ニーナ=スヴェトラ
Scene.50
ニーナ=スヴェトラ
マッド・バニーが靴音を響かせる。そこは四方を銃に彩られた空間。
そんな理想郷じみた、宝物だらけの迷路の中、物々しいショーケースの中を覗いていたウサ耳フード付きコートの少女は気になるものを見つけ、店の奥で作業をする女店主に声を掛けた。
彼女の視線の先、ガラス張りのケースの中に収められていたのは、二丁のシルバーフレームのリボルバー。どちらも銃身からグリップまで精巧で華美な装飾で覆われている。かの独裁者アドルフ・ヒトラーが所持していたというワルサーPPKの様に悪趣味に写った。しかし、それは十八世紀に流行した決闘用ピストルの様に芸術的でもあった。
トロイカ南区画で古くから店を構える老舗の銃砲店、ヘブン・アームズ。
品揃えは正規品が中心で、状態の良いものが揃っている為、護身用から抗争の為の武器、或いは、暗殺用の凶器まで、と馴染みにしている客も多い。まさに信頼と実績の武器商人という訳だ。
煙草を蒸かしながら、先代から店を継いだ女店主が、気怠そうに奥の暗がりから顔を出す。
「何これ、悪趣味だなん」
「そう? ピンク色のマシンガンも悪趣味だけどね」
「私のもあんたの仕事だろン? ねえ、これ、誰の依頼?」
「他の客のことは話せないよ。解ってるだろ?」
「ヒントくらい頂戴よ。お得意様でしょ?」
「生意気ね。まあ、そうねェ……。最近、やっと物騒になってきたってとこかね。あんたみたいな有名人が多いからさ」
「稼ぎ時じゃん。硝煙香る血の都の再来ってとこでしょ? それで、この子たちは?」
「ニーナ=スヴェトラ。デルタモデルのコルトがニーナ。ウィルディがスヴェトラ」
「これはこれでセクシーだね。私も今度はこういうのにしてみようかな」
ふわり、と紫煙を吐く。
「高くなるよ?」
「あ、そうだ。私の出来てる?」
「イングラムのメンテはしといた。悪いけどシュマイザーは無理だね。元々が骨董品だからね。どうする?」
「そっか。じゃあ……、同じのは手に入る?」
「何とかなるけど? でも、いっそどっちも新しいのにしたらどうかね。今なら最新式のクリス・ヴェクターと超骨董品のブリスカヴィカがあるよ。どっちも9ミリだし」
店主の目が爛々と輝き始める。
「このブリスカヴィカはマガジンをMP40のに変えてるからね。そりゃもうとびっきり滑らかな撃ち心地で、それからチャンバーにクロームメッキ加工を」
あ、これ長くなるやつだ、と感じ取ったイルゼが即座に話を遮る。
「じゃあ、それにする。二つとも買うよ」
「ありがとー。で、いつもどおりピンクにする?」
「それでお願い。あと入れて欲しいデザインがあるんだけど」
「デザイン?」
「これ」
イルゼが紙を手渡す。そこには、一対の黒い翼が描かれている。堕天使の羽根の様に。
「何これ、カラス?」
「天使だよ」
「だったら、白でしょ?」
「私の守護天使は黒いんだぜ」
弾薬を紙袋に詰めながら、煙草のフィルターを噛んで、彼女は苦々しく笑った。
相変わらず悪趣味だね、と。
氷の都トロイカ。
年間を通して殺し合いの絶えないこの街では、大小様々な銃砲店が根を下ろしている。それは立ち飲みのバーで、殺し屋の数だけガンスミスがいるというジョークが生まれるほどに。
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