この世界で

 合流した俺たちは全員で祭りを回った。最初は気乗りしていなかった鎧男も次第に表情を緩めていき、時たま姫に冷やかされたりしていて微笑ましかった。

 かくいう俺も顔にいくつものペイント、猫耳もつけられ、とてもじゃないが向こうでは見せられない成人男性の姿となってしまった。だけど、この世界では世間体など気にせずはしゃごう。それが、一番楽しい。

「さて、そろそろ俺も……」

 青年は空いていたスペースに腰を下ろすと背負っていたギターのような楽器を調整し始めた。

「お、弾くのかルーク」

 僧侶がワクワクした様子で尋ねる。青年の腕の良さは俺も知っているので同じ気持ちだった。

「俺も旅芸人の端くれ。村一番の演奏を聞かせてやる!」

 そう言うと青年はピエロの被り物を外し、いつものバンダナを撒き直した。そして、持っていた袋から到底入り切らないサイズの楽器を取り出す。小さな太鼓のようなものを足元に並べ、木でできた楽器を口に咥えた。

「久々ねルークの本気。あんた初めてでしょ?」

 何が始まるのかとワクワクしていると姫が尋ねてきた。

「うん、すごいの? その本気ってのは」

 姫は大きく頷いて青年を見つめた。

「とんでもなくワクワクするわ。あいつの演奏はいつも冒険に出た頃の気持ちを思い出させてくれる」

 青年は裸足で太鼓の上に飛び乗った。

「さぁ、いくぞ!」

 青年が太鼓の上で踊るようにステップを踏むと小気味のいい音が鳴り始める。加えて、ギター(もうギターと呼ぶことにした)も弾きながら音を奏でていく。

「お、なんだなんだ。また派手な旅人がいるぞ!」

「良い音出しやがる!」

 たちまち人だかりができ始める。咥えていた楽器から淀みのない高音が鳴り響き、青年の演奏に“祭感”を演出する。まさにこの場にぴったりの演奏だ。

 場を盛り上げる派手な演奏なのに、俺は聴き入った。青年の演奏は“音”に迷いがない。まっすぐこちらの心に刺さってくる。派手なだけに見えて、それを構成する一つ一つはとても綺麗なものなのだ。

 俺は目を瞑り異世界の音色を堪能する。全身が心地いい。幸福感に包まれている。

 この音を忘れたくない。

 できるだけ、できるだけ長く、鮮明に、一音一音を思い出せるように耳に染み込ませる。

「イェァァァァァァッ! ……ってどしたんです?」

 大盛り上がりの中、立ち尽くす俺をココが心配した様子で覗き込んでくる。

「なんでもない。最高の演奏だな! いいぞー!」

 そこで俺もみんなと同じように盛り上がる。

 この世界のものに感動するたび、俺はその終わりが近づくのを感じるのだった。



 ※ ※



「はー、うっそだろ……」

 そう呟いた俺は項垂れながらベンチに座り込んでいた。周りに仲間たちの姿はない。

 良い大人だというのにまたはぐれてしまった。異世界とはいえこれは落ち込む。俺、あの中だと最年長だよな……?

 起きるのが遅かったのもあってか、もう空の色が変わり始めている。空を眺めているとやはり三つの月が気になる。一つは向こうと同じ白、もう一つは黄金、そして三つ目が赤。どれも共同体のように常に近くにある。星というのはあれだけ近くて大丈夫なのだろうか?

「よう。お前が予言の冒険者か」

 呑気に空を眺めていた俺がその声に反応したのは『冒険者』という単語が聞こえてきたからだ。

 見ると、間を空けた隣のベンチに一人の男が座っていた。男はこちらを見るとニヤリといやらしい笑みを見せた。

「そう警戒するな。俺とお前がここで出会うことは決まってたんだよ。そういう運命」

 胡散臭いセリフを口にする男に俺は余計警戒心を強める。

「言っときますけど、金は持ってませんよ? あと、運命とか神様とか、俺信じてないんで。商売するなら他所でやってください」

 つい向こうの世界での癖で必要以上に拒絶してしまった。

「ちげぇよ! 俺を誰だと思ってやがる!」

「誰なんですか?」

 本当に知らないので尋ねると男は大きなため息を吐いた。

「まぁ、そりゃ知らないよな。俺はリアン・ルナ。お前が出会ってきた“開拓者”ってやつの一人

 だな」

 開拓者。

 この人がドラ爺さんやロマンナさんたちと一緒に旅をしてきた……。

「露骨に信じてない顔すんな! ホントだぞ⁉︎ なんなら二人に聞きに行ってやろうか⁉︎」

「いやいや、信じてますよ。この世界で開拓者の人たちの名前をかたることがどれだけ畏れ多いかは散々聞いてきましたから」

 開拓者のうちの一人がいるという話は仲間達から聞いていたが、会うことはないと話していた。もしこの人が話の開拓者ならこんなとこにいるはずがない。

「でも、あなたはたしかこの国の姫と……」

「そう、婚約して、もう王族ってわけだな。ったく、開拓者に驚かないのは冒険者の良いところだが、張り合いがないのは良くないところだな」

 三人目の開拓者、リアンさんは開拓者として功績と予言の力を買われてこの国の姫と結婚したという。つまり、こんな風に街中で出くわすような人ではないのだ。

「予言があってな。お前と話すために抜け出してきたんだ。星守祭真っ只中だからいつもより簡単だったよ」

 いつも抜け出しているような口ぶりだが、それより俺と話すためというのが気になった。

「俺と話すためってどういうことですか?」

 開拓者なんてすごい人が、旅行気分で世界を見ている自分と話すことなどあるのだろうか。特に専門的た知識や特殊な能力があるわけでもないのに。

「言い方が悪かったか。予言というよりはお告げだな。ここに来てお前と会えっていうお告げがあったんだよ」

 予言の国と言われるルナントにあっても、お告げという言葉は怪しく聞こえた。異世界ならそういうこともあるのだろうか。

「元々俺にできるのは未来視だけだったんだけどな。旅が終わってからは自分以外の誰かに指示されてるって感じ」

 リアンさんはまたため息を吐くとベンチを独占するように両腕を背もたれに預ける。

「そのお告げで俺に会えって言われたんですか?」

「ああ。この国の姫と結婚したのもお告げがあったからだしな」

 お告げがあったから結婚した。

 何気なく発せられた内容に俺は驚いた。お告げなんてそんなよくわからないものに従って結婚までするなんて、話に聞いていた開拓者のすることじゃない。

「勘違いするなよ。おれは心からエシルのことを愛してる。お告げに従うかどうかくらい、自分で判断してる」

 そう言うと今度はリアンさんが俺に質問してきた。

「んで、何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」

 俺はその問いに少しだけ考えた。もしかしたら、リアンさんなら知ってるかもしれない。

「元の世界に帰る方法、知りませんか?」

「知らん」

 即答されてしまった……。ドラ爺さんが知らないのならリアンさんが知らなくてもおかしくはない。

「ただ、俺の“予想”では、じき帰れる」

 ここにきて予言でもお告げでもなく、予想と言ったリアンさんの言葉はあまりに頼りなかった。

「俺が見てきた冒険者はみんな、いなくなる時、同じ顔をしてるんだ。お前もな」

 顔……俺の顔が何か変わっているのだろうか。

「俺の友達も同じ顔してたよ」

 そう言うとリアンさんは懐かしそうに空を見上げた。

「もう一つ、聞いてもいいですか?」

 俺が尋ねるとリアンさんは「ああ」とぼんやり呟いた。

「俺が会ってないもう一人の“開拓者”ユーリさんって今どこにいるんですか?」

 その名前を口にするとリアンさんは大きく息を吐き出した。すると、高級そうなジャケットのポケットから銀色のスキットルを取り出して口にする。

「さぁな。俺にもわからない」

 妙な空気が流れた。

 仲間たちから聞いた話によると“開拓者”は全員で四人。既に会ったドラ爺さんとロマンナさん、そして今目の前にいるリアンさん。

 最後の一人は……。

「あいつはお前と同じ、冒険者だった」

 リアンさんは懐かしそうに目の前を見つめた。最後の開拓者が俺と同じ冒険者。だが、俺と違い、ユーリさんはその呼び名通りのことをこの世界で成し遂げたのだ。

「ほんと、何見ても目輝かせて喜んでたよ。俺含めた三人ともあいつにそそのかされて、柄にもない冒険始めたんだ。んで、気づいたら俺たちもあいつと同じようにはしゃいでた」

 まるで御伽話を聞いているような感覚だった。多分、とても貴重な話を聞いて、それでも俺は開拓者の人たちも同じ人間なんだと思った。

「あいつは消えた時、牢屋にいた」

 最初は聞き間違いかと思った。だけど、リアンさんはそのまま続ける。

「我が故郷、アザルバスの聡明な王は俺たちが渡り歩いたであろう未知の地図や情報、行き方を開示するように言ってきた」

 リアンさんはあくまで冷静に話している。

「あまりにしつこいもんだから、少しだけ教えたんだ。だけど、王は許さず牢屋送り。俺たちはすぐに逃げたが、あいつだけは抵抗せずに大人しく捕まったよ」

 この話を聞いて納得した。だから、仲間たちはユーリさんについて話しづらそうにしていたんだ。偉業を達成した開拓者の人たちの、この結末を知って。

「別に逃そうと思えばできたんだがな。鎖で繋がれたあいつは笑ってたよ。楽しかったって」

 同じ冒険者のはずなのに、ユーリさんはまるで漫画のキャラのようだ。

「そんなある日だ。牢屋から突然あいつの姿が消えてなくなったのは」

 消えてなくなった。そういえばドラ爺さんも冒険者は突然いなくなると言っていた。

「どうして、どうして皆さんは捕まっても情報を明かさなかったんですか?」

 情報や未知の世界のことを独占して何かするような人たちではないと、開拓者の人たちと出会ってきて思った。三人ともそれぞれの人生を歩んでいる。

「そうだな。理由は一つだけ」

 そう言うとリアンさんは子供のように悪戯っぽく笑った。

「俺たちの冒険をそれ以上のものにしたくなかった」



 ⭐︎



 俺たちが着いた頃には閑散としていた街外れの平原に人だかりができていた。

「まだ日の出には早いのに結構集まってるなぁ」

 日中にあれだけ騒いでよく起きてこられるものだ。そんな俺は起きられないのが怖くてあまり寝られなかった。

 これを逃すともう二度と見られないかもしれないから。

「ミア様が起きないからです! だからあれほどはやく寝るよう言ったのに」

 説教を始めようとする鎧男の隣で姫様が眠そうに目を擦っている。

「ほら、ココも起きろ〜じき日の出だぞ」

 ココは僧侶の背中でぐーすかとイビキを立てて寝ていた。広く分厚い背中はよっぽど寝心地が良いらしい。

「あなた達、予言はしっかり込めた?」

 陽気な声の方を見ると宿屋の夫婦がいた。昼間、俺を投げ飛ばした主人は眠いのか目がほとんど開いていない。

「はい、おかげさまで。ご主人も昼間はどうも」

 挨拶をすると主人はカッと目を見開いて気合を入れるように叫んだ。

「うおおおおおおおおおおおおお! どうってことねぇ! いよいよ星守祭、メインイベンって痛ってぇよアイシャ!」

「突然起きてうるさいよ!」

 その様子を見て周りから笑いやヤジがとぶ。どうやらルナント名物夫婦のようだ。

 俺は改めて手元の白い石のような札を見る。予言を込めるって何を込めればいいんだろうな。

「なぁ、君は何を予言するんだ?」

 星源札を手に考えていた俺に青年が尋ねてきた。

「実は今考えてるところ。そっちは?」

 俺が聞き返すと青年は迷うことなく予言を口にした。

「仲間たちとまだ誰も知らないような場所に行って、見たこともないものを知る。それが俺の予言」

 青年が笑顔になると少しだけ周りが明るくなったような気がした。

「いいな、それ」

 まっすぐでワクワクする予言だ。青年の言う仲間たちに自分が入っていることを嬉しく思う反面、少しだけ罪悪感のようなものがあった。



「冒険者が帰る時はいつも突然」



 その言葉に青年が俺の顔を見る。

「俺の予言は――――」

 それを聞いた青年はまた楽しそうに笑った。

「最高の予言だな」

 西の空が少しずつ漆黒を薄めていく。

「俺、ほんとに少しの間だったけどみんなと旅ができてよかったよ」

 きっと、これから何があろうと忘れることはない。夢のような時間だった。

「さぁ、そろそろだよ!!!」

 星源札に括り付けてある綿雲を離すとふわふわと高度を上げていく。視界いっぱいの空を無数の星源札が埋め尽くしている。

「ミア様はやく! もう日が出ます!」

「ココ、起きろ」

「うぃ~……」

 世界が輝いていく。俺達は暖かく光を迎え入れる。

 もう小さくなりどれがどれだかわからなくなった星源札が色濃く輝き始める。全て同じに見えていた白は色とりどりに視界を染める。まるで空というドレスを華やかに飾っているようだ。

「すごい……」

 まさに絶景だった。差し込む朝日は人々の先行きまでも照らしている。そんなふうに思えた。

 星源札の色は似ていることはあっても全く同じものはない。

 この光一つ一つが誰かの予言なんだ。これだけの希望がある。人の数だけあるんだ。



『冒険者はみんな、いなくなる時、同じ顔をしてるんだ』



 きっと俺もその顔をしているんだろうな。

「たとえ、離れ離れになったとしても一緒に旅した思い出は消えない。」

 青年の目はいつも真っすぐで、この世界に来たばかりの俺には眩しすぎるものだった。

「ああ、そうだな。もちろん」

 俺がいなくてもこの世界は続いていく。歴史は紡がれ、新しいものができていく。それは俺のいる世界だって変わらない。気付かないだけで紡がれてきたものはどこにでもある。

 爽やかな風が吹き抜けた。

 ぼんやりと覚えているのは、青年たちを上空から見たこと。

「またな」

 青年がそう呟いたこと。





























 目が覚めると、そこは見慣れたはずなのに見慣れない、いつもの部屋だった。


 こうして、ほんの短い、俺の“異世界旅行”は終わった。

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