TROIKA
イオリミヤコ
グラン・ギニョール
Trick or Violence.
Scene.01
Trick or Violence.
「ねェねェ、おねェーさん。今夜くらいハイになって飛んでみたくなァーい?」
ぴょこん、と長い耳を立てて、その少女は愛らしく、しかし無感情的に口角を吊り上げた。
彼女が両手にぶら下げている、ショッキングピンクにカラーリングされた毒々しいイングラムとシュマイザー。その二丁のサブマシンガンの甘美で情熱的な銃口は、眼前の女を淫靡に舐め回す。獰猛な狼に睨まれた羊のように、エメラルドグリーンの瞳を濡らして、細身の女は恐怖に震えながら後ずさった。
しかし、少女は逃がさない。
狂ったウサギの様に跳ねて、真っ赤な両眸を輝かせて。肩を揺らして怯える若い女の前に立ち塞がる。両手に持った悪趣味なマシンガンの銃口を彼女に向けて。
ふわり、と辺りを仄かに揺らすガス灯の焔。それは淡く、雪原上の舞台を照らし出す。
昼間は華やかな街の深夜。悲劇は、誰しもに訪れる。いつもどおりのある日、突然に、唐突に。あまりにも理不尽で、吐き気がするくらい不平等な世界の中でも、これだけは万人にとって平等だ。だからこそ、それは美しい。
氷の街の夜には、彼女を助ける者など居ない。そして、祈る神さえも。
憐れな小ヒツジは震える肩を抱いてへたり込む。
「来ないで……。お願い……、来ないで」
「その怯えた顔もセクシーだぜ、なーんてね」
銃口の向こう側の少女は微笑んだ。
「や……、やめて」
「さあ、冷たい唇に熱い銃口でキスしたら、トリガー引いてさっさと作りましょ、血肉混じりのポップコーンっ!」
少女はトリガーを絞った。
雪の降る夜に鳴り響くは狂気の銃声と、一瞬の悲鳴。マガジンが空になるまで、ずっと、彼女は銃爪に指をかけていた。
西部劇のヒーローよろしく、マシンガンの銃口から上がる硝煙を一息に吹いて、ウサ耳フード付きの白いコートの内側に凶器たちを忍ばせる。その傍らには氷のように砕け散った人間だった物が、雪の上に散らかっていた。白い雪は、しっとりと血に濡れて。ガス灯の光に赤く煌めいて。艶やかに、滑らかに、まるでチョコレートのように溶けてゆく。
ソールの厚い黒いショートブーツが雪を踏む。少女の右耳で、銀色のピアスが瞬いた。
娼婦が惨殺されていたくらいでは事件にならない。いつものことだ、と警察も溜め息混じりに死体を片付ける。そういう街なのだ、此処は。
ひょい、と千切れた指先を摘み上げて、赤いエナメル質の爪を眺め、少女は呟く。
あーあ、マズそう……。
やっぱり、もっと小さい子じゃなきゃダメね。
氷の都トロイカ。
年間を通して雪に覆われ凍りついたこの街では、ここに住まう人間の心も痛々しく、冷たい氷と化している。時としてその環境は、狂気に満ち溢れたマザー・グースを描き出すのだった。
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