第22話 アドベンチャーセッションナッピング

「おらー四鬼条―、はよ帰るぞー」

 四鬼条にブレスケア錠剤をくれと要求したら、口をあけれと言われたので口を開いたところ、そこにサルミアッキというフィンランド産世界一まずい飴を放り込まれ、挙句笑いものにされて不機嫌になっていた俺は、ややいつもより厳し目な口調で四鬼条を促す。

 まだ口の中にタイヤみたいな異物感が残っている。もう二度と四鬼条の前であーんはしないことにしようと胸に誓った。

 ところで時計は、昼休み終了五分前を指している。急がねば。

「二人乗りだと絶対間に合わないからお前はチャリに乗れ。俺は走っていく」

「むりー」

 四鬼条は俺の自転車の後ろの荷台に跨ると、むくれた。

「いやなんでだよ。最善のプランでしょ」

「わたしー、自転車のれないんですよねー」

「マジ?」

「まじまじー」

 行きはあんなにバランス感覚よくうたた寝してたのに? 自分でこぐのは無理なの? それマジ?! まあ四鬼条らしいっちゃあ四鬼条らしいが。

「はー。……じゃあ、後ろ、のる?」

 しゃーない。遅刻確定だが、背に腹は代えられんだろう。

「いいのー?」

 その聞き方をするなら我が物顔で荷台に座るなや。言動を一致させて?

「今更そんなこと聞くなよ。そもそも勝手に連れ出したのは俺だし。ありがとな、ついてきてくれて」

「……えいっ」

「んっ! え、なに、いきなり脇腹をつつかないで」

 彼女は急に俺を小突くと、ゴム味のゴミが入った袋を押し付けてきた。

「さるみあっきぃ、いりゅー?」

 キレそう。これでこいつの顔が良くなかったら頭突きかましてた自信がある。

「いらねえよ! そんなもんこの世の誰も欲してねえから! なんなの、急に?! いいからいくぞ?」

「はあーい」

 相変わらず謎な四鬼条を連れて、学校に向けて自転車を出発させる。

 川辺の道をゆっくり進んでいく最中、またも四鬼条は歌いだす。

「てーててーてーてーてーてってーー、てててーて、ててててってー」

 今回のは、とても有名な国民的RPGのテーマだった。

 BGMでも、気にせず歌っちゃうらしい。

 にしても、なんで彼女は俺なんかのこぐ自転車の後ろに乗ってどうってことのないありふれた景色の中を行くだけで、こんなにもノっているんだろう。不思議。

 けれど、ちょっと考えてみると。

 昼休み勝手に学校を抜け出して、女の子と自転車で二人きり。大人のいない世界に逃げ込んだような、この一時だけの自由は、とても。

 なんだか、うまく言葉では言い表せないのだけど、いつもより心臓の鼓動を、つよく、感じさせる。

 川のせせらぎ、風の吹く音。そんなアコースティックギターの中を、四鬼条の飾らないボーカルが紡いでいくやわらかさ。そこに混じる、この甘酸っぱい心音の不規則なドラム。非日常に咲いたセッション。ベースは、この錆び付いた車輪の悲鳴だろうか。

 ああ、こんなにものどかなのに、心がこうもせわしないのはどうしてだろう。束の間に生まれた牧歌的な情景の中で、心だけが、ひどく騒がしい。

 ああ、違う。こんなにも胸がうるさく壁を叩くのは、お前のせいなんかじゃなくて。お前が特別なんじゃなくて、俺達が、ただ、特別な冒険をしているから。

 魔王なんていなくても、勇者にはなれなくても、思春期の若者たちは、冒険に出かけられるんだ。そこに、特別ななにかさえあれば。

 不安定なまま、ほかの誰も知らない場所へと。今しか入れない、どこかへ。

 人は皆、その、人生のこの一瞬にしか味わえない一過性の特別を、青春と呼ぶのだろう。あとになってみれば、なんてことのない、くだらない、取るに足らない、戯れを。

 背中に感じる温もりを、いつか宝と振り返るだろうか。

 わからない。

 青い春と、灰の自転車。紫の髪と、黒いカッター。

 そんなようなものをかき回して、青春の車輪はかたかたと音をたてる。

 学校がお昼寝から、目を覚ますまで。



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