星守前昼

 目が覚めると部屋に誰もいなかった。久しぶりのベッドに随分と熟睡してしまったようだ。

「まだ実感湧かないな……なんか」

 俺は異世界に来ているんだ。朝起きるとそうやって自分に言い聞かせるのがこちらに来てからの日課だった。

 少しだけぼーっとすると、窓の外から漏れてくる喧騒が気になった。そういえば祭りだったっけ。

 寝ぼけ眼を擦りながら窓を開けると、今にも閉じようとしていた瞼が一気に開いた。

 そこにはRPGなんかでよく見る光景が広がっていた。いや、この世界に来たからずっとそうなんだけど。でも、その光景を見たとき、俺はまた感動を覚えた。

 決して狭くない道いっぱいに人が動いていて、その誰もがガヤガヤと何かを話している。少し向こうの広場ではよく見えないが目立つ格好をした人が何か芸を披露している。さらには空砲が打ち上げられ、店の客引きは声を枯らす勢いで大声を出している。

 町中が活気に溢れていた。

 部屋を飛び出して一階に降りるとカウンターには見覚えのないガタイの良い男が立っていた。

「おお、にいちゃん。やっと起きてきたか。にいちゃん何しても起きなかったらしいから仲間たち先に行っちまったぞ」

「それで……。じゃあ俺のこと待ってくれてたんですか?」

 男はガハハハハと笑うと俺の顔よりデカい手で俺の肩を叩いた。

「昨日は遅くまで準備してたからな。俺も寝坊だ!」

 行くぞ!と男は俺を担いでドア開けた。

「あ、ちょっと! 一人でも大丈夫ですから! ってあぁぁ⁉︎」

 窓から見た人混みが目に入ったと思った次の瞬間、視界一杯に青空が広がった。体中を宙に浮かんでいるかのような感覚が襲う。腹の底がきゅっとするような。

「ってなんでー⁉︎」

「すまん! 気合が入りすぎちまったみたいだ!ガハハハハッ!」

 本当に宙に浮かんでいた。

 本気で死ぬ!

 二階建ての宿の屋根より高いが運が良ければ助かるだろうか。しかし、下には人が……。

 と、落ちた後のことをいろいろ考えていたがいつまで経っても俺の体が高度を下げることはなかった。つまり宙にふわふわと浮かんでいたのだ。

「今度はなんだよ!」

 俺の体はそのまま浮かんだまま広場の方へとゆっくり移動していく。その間も下が盛り上がっている。恥ずかしいったらありゃしない。

「あ、ありがとうございます!」

 とりあえず待っていてくれた宿の主人に礼を言っておく。主人はニカッと笑って手を振ってくれた。良い人だけどもう人は投げないでほしい。

 ふわふわと着地した場所にはココがいた。ココは呆れた顔でため息を吐いた。

「やれやれ……何はしゃいじゃってるんですか。祭りとはいえ少し落ち着いてください。怪我でもしたら大変です」

 そういうココの手には巨大な綿菓子。というかココの周りに色とりどりの大量の雲が浮かんでいる。

「わ、悪い。ぶん投げられて……あれ、みんなは?」

「みなさん、はぐれました。まったく気をつけてほしいです」

 ぷんすかと怒った様子だが、この場合ココがみんなからはぐれているのだろう。

「すごい盛り上がりだな」

 こんなにはしゃいで大丈夫なんだろうか? これで日の出を見逃すのは祭の本題から逸れてしまっている。

 金は青年からいくらか分けてもらっていたのであった。いくら異世界とはいえ年下からお金を分けてもらうのは抵抗があったが、ほかに良い案もなく受け取ることにした。

「こりゃあああああっ!」

 突然、側で大声をあげたのは黒いローブの老婆だった。

「うわ、びっくりした。急になんですか」

 老婆は水晶玉(なのか?)の上で手を勢いよくかざすと、大きく目を見開いて叫んだ。

「お主らの未来、チョーー最高ッ!!!!」

「こういうのって不吉な未来を予言してくるんじゃないのか……」

「ばあちゃんの未来もチョーーチョーー最高だYO!」

 意外にもノリのいいココだが、それはなんか違うんじゃ……?

 笑顔で親指を立てる老婆を後に少し歩くと大きい噴水のある広場に出た。噴水は勢いや水量を幾度も変え、見るものを飽きさせないようにしている。まるで生きているようだ。

「フォーー!!」

 異世界でもかなり派手な色合いの服を着た男(もっとも街にいる人間ほぼそうだが)がジャグリングのようなものをしている。だが、ジャグリングしているものが空中で何度も変化し、その度に見ている人たちが湧く。

 りんごのような果物や切れ味の良さそうなナイフ、トゲのついた鉄球に炎、それに見間違いでなければさっきの老婆もたまに。

「これが奇術……」

 すごい。が、たしかに魔法って感じはしないな。

「ココ、あれが奇術……って」

 いつの間にか隣にいたココは消え、その代わり奇術師の方から威勢のいい叫び声が飛び込んでくる。

「オラァァァァァァァァッ!!! 魔法使い舐めんなコラァァァァァッ!」

 気づくと、ココは奇術師の横でジャグリングをしていた。どこから出したのかいくつもの光る球を回している。

 予期せぬ乱入者に場は大盛り上がり、奇術師も負けじとどんどん派手になっていく。

「フォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

「ウォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

 ボルテージが最高潮に達した時、二人は回していたものが宙に飛び散った。

「やるな、嬢ちゃん」

「ヘッ、アンタこそ……久しぶりに燃えたよ」

 二人が熱い握手を交わすと観衆は弾けるように湧いた。

「さぁ、星守祭はここからさらに盛り上がっていくぜ!!」

 奇術師が噴水に光る球を投げ入れると、途端に噴水が色を変えて輝き始める。

「見ててくださいよ〜それっ!」

 ココが噴水の方へ向いて指を動かすと噴水の水が先ほどよりも生き生きと動き出し、やがてそれは大きな鳥の形となり羽ばたいた。

「すげぇ!!」

 鳥は形を変えて空を飛び続ける。見覚えのある生物から見たことのない生物まで、広場は大盛り上がりだ。

「おお、派手に盛り上がってると思ったら、ここにいたのか」

 聞き覚えのある声に振り返ると、こちらもまたピエロのような格好をした青年、可愛くデコレーションされた僧侶、鎧に落書きされた鎧男がいた。

「あれ? 姫様は?」

 私ならここにいるわよ、と三人の奥から声が聞こえてくる。その姿を見見たとき、俺は思わず唸った。

「そう来たか……」

 姫は男装をしていた。タキシードを着てきちんとドレスアップしている姿は、男ながら女性目線でうっとりしてしまうものだった。

「この姿気に入ったわ。もうこのままでいようかしら」

「それはなりません!」

 鎧男と姫の喧嘩が始まりそうになった時、ココが声を上げた。

「さぁ、フィナーレです!!!」

 宙を掛けていたペガサスは姿を変え、大きなドラゴンが目一杯翼を広げた。その光り輝く姿はとても綺麗で思わず感嘆の声を漏らす。

 さらにそこから上空に向けて大きな光の玉を放つと玉は花火のように大きく弾けた。

「綺麗……」

 誰かが呟いた。

 街に光が降り注ぐ。それはまるで星のように。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 最高だぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「さらに盛り上がってくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 星守祭、この名を冠する催しにはぴったりの時間だった。

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