第19話 ブラッドメア

さて、あれからサイクリングに興じること、10分くらい。

 俺は予定通り黒羽のものと思われる自転車を見つけて、ブレーキを踏んだ。

 けれど……。

「あっ、ふーん。そういう……」

 俺は目に映った現実を、あまり受け止めたくなかった。

 なので、思考を止めて。とりあえず、四鬼条を起こすことにした。

「ほら、四鬼条、起きて」

「まりりん……、まんそん……」

 いやだからどんな夢見てんだよこいつは……。つかそれ悪夢じゃね? だいじょぶ?

「おきてー、お前が起きてくれないと俺自転車降りれないからー」

 まるで四鬼条のお母さんにでもなったかのような気分で声をかける。

 なんてったって彼女は完全に俺の背に寄っかかって眠っているのだ。だから俺の支えを失えば、たぶん、アスファルトの上で眠ることになる。

「あいああ……。ん……? あ、おはよー」

「はい、おはよう」

 四鬼条がよぼよぼと老人のように自転車から降りたのを確認して(要介護者かよ)、俺は自転車を止めた。

 すると、彼女は俺達の目の前にそびえ立つ無骨な看板を見て。

「あのー、どうしてわたしがー、ラーメン屋さんにつれてこられてるんですかー?」

 と言った。

 そう、ここには、いわゆる隠れ家的な立地――住宅地の真っ只中――には不釣合に、でん! と竚む、ラーメン店があった。それも、二郎系。

 知らない人のために説明しとくと、二郎系というのは、とにかく量が凄まじくて、麺ドカン! もやしドーン! 脂ギトトトン! にんにくドバーッッ! って感じの、胃腸を馬鹿にする系のラーメンを提供してくれるお店である。

 おしゃれの真逆をいく食べ物だが、視覚的インパクトが強烈なので、ある意味インスタ映えするとかいう傑物だ。化物のための食事だと思ってくれればいい。それに、実際店内はなぜか異様に殺伐としていて、戦場のような雰囲気を醸し出すことで有名である。

 そういった事情から、あのスラッとした黒髪美人の黒羽玄葉がこんなところに用があるとは思えないのだが……(まあ最近は美人声優だったり、スタイルのいいコスプレーヤーだったりアイドルだったりも二郎好きを公言してたり、その写真をSNSに上げてたりする時代ではあるけども。俺がフォローしているレイヤーにも、そういう奇特なのがいたりするくらいだし)。

 俺はそう思いながら、『KIMERO』という、まるでキメろと脅されているかのような、あるいは合成獣のキメラを連想させられるようなとち狂った店名の暖簾を眺める。

 ここは一応、インスパイアと呼ばれる類の、本家ではない派生系の店とはいえ、店外に貼られたメニュー写真には、二郎を彷彿とさせるおぞましい盛られ方がなされていた。

 四鬼条が戸惑う(なお相変わらず無感動&無表情)のも無理はない。

 とりあえず、概要を言っておく。

「黒羽を追いかけてたらここについた」

「はあー?」

 ほとんど無表情なのに不思議と俺を馬鹿にし腐ったような感じで、四鬼条が呆れた声をあげる。

 彼女から「何言ってんだこいつ?」みたいな目で見られるのが、こんなに屈辱的だとは知らなかった。

「ほら、そこに自転車が止まってるだろ」

「あー。かとちゃんのより高そうー」

 俺の指さした黒羽のママチャリを見て、そんな失礼な感想を述べる四鬼条。

「うるさいな。今言いたいのはそういうことじゃなくて、これが黒羽のだってこと。てか、かとちゃんはさすがにもっと有名な方がいるからやめような」

「もしかしてえ、黒羽さんのストーカーだったんですかー、かとちゃん?」

 彼女はケタケタと口に手を当てて笑いながら、後ろに一歩下がった。

「あのさあ、そうなるとお前も共犯なんだけど。それとやめろって言ったときは続けんのかよ。天邪鬼なの?」

「えいっ」

 今度はなんの脈絡もなくかわいい声と共にケツを蹴りつけられた。

「いたっ! え、急になに? 天邪鬼って言われるのがやだったのかな? よくわかんなけどごめんね?」

 行動原理不明の四鬼条は基本的にどことなく不気味なので、俺は低姿勢に謝る。

 すると。

「……おごってくれたらー、ゆるすかもー?」

 すべすべの頬に指を当ててこくんと小首をかしげるその様は、小悪魔というか、蠱惑魔だった。

 まったく、かわいいったらない。

 俺は揺れるパープルアッシュに翻弄されているのを自覚しつつ。

「わかったよ。でも、自分の食べれる分以上にはたのむなよ?」

 そう言って、店の方へと一歩踏み出した。

 黒羽がこの店に本当にいるのかどうかとか、黒羽につけてたことがバレるかもしれないとか、そんなことはもうもうどうでもよかった。

 だって、女の子(四鬼条をその枠に当てはめていいかは要出典だが、この際もうどうでもいい。大事なのは要素)と一緒にラーメン食べるとかさ、全男子の夢じゃん!

 それが叶うのなら、もう全部、終わってもいい……!

 そのためなら千円くらい……! 高校生という貴重な季節の一時間の結晶ぐらい……!

 投げ捨ててやるぅ!(血涙)

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