第32話 イエーガー・ボム

 第二生徒指導室。

 そこは迷える少年少女たちのお悩み相談室。

 青春同好会があなたの悩み事を綺麗さっぱり解決しちゃいます!

 ……こんな前説みたいなもんが校内に流布されてるのかは知らんが、また新たな依頼がここに舞い込んでくるらしく、俺と四鬼条は三鷹先生にこの空き教室まで連行された。

 依頼人を呼んでくるからそれまで待っていろと言われたので、俺は暇を潰すべく本を読んでいるのだが、全く集中できない。

 なぜなら、さっきから四鬼条が俺の隣でデスボイスの練習をしているからだ。

 ぐるあああああ……! みたいな低音の唸り声をだす美少女の横で君は読書に集中できるだろうか。無理でしょ。

 それでも反応したら負けだと思って、読書を決め込んでいると、肩をちょんちょんと叩くやわらかな感触。

 なんだと思って振り返れば。

 ぷにゅ。

 頬に四鬼条の細い指が刺さった。

「……(きゃっきゃっ)」

「高校生になってもそんな悪戯で楽しくなれるお前がうらやましいよ……」

「えー、かつしかくんだからおもしろいんですよー?」

「俺を勝手に長寿漫画の舞台にするな」

「じゃー、かめありくん?」

「なにがじゃーだよ、むしろより近くなってるんだけど」

 俺達が、そんなたわいもないやり取りをしていると、このあたたかな空間に北風が吹いた。

「二人は仲がいいのね」

 黒羽だった。

 なぜか教室の入口あたりに、黒羽玄葉が立っている。

 俺はその綺麗な容姿と黒髪、相変わらずの絶壁を見てまたフラッシュバックする悪夢と戦いながら、なんとか口を開く。

「い、いつの間に入ってきたんだ? お前もしや俺のことを秘密裏に消そうと……」

「あなたってすさまじく陰謀論が似合うわね……。あやうくそれもありかと錯覚するところだったわ」

「ということはそうではないんだな。よかった……」

「ゆだんたいてき~」

 安堵する俺の弱点を、四鬼条の的確な突きが一閃。

「はうあっ! ……ちょ、四鬼条ちゃん? いつの間に俺の脇腹の弱いとこ見定めたのっ?!」

「ぜんぜんぜんせかなー」

「えっ、なにそのなんの脈絡もない電波設定」

 そんな俺達の戯れを、冷えっ冷えの目で蔑む黒羽さん。

「ねえ、変なプレイに巻き込むのはやめてくれるかしら。あなたの喘ぎ声を聞いてしまった私の耳が、機能を停止してしまうじゃない」

 だからお前はロボットかよ……。

「あ、うんそれはごめん。てか、ほんとにいつからいたの、黒羽?」

「今来たところよ。扉が空いていたから話の内容が聞こえただけで、あなたたちのどうでもいい会話を盗み聞きしていたわけではないから、勘違いしないで。そもそもそんな奇特な人、この学校のどこにもいないでしょうけど」

「ならー、赤羽さんはーなにしにきたんですかー?」

 能天気な四鬼条に対し、黒羽はげんなりと。

「それね……。部活というのは基本的にある程度人数がいないと特殊な事情がない限りは認可されないのだけど、家庭科部の人員が私一人だけということが三鷹先生に露見してしまったのよね……。忌々しいことに。その時のあの教師の顔、あなたたちにも見せてやりたいくらいだわ。それで、活動を続けたいのならこの部の活動を手伝えと脅されたのよ」

「脅されたって、大げさな……。てか、そこまでして家庭科部の活動を続けたいのか?」

 俺がそう言うと、ただでさえ攻撃的な黒羽の目つきがさらに尖りだす。

「あなたって、ほんとうに馬鹿なの? 察しなさいよ」

「は? そもそも家庭科部って何してるのか知らないし」

「衣装をつくってるの! ……あとはわかるでしょう?」

「あっ、そうゆう……」

 彼女の秘められた趣味を知っている俺は、ようやく合点がいった。

「納得したわね? そういうことよ。もともと人数について言及される前から三鷹先生にはこの部に入れと言われていたのだけど、あなたたちと違って私には落ち目がなかったから従う理由はなかった。だというに……」

 黒羽が、不穏な空気を纏い始めた。彼女の背後からスタンドでも浮き上がってきそうな超ドス黒いオーラを感じる。俺は彼女の怒りが爆発しないことを祈るほかない。

 しかし。

「これもぜんぶ――あなたのせいよ!」

 黒羽はそう言って俺の目の前の机をバン! と叩いた。

「どうしてそうなる!?」

「そりゃー、しばまたくんはー、女のてきですもんねー」

「テキ屋だけにね……」

 え、なんかこの子、四鬼条のわけわかんないノリにのってきたよ?! そういう子だったっけ?! 調子狂うな……。

「おー、くろーばーに座布団いちまいー」

「なんなんだこれ……。たしかにいつも俺は失恋してるけれども……」

 男はつらすぎるよ。

「今回は四鬼条さんに免じて許してあげるけれど、次はないからね、灰佐君?」

「それは二人きりになったら俺のことを刺すということですか……?」

 四鬼条の何に免じたのかとかそもそも俺は何もしていないとか、色々ツッコミどころが多すぎたが、こいつはガチでやるとなったらやる女なので、自衛のため怯えながらそう聞いておいた。

 すると彼女は、にっこり笑って。

「あら、お望みなら挿してあげましょうか?」

 え?

「なんか漢字が違うような気がするんですけど!?」

「ふふっ、冗談よ。安心しなさい、あなたと二人きりになるようことはもう絶対にないし、そんな気色悪いこと、私はたとえあなたが人類最後の男だったとしても決してしないから」

 いやだからどうしてこの人は一々たとえがエロゲっぽいの? 趣味なの?

 てか人類最後の女にならともかく、男に挿すってどんなシュチュだよ、アブノーマル過ぎんだろ。そこは男が挿す側だろ普通。子を残せや。絶滅すんぞ。

 

 さて、俺が頭を悩ます間にも、次の問題はやって来る。世界は待ったを許さない。

「おっじゃましまーす! ってあれー、しきしー! それに、黒羽さん!」

 天敵辺見が明るい髪を揺らして、元気よくやってきた。

「いや、俺は無視かよ」

「……………………ああ、ハイシャくん。なんでいんの?」

 黒羽たちに向けられるそれと、俺とのそれのテンション差に、ダークソウルの1と2くらい隔たりがある。俺へのこのひどい反応もリマスターしてくんねえかな。

「お前こそなにしに来たんだよ? なに? 今度は誰に惚れられたの?」

「ちがうし! そんなモテたら困るもん! あー! ほんとあんたきらい!」

「じゃあなに、俺への嫌がらせ?」

「自意識過剰は気持ち悪いよー? ハイシャくん。次そんなねぼけたこといったら明日からの学校生活めちゃくちゃにしちゃうからね? うちがきたのはー、たんにこの部に入部しようとおもっただけだから」

「は? お前も?」

 うっそだろ?! 親でも人質に取られたのか!?

「えー、どうしてですかー?」

 四鬼条も驚いて……はなかったが、疑問の声を上げている。

「ちょ、しきしー、なんでちょっといやそうなのっ?」

「にがてなので~」

「そ、そんな……。がーん。う、うそだよね……?」

 今日も平常運転で無感動な四鬼条に、大げさなリアクションでうなだれる辺見。

 自分が四鬼条に好かれてるとでも思ってたんだろうか、こいつは。

 いや、たぶんそれはない。辺見は人の表情を伺うのに長けている。だからこれも、ポーズの一種なのだろう。

 ほんと、頭悪そうな顔してしたたかなやつ。

 猿芝居をしている彼女を見ていると無性にいらつくので、俺はその幕引きをお願いする。

「そもそもこの場にお前が苦手じゃない奴がいないだろ」

「え、く、黒羽さんはちがうよね? そ、そんなこといわれたら、うち、泣いちゃう……」

 辺見がわざとらしくおよよと目を覆う。俺を悪者にして黒羽に近づこうという魂胆があからさまにみえみえだった。

 はーこの大根が! ぶりと一緒に煮込んだろか!

 けれど黒羽は、辺見のことは好きでもないが俺のことは確実に嫌いなので。

「そうね。まあ確実に得意ではないけれど、灰佐君の言葉に頷くのも業腹だし、あなたの好きなように解釈してくれて構わないわ」

「やったー! やっぱり黒羽さんだいすきー」

 こいつ、どこで黒羽がここにくると聞いたのか知らんが、黒羽目当てだな……?

 性懲りもなく彼女に抱きついてうざがられている辺見を見るに、そうとしか思えない。

 男鹿といい黒羽といい、この女、力あるやつになびきすぎだろ……。

「なあ、辺見。俺が言うのもなんだが、的は一つに絞るべきだと思うぞ」

「ごめん、ちょっと意味わかんないからだまってて? 目障りだよ?」

「そうよ灰佐君。何の話だかは知らないけれど、ここにいる全員に告白したことのあるあなたがそんなこと言ったってなんの説得力もないわ」

「いや、全員には告ってないが」

「現実を見ましょう? みっともないわよ。……いえ、みっともないから見れないのね」

「あのさあ……」

 割と真理過ぎて言い返すに言い返せなかった。泣きそう。

 いつだって黒羽様は真実をきっついカッターで突きつけてくる。

 ……そろそろ精神的出血多量で死ぬんじゃないかな、俺。

 辺見は辺見で、あの日「ありがと」ってライン送ってきたからめちゃくちゃ悩んで返信したらそれから数日後の今に至るまで既読ついてないからね。辺見ちゃんが一週間に一回しかライン確認しないなんて俺知らなかったわー(現実逃避定期)。

 このままじゃ悲しみの向こうへと行ってしまいそう。どうせなにかの向こうにいくんなら輝きの向こう側にいきたいんだけどなあ……。

 などと思っていると、

「ぼんじょー! おー、みんなそろってるなー? えらいえらいー」

 我が愛しの光、三鷹先生が溌剌にやってきて。

「それじゃ、依頼者の子、連れてきたから、あとはよろー」

 そう言って教室を去っていった。

 俺の今日の生きがい、終了。もう明日はきてくれてかまわないよ?

 そして、彼女と入れ替わりに、あらたな人影が第二生徒指導室の中へとやって来る。

 はてさて、お次のお悩みはいかがなものなんですかね?

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