第16話 黄色い地球の夕焼け小焼け
そして。
数十分後。
「あのさー、センセーはね、二人がいい影響を与え合いそうだなーって期待して引き合わせたワケよ。それがさー、いきなりアチュラチュラブラブおサボりじゃ困るのね。二人とも、センセーの言いたいコト、わかるよね?」
俺と四鬼条は、仲良く第二生徒指導室へと連行され、説教をうけていた。
「やー、こんな屑としきしーがらぶらぶとかありえないし!」
辺見緋凪という、クソ忌々しいプラスアルファを、傍聴人として。
「なんでお前が答えんだよ辺見。お前人の話聞いてうんうん言ってるだけが取り柄のくせにそれすら放棄しちゃったら何も残んないだろ? おとなしく黙ってろや、金魚のフン」
「はあ? ころすぞ、陰キャ犯罪者! 何つけあがってるわけ? ほんときっもいっ!」
早速がるるーと睨み合う両者の間に、三鷹先生が割って入る。
「こーら、こらー、いきなりヒートアップしないの! そうだね、今のはちょっとセンセーも不適切でした。ごめんね、緋凪?」
「べつに。わるいのはサーヤじゃないし。こいつが生きてるのがわるいだけだし」
「なんでだよ! お前俺の先祖の墓の前でも同じこと言えんの?」
「はあ? あんたなんてどうせみなしごでしょ?」
「お前、いくらなんでも言って良いことと悪いことが…………。あ……でも、たしかに、妹と俺って驚く程似てないんだよな…………」
「え、ごめん。冗談だったんだけど……。パチだよね? それはさすがにあんたでもかわいそう…………」
剣呑な空気。
「いや、でも、そんな……、まさか…………」
俺が辺見によって、真理の扉を開きそうになったその時。
「でもー、辺見さんとかししってー、似てませんかー?」
「「どこが!?」」
四鬼条の煽りのせいで、またぞろ同調してしまった。もう相手のバトルフェイズでもシンクロ召喚できちゃいそうだな、俺達(@虫唾)。
そして、さすれば無論、殺意込めた目で俺にガンガンメンチ切ってくる辺見。
「なんなのハイシャ! 合わせんな! まじきもい! おぞましいからやめて!」
「それはこっちのセリフなんだよなあ……。俺なんかもう気持ち悪すぎてゲロ吐きそうだからね? ねえ、だれか、エチケット袋もってない?」
「はあ? うちだって、気持ち悪すぎて今すぐあんたを病院送りにしたいし」
「ああ? ほんと意味わかんねーなお前! 気持ち悪いならお前が行けばいいだろが! 馬鹿なの? 考えてからものをしゃべりましょうねー、おばかちゃーん?」
「うっさいハイシャ! ならあんたはとっとと吐いてこいし!」
「なんだよそれ、俺の中学のクソ顧問みたいなこと言うの止めてくれる?」
「しらないし! あんたの中学の話なんてだれも聞いてないから!」
てな感じで、今日も今日とて辺見と俺の闘いは続くわけなのだが。
その戦場に、大層場違いな野次が……。
「ひゅーひゅー」
朗読下手くそな奴が風の擬音を音読してるみたいな調子の声。
そして、そののっぺりした四鬼条の棒読み茶々は、ヒートアップしていた俺達の毒気を抜いてしまう。
「「…………。」」
まるでスポーツの試合中、コートへ猫か何かが乱入したかのように。
「……いや、今のどこにひゅーひゅー入れる要素あった?」
「しきしーってばもー、うけるしー。ちょーかわいーんだけどー」
辺見なんてもう、俺と一秒前まで喧嘩してたのが嘘みたいに不抜けた面で四鬼条に視線送ってるしね。変わり身はっや! だから嫌いなんだよ、この尻軽女。
しかし、俺が辺見に辟易している反面、三鷹先生はどうやらご満悦らしい。
「紫蘭が犬猿の仲の二人を取り持ってくれて、センセーうれしい!」
「じゃあー、もうかえっていいですかー?」
「はー。紫蘭ってばすぐそれだよねー。なあに、観たいテレビでもあるワケ?」
「月よーのよあけー」
「あっは、きょう木曜だしw しきしーほんとギャグセンやばw」
「しかもアレ、深夜番組じゃん。もー、紫蘭、真面目に答えないとダメだぞー」
「先生、じゃあ俺も見たい番組あるんで、帰っていいですか?」
「……タイトルは? まさかニュース番組とか言わないよね?」
四鬼条と違って俺の場合はガチなんだが、先生は疑うような目線を向けてきた。
「いや、ちがいますけど……。あ、でも……、それをここで言うのは、ちょっと……」
さすがに女児向けアニメのタイトルをここで出すのは憚られる……。
俺がそう思い躊躇していると、辺見がなにやら急に増長し始めた。
「あれれー? どうして言えないのかなあ? もしかして人には言えないようなやばいテレビでもみてるんですかー? まあ、でもハイシャがみてるような番組だしぃ?」
こいつ……! 人が弱みを見せた途端、鬼の首をとったように……!
「は? はあ? そ、そんなわけねーし! だ、大体、6時台でそんなやべえ番組やってるわけないだろが」
「えー、でも声が震えてますけどー? さっきまでの威勢の良さはどこにいったのかなー? もしかしてほんとに図星だったりー? 6時台ってことはー……」
辺見はゲス顔でそう言うと、シュババババとスマホを操作し――
「例えばさー、この、ちっちゃい女の子がみてそうなやつとか……」
彼女が掲げる液晶画面には、俺の大好きなキャラクター達のキービジュアルが……。
「……へ、へー。そんな番組やってたんだー(震え声)」
「ふうん、とぼけるわけ? でもそうなるとさー(暗黒微笑)、あれれー? おっかしいなー?」
「な、なにがだよ……?」
というか、なんなのコイツ。なんで急にコナン君みたいになってんの?
「だってさー、6時台で他の番組っていったらー、もうニュース番組くらいしかないんですけど? でもそうすると変だよねぇ? あはッ、最初にあんたはそれを否定したもんねえ?(呵呵大笑)」
「なっ……!?」
逃げ道を封鎖され、絶望する俺。
楽しくてしょうがないというような目で俺を見下す辺見。
この野郎、俺が女児向けアニメを見ているということを強く確信してやがる……!
「あはは! ねえねえ、図星? 図星だったわけ? あんたってばこんな小さな女の子がみてるようなくっだらないアニメみて慰みものにしてるわけ? そうやって現実逃避して自分のこと慰めてるんでしょ? きっも! やっぱりあんたってどうしようもないハイシャだわw あは、まじうけるんですけど。ハイシャってばまじ敗者www(大爆笑)」
辺見は我が意を得たりとばかりに、眉根を歪ませて嘲笑する。
いくらなんでも言い過ぎだと感じたのか、三鷹先生が止めにかかる。
「こら、緋凪。さすがにそれは……」
しかし、俺はそんな力に頼るわけにはいかなかった。一女児アニメ視聴者として、戦わねばと、俺の中のprideが告げていた。自分の地位を捨ててでも。
「いや、先生。いいんです。事実ですから」
するとまあ予想通り、辺見が喚き出す。
「あー、認めたんだー? やっぱりうちの思った通りだったし。ほんっとあんたって残念だよねーw」
そんな典型的なスクールドラマの小悪党みたいな彼女に対し、俺は一喝。
「うるせえ黙れビッチ! いいから黙って聞け!」
「はあ? だれがビッチだっつの! なんでうちがあんたの話なんか……!」
「あれは、この去年の秋、心だけでなく体まで凍え始めた十二月頃の話だ――」
こいつは今でこそ虚勢を張っているが、なんだかんだいって流されやすい奴なのでこっちが聴かせる空気さえ作ってしまえば勝ちだ。俺は奴をガン無視して語り始めた。
「え、なにそれ、急に。てかなんでサーヤもしきしーも聞く気満々なの!?」
そしてまあ心優しい三鷹先生は当然として、なぜか四鬼条も話を聞いてくれそうな感じだったので、俺はそのまま痛く切ない自分語りを始めた。
「生徒だけでなく、教師にすら口を聞いてもらえなかったとある日の寒空。帰り道、寒さに震える体を抱きしめながら、やっとの思いで入った我が家に入ると、誰もいなかった。両親も妹も外出しているらしい。屋外から室内に入ったというのに、俺はより心身が冷え切っていくのを感じながら、さっきつけたばかりのヒーターのオレンジを見つめていた……」
「ううっ……! ごめんね、勝利! センセー、君たちが一年の頃は担任じゃなかったから……。勝利がそんなに苦しんでいるなんて知らなくて……っ! でももう大丈夫だからね、つらいことがあったら、センセーにいつでも頼っていいからね……っ!」
ありがとう、先生。そんなあなたが僕は大好きです。結婚しよう。
「そうして、二時間ほど無為にヒーターと戯れていた俺は、体の前面が異様に熱を帯びているということにようやく気付き、すんでのところでその暖房器具の元を離れた。危うく一家と俺が全焼するところだったが、それはこの際たいした問題じゃない」
「え、どう考えてもその話、やばすぎでしょ……。こわっ……」
「あーちち、あーち、もえてるんだーろうかー♪」
「この歌が不謹慎になるようなことが起こらなくてセンセーは本当によかったです……」
三鷹先生だけが俺のことを心配してくれていた。や三神。や辺糞。や四謎。
「さて、体がこんなに熱くなっても、心は冷えたままなのだなと、俺は燃えるように熱い腹部を撫でた。すると、そういえば腹が減ったなという生理欲求の存在を思い出し、夕食を取ることにした。しかし、俺に調理のスキルは皆無。仕方がないのでその夜はカップ麺で済ませることとなった。沈黙を、湯が沸騰する音だけが引き裂いていく……」
「ねえ、この話とさっきまでの話に何の関係があるわけ?」
「辺見さーん。しいー」
「え、ああ、うん……」
「そこから三分が経過した。無音の暗がりの中、カップ麺を啜る音だけが響き渡る。腹は膨れていっているはずなのに、感じるのは空虚さのみ。敢えて言うのなら、虚無感だけがブクブクと膨れ上がっていったのかもしれない。俺は何のために生きているのだろう。そんな疑問が何度も頭をよぎり、その度に俺はカップ麺をぶちまけたい衝動に駆られたくなったが、それを掃除するのは自分だと思うと、その気は毎回失せていった」
「ねえ、やっぱりこの話さっきの話と何も関係なくない? これ聞く意味、ある?」
「緋凪、こっからがいいところだから。静かに」
「え? ええぇ……?」
「そして、ふと俺は思い至る。そうだ、この無音がいけないのだ! きっとこの無が、俺が一人であるという事実を浮き彫りにして突きつけてくるのだ! パスカルも言ってたじゃないか。王様というのは周りにいつも賑やかしがいるから寂しくなくて済むのだと。であれば俺もなにかこの部屋を騒がしくするなにかを……。目に付いたのは、真っ黒の画面。そうして、俺は手にとったのだ。テレビのリモコンを。テレビなど見ても何も面白いとは思えなかったが、この虚無を埋めてくれるのなら、なんでもよかった。チャンネルなど気にせず、ただ無差別に電源を入れる」
「なるほど、そこであの子供向けアニメをやってたわけか!」
得意気にポンと手を叩く辺見。
人の顔色を伺うのが趣味なだけあって、意外にも聞くとなったら俺の話でもきちんと聞いてくれていたらしい。
まあ、さっきまでは散々文句を言っては四鬼条や三鷹先生にたしなめられてたが。
そして、辺見よ。そんなお前に一つ問いかけたい。
完全な実力不足とはいえ、告白ガチャに失敗し続け、Nの玉砕しか引いてこなかった不運な俺が、その一回のみのテレビとのチャネリングで、一発ツモを決められると思うか?
俺はアイロニックに鼻で笑うと、この深淵へとつながっていそうな口を開いた。
「だが、そこでやっていたのはなんの変哲もないニュース番組だった。人の不幸を晒しあげ、安全な画面の向こうからの同情や批判を誘う低俗なマスメディアだ。奴等はこともあろうか、いじめや不登校についての特集をやっていた。俺は気分が悪くなって、チャンネルを変えた」
「…………」
「勝利ぃー……(泣)」
「ずっと、さがしてーいた、りそうのじぶんって、もうちょっと、かっk……♪」
「し、しきしー、それ以上は……、ちょっと……」
元々重苦しかった空気が、どんよりと、さらに停滞していく。
「そして、いじめはどうしてなくならないのかなどと、対岸の火事でも見やるかのような態度で舐めたことぬかす無能コメンテーターどもが誰にでも言えるような一般論をさも独自の崇高な解決策であるかのように吐き連ねている産廃染みたその畜生情報番組の裏番で、この、プリリズはやっていたんだ……!」
「くーだらねえと、つーぶやいてー♪」
「や、しきしー、このタイミングでなんでそんな歌!?」
とても感動的な導入だったのに、四鬼条のせいで台無しだった。
俺は気を取り直して、ドキュメンタリー番組のナレーション風味で語りを再開する。
「やがて、二十分かそこらの時が流れた。いつしか、俺の頬は濡れていた。そのアニメの登場人物である少女達は、俺からすれば馬鹿丸出しの、ハッピーだの、メルヘンだの、無知蒙昧な耄碌したことばかり言っていたはずなのに、なぜか俺の胸は熱くなっていたんだ。そうだ、彼女達の輝かしさこそが、その日初めて凍結した俺の心を寒さから解放してくれたんだ……。プリズムの煌きが……」
以上が、俺とプリリズの出会いだった……。
なんて運命的なんだろう。ちょっと感動してきた。
「かなしみのーはてーに、なにがあるーかなーんて♪」
四鬼条の無感動な歌声さえも、なんだかプリリズに出てきた記憶喪失の少女を彷彿とさせ、叙情的に聞こえてくる。
だというに……。
「はあ? 意味わかんないんだけど? 子供向けアニメで泣くとかあんた頭おかしいんじゃないの? しかもなんか今もちょっと目元潤んでるし……。きもっ……」
お前、泣いてる人に向かってその言いようはなくない!?
なんで感受性豊かな人間をみんな否定するの? 俺が一年生の時総合の授業か何かでブラックジャック見て泣いてた時もみんな俺のことキモいキモい言ってきたけどさ、逆にあれを見て泣かないとか、お前らそれでも人間かよ!
無感動に生きてるお前らの方がよっぽど非人間的だからな。覚えとけよ、糞が!
……と、今はちょっと泣きそうになっているわけで、文字通り情緒不安定な状態なわけで、そんな時に煽られたのでかなり感情的になってしまった。
「あのなあ、辺見。確かに俺はお前からしたらキモいかもしれないし、頭がおかしいかもしれない。だから、俺を批判するのは構わん。だが、見もせずに子供向けとレッテルを貼り、プリリズを馬鹿にするその傲慢さだけは、この俺が許さん! 俺だって最初はそう思って見ていたのに、心を動かされたんだ! 子供向けだろうがなんだろうが素晴らしいものは素晴らしいんだ! お前はアナと雪の女王を見たことがないのか! それと学校内だったらなあ、そうやってカーストの低いものにレッテル貼り付けてマウント取るのはお前の好きにしたらいいが、学校外の文化にまでそれが通用すると思うなよ、このクソキョロ充が! 端的に言って死ね!」
「なんなの? なんか早口だし無駄に暑苦しいしいつもの百倍気持ち悪いんですけど……。ていうか子供向けアニメが素晴らしいとか気持ち悪いこと言い出したと思ったら、次の瞬間には死ねとか言い出してさ、説得力全然ないし!」
一理あるな……。話者のステータスというのは重要だ。こんなダメ人間が見ているアニメとなると、プリリズのイメージがダウンしてしまう……。
そうだ! だったら俺だけじゃなくこいつも俺同様最低な人間なのだということを啓蒙してやればいいじゃないか!(自分が変われないので仕方なく他者を貶める人間のクズ)
「お前はただ純粋に友達のことだけを思って行動したことがあるか?」
「は、はあ……? なんなのいきなり?」
「答えられないよなあ? お前は打算だけで友人を作り、強者へ媚びて、適度に弱者を上へ来れないよう痛めつけたり甘やかしたり、そういうことで手一杯だもんなあ?」
「…………。」
キッと無言でこちらを睨みつける辺見。その顔には悔しそうな色が滲み、滑稽だった。
「だがな、俺が見たアニメの中では違ったんだ! そこにはお互いに傷つけ合いすれ違うことこそあれ、真の友情が描かれていた……! あの素晴らしさと比べればなあ、お前らの友情ごっこなんてお笑い種なんだよ!」
どうだ! と辺見を一瞥すると、彼女はさっきまでの苦虫を噛み潰した様な表情から、一変。
「はいはいすごいですねー。じゃああんたはそうやって理想だけ追い求めて一生一人でやってれば? どうせ大人になってもそのアニメみてるんだろうし。ほんとあんたってかわいそうなハイシャだよねー」
開き直って弱点だらけの俺を叩くことによってペースを盛り返してくる。
「うるせえな! むしろ腐った大人に向けられてる作品よりピュアな子供に見せる為の作品の方が美しいのは当然の帰結なの! 自然の摂理なんだよ! 清らかなんだっつの! お前みたいなのとは違ってな!」
「あんたみたいなのがいるから永遠の十七歳とか名乗っちゃう人がいるんだろうなー……。若ければ純粋だって勘違いしてるんでしょ? ほんと男って気持ち悪いよね……」
蔑視。圧倒的蔑視。
くそ、こいつの、「かわいそうとか気持ち悪いという感情をあんたに対して抱いているうちの方があんたより立場が上なんですけど?」という、見下げた心の声が聞こえてくるかのようだ……!
「おい、俺一人を男のサンプルとして世の中全ての男性を叩く材料に使ってんじゃねえよ! むしろ俺は少数派なんだから、その理論でいくと男の大多数は気持ち悪くないことになるだろうが!」
「は? 男は全員例外なく気持ち悪いけど? あんたが突出してるってだけで。なんなら今もうちの胸元みてるし。ばれてないとでも思ってんの?」
バレてないと思ってたんだけどなー……。
しかも今、ぼそっと「小さく見せてんのにこれかよ……。まじいまいましいし……」とかいう声が聞こえきたんだが、それマジ!? この場で2番目(1番はもち三鷹先生)、クラスでも2・3番目くらいに乳の大きなお前が!?
俺は動揺のあまり、素直に謝ってしまった。
「いや、まあ、それはごめん……」
「しね! 次そんなきもい事したら、てめえがそのきしょい番組みてたことばらすぞ!」
「あっはい。それだけは勘弁してください」
うんうん、これ以上俺にヤバい属性が追加されたら学園生活終わるからね。現状は炎上くらいで済んでるけどこれ以上いったらもう灰と化して納骨だからね。別におっぱいの大きい人には逆らえないなんて思ったわけでは決してないからね。あしからず。
「じゃあ、これでこの話はおわりね。あんたの弱みは握らせてもらった。だからあんたもあのことでうちを裏切ったら……」
そこで言葉を切り、ギロリと鋭い視線を送ってくる辺見。
いやこいつマジでどんだけ今の関係性に縋り付くのに必死なんだよ。そうまでして繋げる友達関係って本当に友達なのか……?
とはいえ俺がそんなこと言えるような立場でもないので、やや引き気味に。
「まだそれ疑ってんの、お前? 誰にも言わないって言ってんじゃん……」
「うっさい、あんたの口約束なんてなんの役にも立たないの! そういうことだから!」
辺見はそう言うと、あんたとはもう話すことはないとばかりにそっぽを向いた。
そして、いつの間にやら四鬼条と仲良く動物タワーバトルで対戦を始めていたらしき先生は(うっそだろ……)、それを聞くとスマホから目を離し、こっちを見て。
「あっ、痴話喧嘩おわったー?」
「サーヤ……。まじでやめて……」
「あの、先生、そういうこと言うと後で俺がいじめられるんでやめてください」
「あんたなんかわざわざいじめないっつの。サーヤの前で変なこと言うなし! ちょっと昼休み二軍の子とかにハイシャまじうざくない? って言うだけだし」
「お前のそれが間接的に俺をいじめてるの! わかってて言ってんだろこのアマ!」
こいつマジで陰湿だからな。直接は手をくださないくせに、大本を辿っていくとこいつのせいで俺が被害を受けているといったような窮地に、何度陥れさせられたか……。
こいつのその巧みな手際は、正にバタフライ効果。辺見は蝶というよりは、どう考えても蛾だが。つまり、モス・エフェクト。なんか強そう。
「えー、うち成績ふつーだしー、実は頭いいらしいガリ勉ハイシャくんの考えてることなんてー、わかんないないなー」
「体で教えてやろうか……!」
男子に媚を売る時と、男子を馬鹿にする時にしか出さないような猫撫で声を出しやがった辺見への苛立ちで、血流が加速していくのを感じる。
「サーヤー、灰佐くんが襲ってくるうー」
うぜえ……。
「ああ? なにカマトトぶってんだビッチ! 殺すぞ……」
「うっさいなハイシャ! あんたこそ敗者らしくだまって這いつくばってろし」
再びいがみ合う俺たち。
ねえ、これあと何回やらないといけないの? もううんざりなんだけど。
そんな俺達の厭戦気分を察したのか、丁度いいタイミングで三鷹先生の仲裁が入った。
「はー。まったく、どうしようもないねー、勝利と緋凪わー。でもさ、勝利、緋凪が頼れるのはー、今、君たちしかしないの。緋凪の気持ちにもなってあげて。緋凪もさ、勝利だって緋凪のことほんとはけっこーすきなんだから、大目に見てあげてよ。ね?」
「……まあ、はい」
「だからやなんだけど……。はー、でも、死ぬ程いやだけど……、うん、わかった……」
三鷹先生のウィンクには、辺見いえども逆らえないらしい。この世の終わりみたいな顔で嫌がってはいたが。
そして。
「よしよし、いいこいいこ。また喧嘩したら、紫蘭はちゃんととめてあげるんだぞ? じゃーセンセーはオシゴトあるから、あとはまかせたー。ぷりりず? も見なきゃだしね。じゃ、また明日―。がんばれー若者たちー」
先生はそう言うと「そにーどー!」と叫びながら消えていった。
素直に瞬歩って言わないあたり、破面の中に好きなキャラでもいるんだろうか。
そんな現実逃避をしていると、目の前にはむううと唸る辺見。
「またこのパターンかよ……」
「最悪……」
むしろ瞬間移動でこの場から去るべきだったのは先生なんかじゃなくて、よっぽど俺だったんじゃないか? 今にも殺されそうだよ、俺?
そんな緊迫したなんとも居心地の悪い空気の中、先に動いたら負けとばかりに、まるで一流の剣客同士が居合対決でもしているかのような膠着状態で視線を飛ばし合う俺達。
だが。
「さー、がんばろおーぜー、負けるなーよそーさ、おまえーの♪」
そのどうしようもない停滞の只中を、四鬼条の無機質な歌唱が無遠慮に突っ切っていく。
「しきしーってば、なんでそんなしらない歌ばっか歌うのー? うけるーw」
いや、お前が知らないだけで、この曲は名曲だろが。
てかなに、四鬼条はエレカシ好きなの?
あー、聞きたい。聞きたすぎるが、今はそれをぐっと我慢して、やるべきことをやろう。今のこのふわっとした空気でなら、切り出せる。例のアレについて、とっとと聞いてしまおう。
早めに終わらせないと、マジで夕方のアニメに間に合わなくなるからな。
あと、三鷹先生のおっぱいのために、その情報がいる!
「あのさ、辺見。ちょとお前の相談を解決するにあたり、聞きたいことがあるんだが……」
「はあ?」
こうして、俺たち三人はまた、オレンジに染まる第二生徒指導室で、秘密の談合を始めたのだった……。
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