第27話 八つと一つの切り取るホンモノ

「あれれー、みなさん~、大遅刻じゃないですかあー?」

 四鬼条を起こすと、彼女はいきなりそんなことを言ってきた。

「あいにく遅刻してきたのは辺見だけだ。お前はいつからいたんだ?」

「いつから~? おもしろいこといいますねぇー」

 あれ、なんだろうこの謎の既視感。

「しってるでしょー? 紫蘭わー、時間なんてー、気にしないんですよー?」

 さっきの「大遅刻じゃないですかあー?」という文言はなんだったのか。

「たべたいときにたべて~、ねたいときにねる~。けんこーだいいいち~」

 恥ずかしげもなくクズ発言をする問題児に、優等生が介入。

「で? あなたは何時からここにいたのかしら?」

「さあー? わたしはーどんなときでもー、時計なんてきにしませんしー」

「ふざけないで。あなただってスマホの画面くらい見るでしょう? いつからいたの?」

「じゃー逆にきくけどー、いったいいつからー、わたしが公園にいないと錯覚していたんですかー?」

 そのセリフは、さっき俺と黒羽が二人きりで話していた時のものと酷似していた。

 こいつ、もしかして……?

「やっぱりあなた、私たちの最初の会話、聞いて……?」

「ええー、なんのこと~?」

「とぼけないで! 返答次第では…………」

 黒羽はそう言うと、不穏な手つきでポケットに手を伸ばし……って、それはまずい!

(くッ、くくく黒羽! やめろって! まさかあの四鬼条が俺たちより先に待ち合わせになんか来るわけないだろ? ちょっと落ち着いて考えよ? ね、ほら、素数とか数えてさ)

 俺は公共の場でクラスメイトが刀傷沙汰を起こしその目撃者として自分が警察に事情聴取される未来が嫌すぎて、黒羽に小声で語りかけた。必死に。

(黙りなさい。私はただ、学校では静かに暮らしたいの。その心の平穏の為なら……)

(モナリザの手を見て勃起する殺人鬼みたいなこと言うなよ……。てか、だったらそもそもコスプ……)

(それ以上言ったら先にあなたからやるわよ?)

 ひ、ヒエッ……。

 俺が耳元でなされた殺害予告に恐れ慄いていると、何も知らぬ辺見が、俺の肩を無理矢理ぐいっと引っ張った。

「もー二人とも、なにこそこそしてんのー? ……てかハイシャは身の程わきまえろよ? どう考えても黒羽さんとの距離が近過ぎるよね?」

 黒羽の恐怖から解放されたと思ったら、次はこいつである。女の子こわい。

「てかー、赤羽さんはー、なんでそんなかっこーなんですかー?」

 四鬼条だけが、救いだ。

「それは辺見さんに聞いたほうがいいんじゃないかしら?」

 今はまだ私が動く時ではないと判断してくれたらしき黒羽が、辺見の方を見る。

「え? え? なんで? うち?」

 困惑する辺見。まあそうだろう。彼女には、そもそも黒羽が来ることすら言ってなかったのだから。その彼女が男装をしている理由など想像もつくまい。

 というわけで。

「あ、いや。俺から説明するよ」

 俺は今日みんなに集まってもらった理由をかいつまんで概略する。

「辺見はどうやら、最近厄介な奴に惚れられたらしくてな。そいつを諦めさせるために黒羽に協力してもらおうってわけだ」

「その厄介な奴というのは自己紹介かしら? 斬新ね」

「そんなわけないだろ……。話の腰を折るな」

「一年前にコクってきたハイシャのくせに……」

「最近って言っただろうが! 人の話聞いてた?」

「厄介な奴という部分は否定しないのね……」

「としかつくんはー、いまでも辺見さんのことが好きなんですかー?」

 こいつら……。俺をからかうの、そんなに楽しい?

「当時は厄介と言われても仕方なかったから、まあ。でももう全然好きじゃないから。こんなやつなんか豆腐の角に頭ぶつけて死なねえかなって毎日思ってる」

「えー、ハイシャくんってば毎日うちのこと考えてるのー? それ、虫唾やばいからさ、明日からは二度と考えられなくなるように、ここで殺してもいーい?」

「ものの例えだろうが! わかれ、腰だけビッチ! 脳に栄養回せ!」

 お前のことなんか毎日考えてたら精神病むわ! むしろ定期的に思い出したくないのに思い出して頭抱えてるよクソが! こっちは忘れようとしてんだよ忌々しい!

「ねえ、話が進まないのだけど。道草食ってないでとっとと本筋を話してくれないかしら。知ってる? 時間って有限なの」

 てめえが一番最初に話を逸らしたんだろうが……!

「わかりましたよ……。この暴君め……」

 そうぼやくと、黒羽となぜか辺見からものすごい目で見られたので、俺はもう余計なことは言わず、ただ必要なことだけを話す。理不尽との闘い。

「でだ。俺は考えたんだ、さすがに辺見が彼氏持ちということになれば、その厄介な男も辺見のことを諦めるんじゃないかなって」

「はーーーーーーーーーー???? ムリムリムリムリ!!! あんたと付き合うとか絶対ムリだから!!! まじでキモい、まじ半径2000キロに近寄んな!!!」

 辺見はお前はラッパーかよというような勢いでそんなような拒絶を大声で羅列すると、四鬼条を盾にするような形で俺から距離を取った。

 俺はまたしても自分が女子からどんなふうに思われているのかを彼女を通して実感し、やや傷つきながらも、もう慣れたと自分に言い聞かせて気にしないフリで辺見を諭しにかかる。

「……お前さー、馬鹿なのはわかったから、もう黙っててくんない? なんでそうなるんだよ。論理学とか勉強したほうがいいぞ、マジで」

「だってそんなこと頼める男子なんて、あんたしかいないし……」

 うそつけ、絶対他に手駒がいるゾ? まあその場合頼むのではなく命令だから、頼める男子という枠には入らないのかもしれないが。

 あと、それとは別に。

「いや、いるだろ。ここに。もう一人」

「は? ここにはかわいい女の子しかいないけど。あんた、女子にモテなすぎて頭おかしくなったわけ?」

「いや、よく見ろ、こいつを」

 そう言って俺が黒羽の方を指差すと。

「あっ……。えっ、はあっ!? そ、そういうこと!? え、でもそれってうちが!? そそそそんなまってまってうぴゃー……っぴいいぃ…………!!」

 辺見が、こわれた。

 なぜ? 

 ま、たしかに今の黒羽はクラスの男子なんか目じゃないくらいイケメンだけども。そういうこと?

 そんな状態の辺見へ、さらに素でかっこいいことを言っちゃう黒羽くん。

「男呼ばわりをされるのはなんだか不服なのだけれど、まあ、そういうことらしいわ。今日は一日よろしくね。あなたの、彼氏として」

「は、はわー…………。こ、こちらこしょ、よろしくお願いしましゅ……」

「どうしたの? あなた、ちょっと変よ? 調子でも悪いのかしら?」

「や、ぜ、全然そんなことないって。なんというか、初めてハイシャくんなんかに感謝しちゃったから、あまりのことに気持ち悪くなったのかも……」

「なるほど。それなら仕方ないわ。早く忘れられるといいわね」

「うん!」

「お前らさ、すべての負の要素を俺で理論づけて無理くり納得しちゃうのなんなん? 俺は貧乏神かなにかかよ」

「てかさー、その男装ってさー、黒羽さん、ぜんぶ自分でやってるのー?」

「ええ、まあね」

「すごい、すごいよー。えへー。黒羽さんはほんとすごいなあ……」

 俺の発言はナチュラルにスルーされた。マジでなんで俺、今この集団の中にいるの?

 存在への懐疑を始めそうなテンションでくすんでると、四鬼条がほわわんと口を開く。

「あのー。わたしもー、彼氏―、やりたいんですけどー?」

「え、しきしー、まじ?! ちょーうれしいよー」

 こいつにしては珍しく、口先だけの社交辞令ではなくて本当に嬉しそうな顔をしている。

「も、もしかして四鬼条さん、コスっ……ごはっごはっ!」

 ちょっと興奮気味に口をあけた黒羽は、自分から地雷を踏む込みそうになり、思いっきりわざとらしくむせていた。

「だ、だいじょうぶ?! 黒羽さん?!」

「え、ええ。ちょっと灰佐君の瘴気にあてられただけだから。気にしないで」

「いや、お前嘘つくの下手過ぎんだろ……」

 いくら俺でも瘴気はだせねえよ。てかだせてたら今頃世界滅ぼしてるわ。

「それで、四鬼条さん、もしかしてあなたも男装に興味があるの!?」

「まー、そーかもしれないですねー」

「なるほど……。じゃあ今日……は無理だけど、今度教えてあげるわ……。フフフ……」

 見た目はありえん美少年なのに、笑い声が完全に魔女のそれだった。

「あ、ねえねえ! うちも興味、あるよ!」

「そう。じゃああなたも今度うちにくるといいわ。色々教えてあげるから」

「く、黒羽様のおうち……。や、やった……! 絶対いくから! 絶対だからね???」

「え、ええ」

 あまりの押しの強さにひいちゃってるよ、魔女。

 本来は陰と陽、静と動、水と油って感じで真逆な二人だし、あまりそりが合わないのかもしれない。なぜか辺見はグイグイいってるが。学校では全然話したりなんてしてないのに。

 そんな関係性なのにああも強くコミュニケーションをとっていけるのは、辺見緋凪の面目躍如といったところだろうか。



 さて、というわけで。

 今日は黒羽に辺見の彼氏役を演じてもらい、そのツーショット写真なんかを撮って辺見が彼氏持ちであるという物証を作成し、それを上手く活用することで相田に辺見のことを諦めてもらおうという会である。

 俺は、早速二人で自撮りをしたりプリクラへ行ったり……ゲーセン、カラオケ、ボウリング、ショッピングへ繰り出す(途中からもうただ遊んでるだけやんけ)二人+四鬼条の後を影法師のように付き従いながら、思った。

 あれ、俺、要らなくね?

 そう思って隙を見て何度か帰ろうとしたのだが、その度に四鬼条になぜか阻まれて帰れなかった。普通、場違いな奴がいたら帰れよ的な空気を作って帰らせるのが常套手段だと思うのだが(実際辺見は俺に対し終始そのオーラを放っていた)、これは敢えて俺を存在意義のない空間に置かせ続け、そのアイデンティティの破壊を狙う新手の嫌がらせなのだろうか。窓際族的なアレ。

 だが、ついでに言うと、今日の趣旨からすれば、四鬼条もいらない子なはず。

 けれど、なぜか辺見に気にいられているらしき彼女は、辺見からよく話を振られており、うっとうしそうな顔をしつつも、それにいつも通りのダウナーさで応えていた。

 以上。

 そんな感じの土曜日でした。

 美少女三人に囲まれて盛り場を巡っているという事実だけ見れば、楽しさしかないはずなのに、むしろ虚しさしかないという稀有体験。

 

 例えば、今も。



「灰佐君、ぼけっとしてないで早くしてくれないかしら」

 夕日と時計塔をバックにそんなことを言う黒羽は、辺見と四鬼条に挟まれる形で俺の前に立っている。

 口調と顔が険しいのは、二人に密着されている今の状況から早く解放されたいからだろう。なんてったって、両側からぎゅっと腕を抱かれている。

「んじゃ、撮るぞー」

 だが、俺がそう言うと、辺見がなぜかこちらをすごい顔で睨んできた。いっそその醜い顔を形に残してやろうか。

 そして。

「いえーい」

 四鬼条だけが無邪気に声を上げている。表情はやっぱり無だけども。

 そんな彼女達をスマホの枠に捉えながら、俺は今日何度目かも分からぬシャッターボタンを押し――。

 カシャッ。

 夕暮れが闇に消え行くその中で、少女たちの記憶だけが永遠になる――。

 


 リア充というのはやたらと写真を撮りたがるイメージがあるが、辺見もその例に漏れず、こうして解散前にみんなで写真を撮ろうなどと言い出した。

 もちろんそのみんなの定義には入れない俺は、カメラマンとして活用されたというわけだ。

 しかし、彼女等はどうしてこうも写真を撮りたがるのか。

 案外、心の奥底では、当事者たる彼女等は、誰よりもわかっているからなのかもしれない。こんな嘘だらけの関係なんて、すぐに壊れてしまうってことを。彼女等はもう、小中で別れを繰り返しているのだから。だからせめて、このすぐに終わってしまう友情だとか愛情だとかそういう形ない、もろくやわいなにものかを、確実なデータにできる写真が大好きなのだ。きっとそうして彼女等は、確実なデータで不確かな今を肯定して、束の間の安心を得、満足した気になっている。

 だったら、俺は。

 そんなものになんて映らなくていい。本物に何よりも近いとされる写真でさえ、その被写体の仮面の中は写し出せないのだから。結局それは真実らしいというだけで、真実でもなんでもないのだ。はいチーズと言って無理矢理に笑った写真に、なんの価値があるのか。俺はそんなふうにして、偽りの安寧の中にまどろみたくはない。

 そんな感じで、自己を肯定する。

 今日も今日とてはぶられている俺は、こうでもしないと精神がもたないから。

 なのに。

「なにしてるんですかー。かつかつー?」

 そんなぼやーっとした声がして。

 四鬼条は俺からスマホをひったくると、この手をとって、辺見達の方へと引っ張っていく。

「あ? え、なに?」

「せっかくだしー、さいごはみんなでとりましょうよー」

「ちょ、しきしー、それまじで言ってるの……? ハイシャくんといっしょにとか、鳥肌すぎなんだけど……」

「私も、こんな男と同じ空間にいたことを形に残すなんて、そうしないと出られない部屋に閉じ込められたとしてもごめんだわ」

 なんだその陵辱エロゲみたいな設定。

「こう言ってるし、俺もこんな奴らと写真とかもはや拷問なんだけど」

 何が悲しくて俺と映るのを嫌がるような奴らと仲良く集合写真など取らんといけんのか。

 しかし、三人から猛烈に負のオーラを向けられた四鬼条は、人形のように。

「……でもー、きょうはーたのしかったからー」

 どこが? だったらもっと笑えよ、とか、言いたいことはたくさんあったのに、なぜかなにも言い返せなくって。

 それは残る二人もおんなじらしく。

「よいしょー」

 なんだかよくわからない、合いの手と共に、カシャリとスマホが鳴動した。

 そうして、のこされた俺たち四人の自撮り写真を覗き込むと。

 黒羽は画面の端で凄まじい形相でカメラを睨み、辺見はうげって顔で俺から逃げるようにそっぽを向いて、四鬼条はなぜか一番手前で悪魔にでも取り憑かれたみたいな白目をむいていた。俺なんてもう、後ろ姿しか映ってない。

 ひどい写真だ。こんなもの、一文の価値もありゃしない。

 けれど、この写真はどこまでも等身大の俺たちを包み隠さず切り取っていて。

 俺は、自分の休日が尽くドブになったこの日のことを、きっと一生忘れないだろう――

 なんとなく、そう思った。

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