?彼はいつも怒ってるけど態度を怒られたことはない・・・と思うし、このままでいいのかな。

まるでふて寝しているような神獣だけど、口を開かなければ、やはり神々しい・・・うん、口を開かなければね。なんで時々チンピラみたいな話し方なのか・・・もったいない。

もしかしたらまだ若いのかもしれないね?


「あ・・そうだ、ラピスおかえりなさーいだね!久しぶりにかえれて良かったね!」

「きゅう!」

すっかりおかえりのタイミングを逃していたことに気付いて、ほっぺとほっぺですりすり~!ふわふわのしっぽが気持ちいい。

もう体は大丈夫なのかと心配してくれるラピス、優しい子だ。

「大丈夫だよ!・・・あっ、そう言えばこれどうしよう?」

手を開くと黒い結晶・・もうこれに嫌な感じはしないけど、オレが持っていていいものかな?神獣さんのじゃないのかな?

でも神獣さんは今ご機嫌ななめのようなので、後で渡そう。


さて、今の時刻は昼をまわった頃だろうか?今日はちゃんと朝から活動してたのに、結構寝ちゃってたのか、それとも治療に時間が掛かってたのか。せっかくの綺麗な場所だけど、オレは帰らなくてはいけない。いつまでもここにいるわけにはいかないし・・せめて今日は一日ここで過ごして、明日出発しようかな。


「ねえ、出発は明日にして、今日はのんびりしようか?あのね、おふろ入ってないから水浴びとか洗濯したいなと思って。」

「きゅきゅ!」

『のんびり』はラピスにも魅力的だったらしく、ポンポンと毬のように跳ねて喜んでいる。


「ん?ああ、おふろはねーあたたかいお湯の中に入るんだよ。とっても気持ちいいんだ!でもここにはお湯がないから、水浴びかなぁ。」

ところでお風呂ってなに?との質問に答えると、お湯なら作ればいいと・・あ、そうか!魔法でお湯を・・いやそもそもオレ、あの素敵な土魔法使えるじゃないか!

おお・・・夢が広がる~!



「ふう、こんなもんかな!どう?」

オレは額に浮かぶ汗を拭った。夢と願望が具現化した自信作だ!

湖から少し離れた場所に突如出現した露天風呂。難しかったけどちゃんと土じゃなくて岩石で作ったんだ!神獣さんも入るかなと思って結構広めに作ってある。洗い場もちゃんと用意して、お風呂椅子と桶・・桶は土魔法で作ったら重たいしお椀みたいな雰囲気になっちゃった。

ラピスに頼んで熱めのお湯を入れてもらって、湖の水で温度調整したら・・できあがり!掛け流しじゃないのは残念だけど・・立派な露天風呂だよ!

またもやラピスの『良かったね』視線を浴びたけど、オレは大満足だ。

ひゃっほうと服を脱ぎ捨てるとまずは体を流して、足からざぶんとお湯に入る。

「うぅ~~ふぃ~~。」

幼児にはちょっと熱めのお湯にゆっくりと肩までつかると、足を投げ出した。

ふはぁっと息を吐き出して仰のくと全身の力を抜く。

「ああ~~~~ごくらくごくらく~。」

おっさんクサイ幼児の出来上がり!

ああ・・・・なんて気持ちいいのか。まるで自分が泥人形になってお湯にとろけていくような感覚だ。数日間の汚れだけでなく疲れまでお湯に溶けていくようで、本当にとろけそうだ。

「きゅ~~~。」

ラピス用のお茶碗・・・・もとい湯船もフチに置いてあげると喜んで浸かった。オレの真似をしてフチに頭を乗せて、仰向けになったままうとうとしている。ラピスも気に入ったようで良かった良かった。


「・・・・・てめーら・・・・何してる。」


低い声がものすごく呆れた調子で響いた。

「お風呂にはいってるんだよ!いっしょにはいれるように大きなお風呂にしたから、黒いお兄さんもどうぞ!」


「・・・これを、てめーが・・・・。あーーーもういい。」


すごく疲れた顔をした神獣さんはざぶっと前肢を突っ込んだ。うんうん、疲れにもきっと効くよ!だってオレ生命魔法流したもの!露天風呂って言ったら温泉でしょ?効能がないと雰囲気でないもんね。


ざぶざぶとそのまま入ってきた神獣さんが身を伏せると、ざばああー!とお湯があふれ出た。

「きゅ?!きゅうー!」

おっと・・ラピスのお茶碗が流されていくのをキャッチする。

「あははは!すごーい!もう一回!もう一回!」

「うるせー。」

はしゃぐオレにフンとそっぽを向く神獣さん。でもお顔はとっても気持ちよさそうで、金の瞳が細くなっていく。

大きな神獣さんが露天風呂のフチにアゴを乗せ、だらりと四肢を弛緩させると、かなり大きく作ったつもりだったのに神獣さんの体でお風呂が埋まりそうだ。完全に目を閉じた神獣さんは、時折長いしっぽをぱしゃり、ぱしゃりとさせた。水中でゆらゆらする漆黒の毛並みに、光の模様ができてとっても綺麗だ。


気持ちよさそうにくつろぐ様子を見ていると、オレもまた寝てしまいそうだ。

「だめだめ、オレは洗濯しなきゃ。」

大きい桶を作って服を全部入れると、少しお湯を入れて足で踏む。うとうとしている獣組を横目に、いちに、いちに、と気合いを入れて足でもみ洗いだ。水魔法使えるようになったら洗濯機魔法を考えよう・・。洗剤なんてないのでお湯で洗っただけだけれど、十分だろう。乾かすのは風魔法があるので楽ちんだ。でもこれも水魔法使えたら水分だけ除いたりできるのかもしれないね。


素っ裸で洗濯していたら体が冷えたので、また温泉に浸かる。

うっすらと漂う湯気の中、鏡のような湖面を眺め、仰向けば抜けるような青空。だーれもいない森の中、木々に囲まれたオレの秘密基地。ああ、贅沢だなぁ・・・。

「・・きゅふ。」

ラピスが目を閉じたまま何かもそもそ言っている。ああ、誰もいないなんてことなかったね、ラピスもいるし、黒い神獣さんもいる。これもまた、なんて贅沢なんだろうなぁ。


オレはなんだか緩んでしまう頬を隠すように、口元までお湯に浸かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る