It was cheap Life-work

Scene.05

 It was cheap Life-work


 ――中央区四番街。中央区四番街でございます。――

 平日の午後の、閑散とした地下鉄のホームに男が降り立った。黒いロングコートを翻しながら、野暮ったく伸ばした黒い髪を揺らし、黒ずんだ床に靴音を響かせる。ふと、彼は立ち止まって、困惑した表情でホームの時計を見上げた。

 遅刻だな。

 様々な人間が、白い雪の積もったメインストリートを行き交っていた。暗い顔の牧師や、重そうな鞄を抱えた女、奇抜な恰好の少女。彼らの隙間を縫うように、男は仕事場へと足を進める。

 元々乗り気ではなかった。

 こんなことは末端のチンピラみたいな奴らがやる仕事だ。俺のような本物がする仕事ではない。しかし、最近は不景気だ。これっぽっちも稼げない。そう思えば、こんなくだらない仕事も仕方のないことなのだが……。

 溜息をついて、エイプリル・ランと呼ばれる繁華街へと繋がる角を曲がる。

 彼の、今日のターゲットは長いブロンドで、右目の下に二つの黒子を持つ女。彼女を買ったクライアントは、その女に酷く恥をかかされたらしい。ビールを片手にソーセージを放り投げる程の乱心ぶりだった。

 自らの不能を顧みることもなく、その程度で殺し屋を雇うとは、いよいよこの街も腐っているな。

 彼は悲観的な溜息を零す。

 活気ある大通りから、寂しい路地に分け入り、いくつかの角を曲がった先。

 そこは活気あるメインストリートとは違い、色気を持っていた。“そういう場所”なのだ。煉瓦造りの回廊の、あちらこちらで荒んだ人生を小奇麗な洋服と化粧で覆い隠したコールガールが盛んに客引きを行っている。

 彼女はこの辺りで客を取っているはずだ。

 声をかけてきたのは、あちらからだった。一目でターゲットだと判る。想像していたよりも、彼女はいい女だった。雪の様な白い肌には赤い口紅が良く映える。彼女の外見は、不能な男を笑う様な下品な女には見えない。あの時のクライアントの真っ赤な顔を、男は思い出した。あんな男に引っ掛かったことこそ、何よりの悲劇だろう。

 しかし、これは仕事なのだ。同情などできない。

 前金は貰っている。

 男はコートのポケットに手を伸ばした。

 指を架ける。

「ねえ、オジさん、少し遊んでかない?」

「悪いな。持ち合わせがこれしかないんだ」

 躊躇うことなく、デザートイーグルの引き金を絞った。銀色の銃身から放れた弾丸は、女の胸を貫通する。煉瓦造りの街を銃声が伝った。しかし、誰も気に留めることはない。“そういう街”なのだ。

 胸から血を流して倒れた女の首筋に手を当て、男は脈を診る。死んだのを確認すると、黒いコートのポケットに手を突っ込み、憂鬱そうに彼は其処を後にした。

 地下鉄を待つホームで、彼は独り呟く。

「交通費出るかな」


 氷の都トロイカ。

 年間を通してこの街を覆う雪はその街の住民の心も覆っている。此処では助けを求める声さえも雪に閉ざされて仕舞うのだった。

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