第4話 …まほう?



「ぼうずはどうしてあの海辺で倒れてたか分かるか?」

 おっと最初から難しい質問だ。オレ山にいたからね・・海で倒れてた理由なんて分かるわけない。とりあえず首を振ってから答える。


「わかいません。おじーさんに、よそへつれてってあげうっていわれて そのあと わからないの。」


「その爺さんはぼうずの知り合いか?」

「ううん、しらない ひと。」


「・・ぼうずの家族はどこにいる?」

「おえの、かろ・・かぞく・・・」

 あっマズイ、幼児の身体が悲しみに敏感に反応している。みるみるうるんでいく瞳に焦るオレとおっさん。


「だ、大丈夫だ!俺がいてるからな、ほら、心配せんでいい。お菓子もあるぞ!好きなだけここにいればいいからっ!なっ!」

 慌てたおっさんが下手な誘拐犯みたいなことを言ってメイドさん達にジト目でにらまれている。ごめんよ、おっさん。オレは大丈夫なんだけど幼児の身体が言うこと聞かないんだよ。


「あいあとーござます。おえは だいじょーぶれす。あと かぞく はいないれす。おにわ で、ごはんたべれたら やま が こわれて。」

 土砂崩れ、なんて言えそうもなくて幼児が話せる言葉を選別するのが難しい。

 ごしごしと目をこすって答えると、後ろで控えてたメイドさんがぎゅうっとしてくれた。


「・・そうか。よく話してくれたな、えらいぞぼうず。」

 オレがにこっとするとメイドさんがさらにぎゅうっとする。うっ・・それ以上はキツイです。


「・・あの、 ここは ろこ・・どこ、 でしゅか?」

「ここはヤクスの村・・ああ、ホステリオ王国だが・・ぼうずに分かるか?・・お前のいたところはなんていう場所か、言えるか?」


 確かに2歳児に地理を言ってもわかんないだろうな。とりあえず地球じゃないってことは分かったよ。そして王国・・王政ってことだね?


「えと・・にほん、ていうところ・・」

「ニホン・・それはどんなところだ?」


「うーん・・まわりが うみでかこまえた しま。しろいごはん をたべるの。」

「ほう・・」

 とりあえずこれまで嘘はついていない。オレがいたとこの説明なんてしようがないしな・・・こう言っておけば見ず知らずの小さな島出身だと思ってくれるだろう。

 これまでの限られた情報を元に何か執事さん?とボソボソと話すおっさん。


 手持ちぶさたになったオレはメイドさんから情報収集する。


「あのね、 あのおいさんは えらいひと?」

「旦那様はロクサレン地方の領主様ですよ。このあたりでは一番えらい人ですね。」


「おままえは?」

「・・・・っ!・・カロルス・ロクサレン様ですよ。」

 メイドさんは頬を染め、片手で口元を押さえてぷるぷるしている。あ、あの子ども好きメイドさんだ・・幼児語がお好きらしい。

 あとメイドさんがマリーさんで桃色ヘビさんがプリメラだと判明したところで、カロルス様から声がかかる。


「おう、すまなかったな。これからのことだが、お前にも話しておこうと思ってな。こんなちびっこいぼうずに説明なんていらんと思ってたんだが、お前随分しっかりしてるからな・・聞きたいこともあるだろうし、ちょっと俺と話そうか。」


 そう言うと、ひょいと子猫のようにオレを持ち上げて膝に乗せると、本当に色々と説明してくれた。2歳児だったら絶対わからんと思うけど・・・オレにとってはありがたい。


 ここがホステリオ王国の田舎領地、ロクサレン地方の海に面したヤクス村だということ、オレの見た目からおそらく他国の出身であること。おそらく、人さらいにあって船で移動中に何らかのアクシデントがあったのではないかということ。

 そして、ロクサレン家がオレの面倒をみてくれるつもりでいること。

 ああ、幼児になってどうやって生きていこうかと思ったけど、こんなにいい人の元に送り届けてくれて、かみさまありがとう!・・・そして人さらいにしてごめん(笑)

 ひとまず、オレは生活の安全を確保できたみたいだ。




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 ロクサレン家に保護してもらって数日、メイドさんと共に家の中の探検は終了した。うん、広いな!!田舎領主って言ってたけど、こんな広い屋敷を持ってるもんなんだな。いや、田舎だから土地が余ってるとか?

部屋はとりあえずたくさんある。モノがたくさん入った倉庫みたいなのと、最初にオレがいた客室みたいなのがたくさん!お貴族様が泊まりに来たりしたら従者もたくさん来るから大変なんだって。庭も広くて、土がむき出しのところでは私兵が訓練してる。ホンモノの剣とか槍を持って!わくわくしてオレもやる!って言ったけどメイドさんに速攻で却下されてしまった。


 カロルス様は普段執務室にいるけど、たまに兵士と一緒に訓練してるみたい。そりゃあのガタイだもんなぁ・・強そうだ。たまにオレを膝に乗せて色々話を・・というか愚痴を言っている。メイドが身だしなみについてうるさいとか、村道脇の柵が壊れたから修繕費がかさむとか。オレもついでに色々話す・・主に敷地内での自由獲得のために!家族がいなくなったから一人で生活していたこと、だからメイドさんがいなくても大丈夫であること。オレも訓練して強くなりたいこと。


 カロルス様は、「そうか!」と訓練については乗り気だったが、執事とメイドさんににらまれて、「・・・もうちっと大きくなったら、な。」と言われてしまった。


 結局オレの行動範囲は家の中と庭のみ・・まあ2歳児にしたら十分な広さがあるんだが、どこに行ってもメイドさんがついてくるのでこっそり訓練場に行くこともできず、現在ふて腐れている。


「ユータ様、ご機嫌を直して下さいな。お家の中でも楽しいことはありますよ。」

「・・・・おそとでくんれんしたい。」

「・・では、ユータ様が将来強~い戦士になれるように、騎士様のお話を読んでさしあげましょうね~。」

「ほん!おれ、ほんよむ!」


 メイドさんに簡単にあしらわれた気もするけど、そうだよ本があるじゃないか!それさえあればこのまだるっこしい幼児語(大分ましにはなった。)で会話して情報収集しなくても簡単に色々知ることができるじゃないか!確か書庫には結構な本があって、地震でもきたら本で生き埋めになるなと思ってたんだよ。

 ウキウキしてたらメイドさんに笑われてしまった。



 本さえ読めれば問題解決!・・・そう思っていた時もありました。


「・・・よめない。」

 そう、普通に話せるし聞き取れるからこの世界は日本語(?)なんだと思っていました。

 どうやらかみさまサービスで会話はできるようになってたみたいです。当然のごとく、並ぶ文字列には全く見覚えがなく・・。なぜかメイドさんはオレの様子に驚いている。


「ユータ様は母国で本をお読みになっていたのですか?・・大人になっても文字の読み書きができない者もたくさんおりますのに・・。」

 そうか、2歳児でまともに本を読むやつは現代日本でもそうそういないな。オレが頷くと、メイドさんは目を輝かせた。なんとなく・・嫌な予感。

「では、こちらの文字も覚えていただかなくてはいけませんね!一緒にお勉強致しましょう!」

 妙に興奮したメイドさんに詰め寄られ、オレは一から文字を学び直すハメになるのだった・・。






 身体はこども、頭脳は大人!・・のせいなのか、はたまたこれもかみさまサービスなのか、メイドさんを先生にした文字教室は、英語を学んでいた時と比較にならないスピードで進んでいく。


「き・し・は、け・ん・を・とっ・て・・」

 今日も今日とて絶賛お勉強中である。まぁ他にやることもないしな。とりあえず、村の子どもに大人気『きしとひめ』シリーズなら、最後まで読めるようになった。

「ユータ様、素晴らしいです!」

 メイドさんがひたすらオレを褒めてくれる。ちなみにお勉強中は必ずメイドさんの膝に抱っこされなくてはいけない。・・決してオレが望んで抱っこされてるワケではないのだ、うん。


 本をある程度読めるようになったら、書庫だけなら一人で過ごせるようになった。

「では、私が戻るまでこのお部屋から出ないで下さいね。」

「はぁい!」

 名残惜しげに退室するメイドさんを見送って、足音が遠ざかるのを確認する。よし、行ったな!手元の『きしとひめ』シリーズをぱたんと閉じると、おもむろに椅子を引きずって本棚に行く。うむ、今日は、この棚を調べよう!

 そりゃ、文字が読めるようになったばっかりではあるんだけど、結末が分かってる絵本を何度も読めるほど、オレは子どもじゃないからな・・面白そうな本がないか探索だ!

 オレが椅子に乗って精一杯背伸びをしたら、3段目の棚になんとか手が届く。大人向けの本はこのへんなのだ。とりあえず一番近くにあった本に挑戦しようと手を伸ばしたが・・。


「ふぬっ・・くぅっ・・」


 本が・・抜けない。きちっと納められてる上に分厚い図鑑サイズのせいで、オレの小さな手ではなかなか取り出せなかった。

 ええい!と本棚に片足をかけて力を込めると、一瞬動いた・・と思った瞬間、スポッ!と引っ張り出された本。しまった、と思った時既に遅く、重い本の勢いに引っ張られるオレの小さな身体。


 ドドンガラン!

 ひっくり返った拍子に蹴飛ばした椅子が、ことさらに派手な音をたてた。本と共に落っこちたオレは、しこたまおしりをぶつけて涙目だが、どうということはない。それよりも・・


 ・・ドタドタドタッ!バタン!!

「ユータ様っ!!!」


 びくぅっ!もの凄い勢いで開いたドアに飛び上がって振り向くと、息を切らせたメイドさんが凄い形相で迫ってきた。や・・やっぱり聞きつけられたー!


「お怪我はっ?!ああっ・・すみません!私が目を離したばっかりに!!」

「お、おしりをちょっとうっただけ・・ご、ごめんなさい。」

 メイドさんにわさわさと全身を確認されながらとりあえず謝っておく。

「いいえ!いいえ!やはりこんな小さなユータ様をお一人にするのが間違いだったのです!おかわいそうに・・」


 不吉なことを言わないで!お一人にさせて!必死で大丈夫と言いつのるオレに、とりあえずケガはないものと判断したメイドさんは、「念のため・・」とつぶやくと、目を閉じてオレに手をかざしてぶつぶつと何か言った。

「!!」

 ほわ・・と、何か心地よい感覚が全身を巡り、打ち付けたおしりの痛みがふっと軽くなる。


「これで大丈夫です。さ、お部屋に戻りましょう。今度からご本は私がお部屋にお持ちしますからね。」

 お部屋に軟禁宣言を受けたショックもさることながら、さっきの出来事に目を丸くしたままのオレ。

「ま・・まりーさん、いまの、なに?」

「え?いまの?」

「ほわっと、したの!」

「ああ、ユータ様は回復魔法は初めてでしたか?」


 かいふく、まほう・・魔法!!

 オレは興奮のあまりフリーズした。


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