第33話 シー・ブリーズ

 青い空を眺めていた。皐月を象徴するかのような群青を。

 この学校の、一番高い場所で。

 横に寝転がっている少女の、お気に入りのその場所に。

 二人きりで寝転がって見上げる空は、雲もなく、風もない。

 邪魔するものも、なにもない。

 ただ世界に、二人だけ。

 そんな淡い、夢を見る。

「ふーんふふふー、ふんふー♪」

 四鬼条の鼻歌が、すぐ横から聞こえてきた。

 本来はハスキーなボーカルで紡がれるずのその曲の、大胆なアレンジカバー。

 ひなたぼっこにはちょうどいい脱力感の、BGM。

 それを聞いていると、なんだか俺まで、喋り方が四鬼条みたいになってしまう。

「それさー、雨の日の歌じゃなかったっけー?」

「雨の日のうたをー、雨の日にうたってもー、おもしろくないじゃないですかー」

「そうかー」

「それにこれはー、こういう日のうたですよー?」

「はあ?」

 相変わらず四鬼条の言うことはよくわからない。

 でもそれは、たぶん支離滅裂なのではなくて、俺が彼女の心中を知らないだけなのだ。

 彼女の中ではきっと、しっかりなにかが通っている。

 それくらいは、やっと。わかるようになってきた。

「ずっとー、こうしていられたらいいのにねー」

 なら、この言葉は。

「――しょうりくんとー、ふたりでー」

「え…………?」

 それは、どういう? てか、いま、勝利って? 

 そう思い、首を動かす。

 動悸が止まらない。

 ああ、まずい……。

 真横に寝転がっている四鬼条の目は、閉じていた。人形のようにかわいらしく。

 その綺麗な顔が、さっきのセリフを言ったのだと思うと、さらに意識が混濁する。身体があつく火照ってしまう。変な汗が、あちこちから噴き出るくらいに。

 そんなかわいい顔で、そんな思わせぶりなことしないでくれ。

 お前の一言一句に慌てる俺を、いつものように笑ってくれよ。

 さっきのはからかってるだけなんだと言って、安心させてくれ。

 そんな綺麗な顔で、あんなことを言ったままなんて、やめてくれよ。

 だって俺は、まだ。お前には。

 一年の頃は、顔も知らなかったお前には。

 まだ……。

 

 そうだ。

 

 俺はまだ、お前にだけは、告白していない――


 ざわざわと、心が燃える。

 

 青い春の空に、赤い陽が混じるのは、そう遠くない……もう少し先。

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勝者の青春だって、敗者のラブコメ足り得ない ふみのあや @huminoaya

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