第26話 確定演出

「って、あれー? しきしーは?」

 なんの脈絡もなく、辺見が意味不明なたわごとをぼやいた。

「しきしぃというのは何? 固有名詞?」

「たぶん四鬼条のことだろ」

「ああ、あの変な子。そんなあだ名で呼ばれているのね。で、それがどうして話題にのぼるのかしら?」

 どうやら黒羽も俺と全く同じことを考えているらしい。

 あれ、もしかして俺達って気が合……(ないです)。

「え、だって今日、しきしーもくるじゃん?」

 は? 何言ってんだこいつ。

「え、なにそれは?」

「ちょっと、灰佐君、聞いてないのだけど……?」

 出来れば今の姿を知人にはあまり晒したくないのであろう黒羽は、想定外の目撃者増加案件の責を求めるといったような感じで、俺を射殺すような視線を送ってくる。

 男装した美人にそんな視線で見られると、変な性癖に目覚めそうだから止めて欲しい。

「いや、落ち着け黒羽。俺は四鬼条なんて呼んでない! 普通に考えてあんなやつ呼んだって今日の用事には何の役にも立たないし、俺が呼んだところで来るとも思えないだろ? そもそも連絡先だって知らねえし……」

 俺がガチで困惑しているということに気付いたらしき黒羽は、こちらの話を聞き終える前に、辺見へ詰め寄る。

「辺見さん、説明してもらえるかしら?」

「え、あ、えーと、その……。うち、今日ハイシャしか来ないと思ってて……。こんな奴と二人きりとか、ムリだし……」

 黒羽の迫力にたじたじになりながらも、俺への罵倒だけは欠かさない辺見さん。

 この女、黒羽にボコボコに言い負かされねえかな……。

「まどろっこしいわね……。あなたが呼んだの?」

 いいぞー! 黒羽―! そのままやっちまえー!

「ご、ごめんなさい! そうなの。……ダメだった?」

「駄目ではないけれど、あまり好ましくはないわね。この姿は、あなただけに見せようと思っていたから」

 くそ、なんだその中途半端な叱責は! もっといつも俺を罵る時のような心無い言葉で辺見を追い詰めてくれよ、クソが!

「え、え……、あ、そ、そうだったんだ……。うれしい…………」

 は? なんでこいつはこいつでちょっと照れてんの? きっついわ。

 普段クズの見本市みたいな行いばかりしている奴の人間的情緒を見せ付けられた俺は、一人胸のムカつきを感じていた。

「って、じゃなくて! で、でももう呼んじゃったから、取り消せないし……、ほんと、ごめんね、黒羽さん? ハイシャさえ黒羽さんがくるっていってくれてれば……」

「そうね、大元の元凶は灰佐君だもの。あなたが気に病む必要はないわ」

 え、ええ……。なーーーぜそこに帰結するぅ????

「……ううっ、やっぱり黒羽さんはやさしいよー。ありがとー!」

 そう言うと、辺見は黒羽の手を両手で握り締めた。

 勝手に俺を共通の敵にして仲良くなってんじゃねえよ……。

「はいはい、いつも悪者は俺ですねー」

「ハイシャくん、不快だからしずかにしてて? それと、二度と口を開かないでほしいな」

 もはや発言権すら認められない俺は、今どうしてこの場にいるんでしょうか。胸に手をあてて思い浮かぶのはただ二つ。三鷹先生の、大きな双子のお山なのでした。



「それより、だとしたら遅すぎるでしょう。四鬼条さんにも集合場所はここだと伝えてえいるのよね?」

 俺が大切な人の大切なものを思い浮かべて心をヒーリング、体をスタンディングしている間にも、黒羽の放つピリピリとしたオーラは俺達に襲いかかってくる。

「そのはずなんだけどー……、おくれるって連絡もきてないし……」

「まあ、いつものあいつなら一時間くらい平気で遅れてくるんじゃないか」

「いつもってなに? あんた、しきしーとどういう関係なのっ?」

 唐突に俺にだけ見えるようにガンを飛ばしてくる辺見。

 顔がガチ過ぎて怖い。なんでさっきの一言だけで、「あいつキモくね?」と俺を名指してカースト中位組に襲わせる時みたいな顔になってんの?

「いや、何の関係もねえから。普通に周知の事実として学校に毎日のように遅刻してきてるだろうが、あいつは」

「なんだー、ハイシャくんってば、ヘンなこといわないでよねー。次そういうこといったら、ぶっとばしちゃうぞー?」

 急に豹変してエグい悪の顔になったと思ったら、次の瞬間には善良な女子生徒然とした普通の顔に元通りしてるのやめろ。反応に困る。

 それに声音と口調こそかわいいが、言ってることは結局おっかないし、たぶんぶっ飛ばされるどころではない精神的責め苦を受けるんだろうなあ、これ。

 なんて思って粛々と黙っていると。

「ねえ、もしかして、あそこで寝てるのって――」

 黒羽が、俺の背後を指差した。

「四鬼条さんじゃないかしら?」

「げ」

 俺が恐る恐る振り返ると、ハイセンスでメタルな格好をした紫髪の少女が一人、芝生に寝そべってお昼寝をしていた。

 俺はあんなにも堂々と幸せそうに眠る変人を、他に知らない。つまり――。

 どう見ても四鬼条です。本当にありがとうございました。

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