第五限 なんて素敵な土曜日の恋人 ~day dream coup~
第24話 昨日の殺意と不変の殺意
「おはよう、灰佐君。右手の調子はどう?」
四季彩公園――学校の最寄り駅である虹野富士見町から二キロ先のの虹野駅周辺にある、だだっ広い芝生が広がっているだけの大きな公園。
すぐ真横に立つ大学や専門学校の生徒、近隣住民や、アーケード街の客、オフィスワーカー、外人観光客など、雑多な人々が集う、都会の中に竚む憩いの野原。
もちろんデート中らしきカップルが多くいるような、胸キュンスポットでもある。
そんな場所で、俺は。あの黒羽と待ち合わせをしていた。
俺は向こう側からやってくる黒羽の、これまで一度だって見たこともないプライベートな姿に驚きながら。
「あ、ああ……。おはよう。……おかげさまで、とってもズキズキするよ(ニッコリ)」
昨日切り裂かれてからまだ二四時間も経過していない患部を掲げて、ニヒルに笑ってみた。別にそこまで深い傷にはならなかったので、そんなに痛くはないのだが、再犯防止の為に、これくらいの牽制はしておきたい。
「ねえ、どうしてそんなに意地悪なことを言うの? 私とあなたの仲じゃない」
「お前と俺の仲だから言ってるんだろうが!」
であって三秒で嫌味を言い合う様ななァ!
「もう。そんなに興奮すると傷口がまた開くから、止めた方が身の為よ?」
「誰のせいだと思ってんだ……。お前にはわからんだろうな、この手を見た妹に、「リスカしといて生き残るとか恥ずかしくねえのかよ、メンヘラ女みてえなみっともねえことしてんじゃねえぞ、クソ兄。死にぞこないの生き恥男が!」と罵られる気持ちが」
「そうね、私はマゾではないから、そんなことを妹さんに言わせて悦ぶあなたの気持ちは理解しかねるわ」
「よろこんでねえし! 曲解やめて!」
「卍・解! 大紅蓮氷輪丸!」
急に漫画のセリフを叫ぶ黒羽。そうだな。確かにお前は氷結系最強な顔してるな。
「おーい、オタバレしたからって急に開き直ってボケはじめるのやめてー。曲解すんなっていったけど卍解しろなんて誰も言ってないよー?」
喋り方はさすがに例のアレではないようだが、そっち方面のアレは、もう隠さないでいくつもりらしい。勘弁してくれ。
「そうね。辺見さんが来たら止めるわ」
「いや、もう集合時間五分前だし、そろそろ来るだろ」
ちなみに、俺は昔の部活の癖が抜けなくて十五分くらい前に着いた。
優等生黒羽は、その五分後くらい。
で、こいつと仲良くお話してる間に、もうすぐ集合時間の二時ってな感じ。
「そろそろ……? 面白いことを言うわね。あなたは知っているでしょう? 彼女のあなたへの評価は最低最悪。如何なる時でも彼女はあなたとは関わりたくないと思っている」
「はあ? でもそろそろ集合時間だし、さすがに来るでしょ?」
「ならば、言わせてもらうわ。一体いつから――――辺見緋凪が時間通りに遣って来ると錯覚していた?」
なん……だと……!?
「緋凪……ちゃん……どうして…………」
俺は精一杯の女声をだして、原作通りの悲痛な叫びを上げ――
「――じゃあないんだよ!」
盛大なノリツッコミをしてしまった。俺はなにをやっているんだ。そして黒羽はなにがしたいんだ。なーにお茶目にオタクネタブッ込んできてんだ。
けれど。
「ふふ。ありがとう、付き合ってくれて。一度は言ってみたかったのよね、このセリフ」
そう言って微笑む無邪気な顔をした彼女に、俺は負けた。
はあ、ずるいよね、女の子の笑顔って。たとえそれが嫌いで苦手なやつのものだったとしても、なんだか全てを許せるような気になってしまう。昨日も、そうだった。
「え、ああそう? 引用の仕方は下手くそだったけど、お前が満足してるならまあいいや」
「で、でね。あと他にもやってみたいこういう名シーンが、いくつかあるのだけど……」
「あのーそれはさすがにまた今度にしません?」
いきなり目をぴかぴか光らせてこっちに詰め寄ってくる黒羽――とかいう矛盾概念に、俺は謎に敬語になってしまう。端的に言って、恐怖。
「な、なによ! あなたとこんな風に二人きりになる機会なんてもう二度とないんだから、仕方ないじゃない!」
「え、ええー……。たしかにその確率は高めだけども」
なんでこんなにテンション高いんだ? いつももっと低血圧な感じじゃなかったけ?
大して親しくもないから、どれがこいつの素なのか知らんけど。
「なら、文句はないわよね? ちなみにあなたはジャンプ作品なら大体読んでるってことでいいのかしら?」
結果、辺見陽凪は集合時間に二十分遅刻してきた。よって、それまで俺は黒羽の押しカプについての語りを延々聞かされる羽目になった。
なんだこれ。
とりあえず辺見は、しね?
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