第25話 ブレブレのオトコと、もうひとつ揺るがないもの

「あー、ごめんねー、ハイシャー。休日にあんたと会うとかマジありえないんですけどー、とか思ってたら、寝坊しちゃったー」

「2時集合で寝坊ってなんだよ。お昼寝でもしてましったってか? 殺すぞ」

 全く悪びれず二十分以上遅刻してきた糞女に悪態をつく。

 俺は女子と出会い頭に煽り合わないといけない呪いにでもかかってるのだろうか。

 土曜日に二人の美少女とデートだってのに何も嬉しくない。むしろ、休日に読もうと思ってた漫画や本を読めないことへのストレスの方がでかい。だって俺、この二人ほんとに苦手だからね。対面してると定期的にトラウマが蘇るし。

「あれ、てか、そのヒトー……、だれ?」

 さて、辺見は俺の隣に立つ、黒髪の――イケメンを指差した。

「私よ」

 それはもちろん、得意の男装を自身に施してやってきた美少女、黒羽玄葉その人である。

「え、あ、ちょ、ま……。え! もももも、もしかしてその声は黒羽様?! かっ、かかか、かっ…………! ふ、ふえぇえ………………」

 辺見はなんと、驚きで腰を抜かしていた。いくらなんでも驚き過ぎだろ……。

「そうだけれど。なに、もしかしてあなた、私が来ると通達していなかったわけ?」

 呆れ顔で俺を睨む黒羽(男装)。容姿が中性的になっているので、いつもほどには怜悧な印象がないが、相変わらず目力は強かった。なお、声はいつも通り怖い模様。

「説明がめんどくせえなあと思って。こうやって会ってみせるのが早いじゃん?」

 それに、辺見に全部を説明するわけにもいかんし。

 などと思っていると、辺見に耳を引っ張られ、無理くり黒羽から少し離れたところまで連れて行かれる。

 彼女はこれまた強制的に俺を屈ませると、小声で小言を羅列してきた。

(おいこらハイシャ! てめ、黒羽様がくるならくるって言えよこの無能! うち、黒羽様の前で暴言吐いちゃったじゃん! どうしてくれんのよ!)

(いや、知らねえよ。お前のスラム街出身みてえな日頃の言葉遣いがそのまま自分に降りかかってきただけだろうが)

(てか、なに? なんであんたなんかのお願いで、黒羽様が来てくれるわけ? うちが誘ってもたぶん来てくれないのに……。どんな汚い手を使ったの? ものによってはあんたを今すぐめったうつぞ?)

(お前になんの権限があって俺を裁くんだよ! ふざけんな、しね! ……で、まあ黒羽が来てくれたのは、あれだよ。三鷹先生の仲介だよ。つーか仮に俺が黒羽を脅したとして俺なんかの脅しにこの女が屈するわけないだろうが。……そんな怖い顔でこっち見ないで)

 あまりにも辺見が血走った目でこっちを見ていたので、俺としたことが日和ってあまり強く出られなかった。

 一応昨日はあの後、三鷹先生の仲裁があって、結果今日の会合が成立しているわけで、今言ったことは嘘ではないのだが、真実でもない。そんな微妙な俺の嘘に感付いたのか、辺見はまだ不満そうに俺を威嚇している。

 そんな俺達に、黒羽が上から声をかけた。

「何をコソコソ話しているの? 早く目的を果たしたほうがいいんじゃなくて?」

「あー、ごめん。黒羽さん。集合時間をハイシャくんが間違ってうちに伝えてたみたいでー。ほんと、ごめんねー」

 この女、ほんと人によって態度を明確に変えよってからに……!

 てかなにさらっと大嘘ついてんだコイツ。あまりに自然に言うから突っ込む間もなかったし。なんなの? 老子なの? と思ったけど、そういえばコイツは全然無為自然なんかじゃなかったわ。むしろ作為既製って感じだ。

 などとくだらないことを考えていると、正義の執行者、黒羽様が代わりに。

「あら、そう? ただ、私としては、申し訳ないと思っているなら素直に灰佐君が嫌いだからわざと遅刻したと白状してくれた方が嬉しいわ」 

 こいつもこいつでさらっとひどいこと言うんじゃねえよ。

「あ、あー、そ、そうだよね。うん、ごめん。だからね、黒羽さんのことは全然嫌いとかじゃないから、ほんと、ごめんね。むむむ、むしろ、なきゃっ……」

「構わないわ。元はといえば正確な参加者を教えなかった灰佐君に責任があるもの」

 黒羽さんって、もしかして根に持つタイプ? 悪かったですね、伝えてなくて。

 あと、本当にこいつは人の話を最後まで聞かねえな。なんかまだ言ってたぞ辺見。

 と思っていたが、当の彼女は別に気にしていないのか。

「ありがとー!!! 黒羽さんってほんとかわいくてやさしくて、だいすきだよー!!」

 そう言って、黒羽にがしっと抱きついた。

「ほぼ初対面の人にそんなにべたべたするものじゃないわ」

「え、ええー! うちと黒羽さんクラス同じじゃん! ひどいなー、もうー」

 大声でわざとらしく驚く辺見が鬱陶しことこの上ないので、茶々。

「その理論でいったら俺がお前に抱きついてもいいことになるんじゃないか?」

「もーハイシャくんてばほんと気持ちわる―い。だからクラスでハブられてるんだよー?」

 彼女は俺に対しては珍しく、にっこり笑いながらそう言った。

 辺見はどうやら黒羽の前では猫をかぶっておきたいらしい。

 いやでもお前それ口調がちょっといつもより柔らかいだけで言ってる内容は同じやんけ。

「辺見さん。提案なのだけど、今すぐ警察にいかない?」

 こいつもこいつで、例の本性を隠そうとしている。俺が嫌いなことこそ、隠す気はないらしいが。

 なんともまあ、女子の裏の顔を知っているというのは難儀なもんだな。

 この会話が全部、アホらしく聞こえてしまう。

 隠し味ってのは知らないからこそ、その正体に気付けないからこそ、その料理を味わった時になんとも言えないうまみがあるわけで。

 それを知ってしまったら、推理小説を最後まで読み終えたのと同じことだ。初めてそれを味わったときの感動など、もう二度と感じられなくなってしまう。だから辺見はもう、二度と俺にあの時のようには微笑んでくれないのだ。それに、もし仮にそうなったとしても、俺はもはや、恐怖しか覚えないから。あの日のときめきは、永遠にやってこない。

 あるいは。それでも別の視点から眺めるおもしろさがあるなどと、批評家気取りのナルシスト達は言うのかもしれない。だが、したり顔で品評するようなのは、趣味じゃない。

 だから俺は、全て知らないふりで彼女達に付き合う他ないのだろう。

 人間というのは、みんながみんな何かしらの仮面をつけているものだ。それも学園のアイドルの様な彼女達であれば、なおさら。

 だから、なんの仮面も持たずに舞踏会へ行こうとした俺は、ドレスコードに従わなかった常識のない愚物として、その集団から弾き出されたのだ。

 しかし、だとすれば。

 今、こうして彼女たちと俺が仮面越しに顔を突き合わせているのは、どういうわけか。

 俺は、今日のこの奇妙な集まりが、幸か不幸かさえよくわからない。

 ただ、一つ言えるのは、三鷹先生のおっぱいへと着実に前進している。それだけである。俺にはもう、それしかなかった。

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