God only knows

Scene.02

 God only knows


 嗚呼、神よ……。

 民衆は日々大変な罪を犯し続けております。人々は私の声になど耳を貸さず、自らの罪を見過ごしているのです。しかし、どうか、どうか、神よ。あなたの、その寛大な御心で彼らをお許しくださりますよう――


 頑丈な煉瓦造りの教会の屋根でさえ押し潰して仕舞うような、重い雪が降り続いていた。玻璃の窓の外は白銀の世界。物音一つしない静寂の世界。薄暗い、誰もいない礼拝堂で、黒衣の男は一心不乱に祈りを捧げていた。彼の周りを蝋燭の炎が飾る。ペリカンが象られたステンドグラスからは、宝石箱をひっくり返したような光がちらついている。極彩色の光に暴かれたのは、鮮血に濡れた銀のロザリオと、まだ若い牧師の姿。

 祭壇から流れ出す紅い血が、どろりと床に広がっていた。光沢を放つ滑らかな液面に蝋燭の淡い火を映して。

「民衆はこんな私を放っておくのです。それは大変な罪です」

 右手に握ったナイフを祭壇の上に捧げられた全裸の少年の腕に突き立てる。その先端は僅かに皮膚を歪ませ、弾ける様に肉が裂けた。血液が溢れる。白い肌を伝う。哀れな十代前半の少年の身体は、孔だらけだった。全身の、そこら中から赤い肉が覗き、血が湧き出している。既にその源泉は脈打っていない。

 それが罪だということを、彼は知っている。しかし、止められないのだ。自らの内側で肥大化していく欲望と空想を。忘れられないのだ、あの日々を。

 天使を探しているのです、と彼はやつれた顔に笑みを浮かべた。

 そして、捕らえた天使を切り刻む。何度も、何度も、吸い付くような純白の肌に刃を突き刺した。その感触に牧師はエクスタシーを感じていた。

 全身に刺し傷のある少年の死体の顔は、引き攣ったような笑みを浮かべている。遠くを見つめるかのように、虚ろに開かれた青い瞳。それは絵画に描かれる、どこか不気味な天使の様で。黒衣の牧師は慈愛に満ちた翡翠色の瞳で彼を見つめ、欲望に染まったナイフを、血に塗れた指で握り締めた。

 さあ、次は何処にしようか。

「嗚呼、神よ。民衆は何故こんなにも無関心なのでしょうか」


 氷の都トロイカ。

 年間を通して氷と狂気に包まれたこの街では、信仰さえも凍り付かせて形を変えて仕舞う。だが、何も知らぬ人々はその歪んだ神を崇拝し続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る