第15話 ゲームオブチャンピオンズ
あれからどれくらい経ったんだろう。
ふと目覚めると、四鬼条が敷いてくれたのか、俺はレジャーシートの上に仰向けで寝かされていた。
額には、もう溶けてしまったビニール袋の氷水。……プラスたんこぶ。
そして腹部には……。
なぜか俺の腹を枕にして眠っている四鬼条がいた。
こいつ、どんだけ自由なんだよ……。
とんでもない美少女と一緒にお昼寝(物理)をしていたというのに、ときめきよりもそういう萎えが優ってしまうのが、彼女らしいといえば彼女らしいと思う。
「なんだかなあ……」
四鬼条は、とても気持ちよさそうな顔で眠っている。なんなら、起きている時より豊かな表情をしているんじゃないかってくらいに。
そうだよな、俺達陰の者からしたら、現実なんかよりも夢の方が幸せだよな……、と思ったが、四鬼条は別にそういうタイプでもないか。じゃあどういうタイプなのかと聞かれても困るが。まあ、キャラとかタイプとか、そういう風に括れないのが、四鬼条紫蘭という女の子なんだろう。
そう思いつつ、自分の腹筋の上に乗った彼女の寝顔を眺めていた。
まーじでかわいいな。適度な重量感も心地いいし。
しかしこのまま起こしてしまうのも気が引けるので、身動きがとれない。
俺はとりあえずポケットのスマホへ手を伸ばした。困ったらとりあえずスマホに触ろうとするのは、現代人の抱える闇の一つだと思う。
や、決してこのかわいい四鬼条の寝顔をパシャリたいとか、待ち受けにしたいとか、#彼女感でツイートしたいとか、そういう邪な想いでスマホを手にとったわけじゃないからね? 全然そんなことしたいとか思ってないから。うん。ほ、ほんとだよ?(震え声)
というわけで、ここでカメラ機能を使ってしまったら犯罪だと自分に言い聞かせつつ、スマホを開いた。
クラスでスマートウォッチを付けてる奴が「これあるとスマホ見るより早く時間がわかって便利なんよー」とかいう、それ腕時計でよくね? みたいなしこたま頭の悪い感想を無駄にでかい声でのたまっていたのを思い出しながら、時間を確認。
時刻はもう、三時半だった。
「マジかよ!?」
あまりのことに、つい俺まで低脳ウェイ共のような語彙力も品位も落ち着きもないバカ丸出しの大声を上げてしまった。
だって、アレだよ? これってつまりあれから一時間半は経ってるってことでしょ?
やっべ、体育だけサボるつもりが、六限の古文まで……。
嗚呼、この高校で何もかもが終わってしまった俺の唯一の美点が、成績だったのに。
「畜生! ジーザス!」
ちょっとお試しでサボるつもりが、初回から大規模にやってしまった。眉毛軽く整えるかーと思ったら全剃りしてしまったかのようなやっちまった感。
ま、でも、いっか。
元はといえば自分で決めたことだし。
俺の上で寝てる四鬼条の寝顔はかわいいし。
お空もすげえいい天気だし。
なんか悩みとか、どうでもよく思えてくる。
「俺ももう一眠りするか」
時には何もかも忘れてリフレッシュするのも悪くないのかも。
そう思い、目を閉じようとしたのだが。
「たけはら、ぴすとる……」
四鬼条はそんなうわごとを呟いて寝返りをうち(いや、どんな夢だよ……)。
俺の股間の方へ、その紫頭を載せ――。
「うおおおおおおい!!!! 危険すぎるだろう! それは!!」
俺は当然飛び退いた。
ごつん。
結果、彼女の頭部がやや乱雑にレジャーシートへシュートされたが、それくらいのことをお前はしたのだ、許してくれ。むしろそうしなかったらお前がやばかった。お前のそのぷっちりした唇が俺の股間と股布ごしの間接キスかましてた。そしてそのまま俺の腰のピストルが「よー、そこの若いの」ではなく「ANARCHY IN THE UK」を歌いだして性のアナーキストになっちゃうとこだった。
「はあ、はあ、あぶなかった……。眠っているのをいいことに、色々危ないことになるところだった……。大人のピタゴラスイッチ始まっちゃうとこだった……」
俺が立ち上がって安堵の溜息をついていると。
「っつ……。むぅ……」
四鬼条はむくりと不気味に起き上がり、おもむろに立ち上がった。
「うー、いだい……」
寝ぼけ眼で、後頭部を撫でながら、元々ダウナーな声をさらに抑え目にしてうめいている。なんかもうゾンビみたいに。いや、こんなにかわいいゾンビ、見たことないけど。
「……うーん? ウィンナーくぅん? どうしてー?」
しかもそんなこと言いながら俺の頭をぱかぱかたたく。目をぱちくりさせて。
「いや、勝利だし、つかそもそももじるならウィンナーじゃなくてウィナーじゃね?」
「あれれえー、夢なのかなー?」
今度は俺のほっぺたをつねってきた。
「いたたた……、そう思うなら普通自分のをつねるだろ!」
「いたくない……。やっぱり夢かあー。おやすみ~」
「そりゃ自分のをつねってないんだから痛いわけねーだろが! お前に痛みを教えてやろうか?!」
「どうぞー」
そう言って四鬼条はずいとこちらに逼迫して、頬を俺の方へ傾けた。
綺麗な顔が信じられないくらい至近に迫り、緊張で体が強ばる。
「あー、えーと……」
何度も女子に告白しているくせに、ほっぺたをつねるという一見簡単な行いが出来無い自分を呪いながら震え声。ちゃうねん、言語化と接触じゃ、ハードルがダンチやねん。
だってなんか俺なんかが触ったら、ダメな感じの幽幻よ? 四鬼条って。
「いや、ごめん。ああ言っといてなんだけど、女の子に暴力振るうのは、ちょっと……。てか、距離近くね?」
すると。
「せいー」
彼女はその無気力な声と共に細腕を振るって俺を腹パンした。
「いたっ!」
ガリガリな彼女の、腰も入ってないへなちょこ拳なんて痛くも痒くもないのだが、あまりに予備動作がノーモーション過ぎて、反射的に声が出た。なんだよそれ、ボクサーかよ。や、こいつ絶対無我の境地入ってるでしょ。
「え、なんでお前が殴ってくんの? 意味わかんないんだけど……」
「遠ざけましたー」
はえー……。たしかにお前が俺を殴りつけたことで、そのぶん俺は後退したけれども。お前それ、「好きな人が出来てしまって毎日胸がドキドキしてしまって苦しいです、どうしたらいいですか?」って質問に対して「じゃあ殺せば解決ですね!」って言ってるのとほとんど同義やからな。……サイコパスかよ。
四鬼条に対しやや恐怖を覚えた俺は、控えめに彼女をたしなめる。
「あ、そう。俺が悪かったのかな? 近いとか言ってごめんね? でもどっちかって言うと遠ざけるんじゃなくて遠ざかって欲しかったし、なんならお前が不快じゃないけりゃあの距離でもわたしは一向にかまわんッッというか……」
「……くふっ」
「なぜ急に笑う……?」
この子も週刊少年チャンピオンとか読んでたのかな?(すっとぼけ)
「いやー、うぃざーどくんってー。ゆるいなーって」
「はあ? てかウィザードってなんだよ。もう原型なくなっちゃってんじゃん……」
「うぃーるくんはー、紫蘭のことー、あだ名でよんでくれないんですかー?」
え? は? ん……? それはなに、呼んでほしいってこと? あだ名で?
それはつまり俺に好意を……? いや、しかしやはり今も表情筋は無だしなあ……。
言動も表情も不可解過ぎて、俺は困惑するばかりだった。意図というものがまるで推し量れない。あるいは本当に何も考えていないのかもしれない。
「え、ああ、うん。……え? も、もう一回言ってもらえるかな?」
あまりのことに、盛大にキョドってしまった。
これはアレだ、この学校に来て初めて女子に話しかけられた時並のアレだ。まあ、その、でも、その女子というのは辺見だったわけで……後々……、うっ、頭が……!
「いつでもさ~がしているよ~、どっかにぃ、き~みのすがたを♪」
トラウマを思い返してたら示し合わせたみたいにトラウマソング歌いだしたよ、この子。何の因果? 阿吽の呼吸かよ。これは四鬼条なりのプロポーズなのかな?(蒙昧)
それと毎度のことながらフリーダム過ぎるでしょ。街中で目があったら急にラップバトル始めるラッパーと大差ないくらいに唐突なんですけど。ここはデトロイトですか?
「ああ、はいはい One more time,One more chance ね。急にもう一回とか言い出して悪うござんした」
ああ、中学の時にいつでも探してたなあ……。昼休みの体育館、放課後の帰り道、引退試合の応援席。そんなところに女の子なんているはずもないのに……(解脱)。
そんな俺の憂いを帯びた目になんら気負うことはなく、四鬼条はゆる~く。
「せぇかーい! うぃるすみすに一ポイントー!」
そう言いながら、どこからともなくヨーグレットを取り出すと一粒差し出してきた。胃袋がキュンキュンしちゃう。今日は昼食をとる機会を奴隷労働と徘徊、危険物処理によって失っていたため、とってもありがたい。
俺はそれを服用すれば暗黒時代の記憶を忘れられるような気がして、目を爛々と輝かせつつ彼女から白い錠剤を受け取り、感謝を告げるとバリボリと噛み砕いた。
嗚呼、此の、舌を刺激する曖昧な酸味、青春の、かほり……。んんーーー、絶頂!
とまあ、このお菓子の悪魔的美味さはおいといて。
「ツッコミどころが多すぎるんだよなあ……。てか一ポイントってなに? 貯まるといいことあるの?」
「紫蘭をー、よんでもいいですよー。女王様ってー」
「いや、同級生をそのあだ名で呼ぶのはまずいだろ……」
もうそれ完全に愛称じゃなくて蔑称、あるいはご職業になっちゃってますやん……。
「でもー、中学ではー、そう呼ばれてたけどねー」
………………は?
それはどう言う意味で? 詳しく!
とは言えなかった。ぶっちゃけ反応に困り過ぎて越谷家のちっこい姉になった。
「あ、ごめん。なんかそんなあっけらかんとヤバイこと言うのやめてもらっていい? こっちにも心の準備とかさ、そういうの、あるから……」
「?」
え、なんでそこでキョトンとする? なんだそのまだ幼稚園年少さんだった頃の俺の妹みたいな目は! つぶらか! ピュアなのか! かわいいかよ! マジでかなりこの子頭イっちゃってるのに顔がいいせいでそれが全部プラスに見えてるのずるいからな?
「まさかとは思うけど、女王様が褒め言葉だと思ってるのか?」
「それはー、言う人次第かなー。あだむすみすが言うなら性癖と思うー」
理解して言ってんのかよ! タチが悪いわ! というかだったらもっと恥じらって? なんで言ってるお前だけ無表情で俺だけこんなに体温上昇させてんだよ。バカみたいじゃん。なんか一人相撲とってるみたいな気分になるんですけど。見えざる手ならぬ見えざる相手って感じだよ。
あと、どうでもいいけどアダムスミスってあすみすって略せるよね。以上です。
「おい、もうほんとに俺の要素一ミリもなくなっちゃってんじゃん! お前なに人のあだ名で山手線ゲームしてんの?!」
「神保町くぅーん、性癖なのはー否定しないんですねー」
「いやそれは触れづらいからあえてスルーしたの! なんなの?! 最近の女子のあいだでは下ネタが流行ってんの?! あと俺が山手線ゲームつったから駅名になったのは百歩譲ってわかるとしてなんで素直に山手線の駅名じゃなくて半蔵門線なんだよ! ボケが入り組んでてツッコミが渋滞するわ! 欲張りセットやめろ!」
頭ハッピーセットかよと言おうと思ったけどさすがに言い過ぎかなと思って自重した俺を褒めてくれるまともな人間がこの場に存在しない不条理さよ(無常)。
そして。
「えへへー、うれしいくせにー」
なぜかジト目を向ける四鬼条。
「はあ……?」
何言ってんだこいつ……(てか睫毛長っ)と思って嘆息したはいいものの、言われてみれば美少女とこうして楽しく冗談を言い合うのを、俺は楽しんでいるのかもしれない。
すると、なんか意味深な表情をして四鬼条が意味深に黙った。
「……(じー)」
なんだろう、やはり言動は滅茶苦茶だけれども、やはり見た目は謎めいて神秘的なので、そんな彼女が神妙な面持ちでこちらを見つめていると、純情が戸惑いを覚える。
「……(ゴクリ)」
思わず息をのんでしまった。
なんだか自分の中でボルテージが高まるのを感じる。なんと言えばいいかはわからないが、……そうだ! どことなく、青春の兆しを感じる……っ!
そして、彼女はこちらの期待を最大限に煽った上で、その口を開いた。
「わたしはべつにー、うれしくないけどー」
がくっ! 俺は心の中で盛大に吉本新喜劇と化した。
しかも、あまりのことに思っていたことがそのままドバドバ大勝ちしたメダルゲームのメダルみたいな勢いで溢れ出してしまう。
「嬉しくないのかよ! そこは嬉しい及びそれに準ずるセリフを言えよ! じゃあなに、さっきの意味深な間はなんだったの?! ちょっとぼーとしてただけだったの? 寝起きだしまだ眠かったのかな? それを俺は自己中に勘違いしちゃってたわけ? 悲しいね! 俺ってば、かなしいね……。かなしいよ……。この胸のときめき、かえして……!」
一通り無呼吸で畳み掛けたが、後に残るのは虚しさだけ。無呼吸でするパンチのラッシュは強力らしいが、無呼吸でする言の葉のラッシュは悲愴でしかなかった。
そして、パンチのラッシュってパンチラみたいな語感だなあと思い至ってしまったが為にふと芋蔓式に脳裏へと再来してきた例のドエロ下着のことを忘れるべく、アフリカの子供たちへと思いを馳せる。うーん厭世。
そんなふうに心のチェンジオブアペースに病んでいると、うなだれている俺の脇腹を、ちょちょんとつっつく感触があった。
くすぐったくてびくんとはねる、俺。
突然の衝撃に、頭の中身は強制シャットダウン。
途切れた思考に流れ込んでくるのは、こんな笑い声だった。
「……でもー、あたふたしてる市ヶ谷くんをみるのはー、たのしいですよー?」
口に手を当ててにやーっとする四鬼条は、妖艶だった。ゾクッとするくらいに。
「おまえは魔性の女かよ……。たしかに小悪魔感はあるけども。てかちゃっかり都営新宿線に乗り換えてるし」
それとさ、もーーーーーいい加減勝利って呼んでくれても良くない? そんなに勝利って呼ぶの嫌なのこの子? だったら灰佐でもいいんだよ?
心の中で俺が忖度していると、四鬼条は急にスマホをいじりだした。
「えーとー……」
そして、ほんの少しだけ口角を上げて、俺のほうへ向き直り。
「わたしー、月島くんにいいたいことがあってー」
「いや、わざわざ路線図ググってまでそのボケ続けなくていいから」
そのためだけに携帯開いてたんかい! 駅名に詳しくないなら無理しなくていいから。こんなことにベストを尽くさなくていいから。こればっかりは二番でも誰も文句言わないから。むしろそんな無駄な通信料の使われ方したギガくんが草葉の陰で泣いてるから。だからそのくっそ益体のない労力は、ノータイムで仕分けてもらおうな。
……などと、俺が勝手に脳内で四鬼条を国会議事堂へ連行していると。
「さっきはー、すみませんでしたー。いたかったー……、よね?」
当の本人は、胸の前で人差し指を付き合わせてもじもじしながら、そんなことを言ってきた。
つい今しがたまでのアレな発言からは想像もつかない正統派ヒロイン然とした言動に、ドギマギしてしまう。見た目の奇抜さが、それを浮き彫り視していた。
「あ、ああ、そのことね。まあたしかにアレは効いたが……、つまるところ俺の日頃の行いが悪いからああいうことになったんだろうし、気にすんなって。むしろ、氷水とか、わざわざ保健室からもらってきてくれたんだろ、ありがとな」
すると彼女は、下を向いて、少し押し黙ったあとに。
「……。へえ、怒らないんですねー。わたしとおしゃべりしてる時はー、すぐ怒るのにー」
「小学生じゃあるまいし、それくらいで一々怒ったりしないから。というかあれは、キレてるんじゃなくてツッコミだからね?」
「キレ芸はー賛否わかれるよねー」
「いや、人の話聞いてた? キレてないからね?」
「キレてますか?」
「や、キレてないっすよ……って、おい!」
なぜか某プロレスものまねで古に一名を馳せた子デブ芸人の真似をさせられてしまう俺。
「えー?」
いたずらっ子みたいな笑みでとぼける四鬼条。
これを辺見あたりの糞女にでも強要させられていたら立派ないじめ案件だったしブチギレだっただろうが、四鬼条にのせられるのは、案外悪い気分ではなかった。加えて、さっきから終始彼女のペースで踊らされているような気がするけれど、それはまるでベテランのパートナーにリードされているかのような心地よさで、そのステップ一つ一つの奇想天外さに、心が自然と弾むのだ。まあ普通のダンスだったらリードするのは男性の役目なのだけども、それはここでは考えないものとする(皆無の甲斐性、アイアム畜生、いぇあ)。
第一、目の前できゃっきゃと頬を緩める彼女の、きっとこの学校で他の誰もがみたことのないその尊い表情を見ていれば、あらゆる些事なんて吹き飛んでしまう。それも彼女は、こんなクソおもしろくもなんともない俺の言葉で笑ってくれているのだ。これ以上の幸福があるだろうか。いや、ない。
……ごめん、嘘ついた。やっぱ三鷹先生との結婚が全一だわ。
そんなことを、四鬼条の薄いまないt……じゃなくて胸板を眺めながら考えていた。
……いや、俺、最低かよ。性の欲に忠とかいて実りすぎる。
自己嫌悪で暴れだしたくなってきたので、俺は別のことを考えようと、なぜかさっきからこちらを睨んでいるかわいいかわいい四鬼条ちゃんに話題を振った。
「というか、お前の方から謝ってくるとか、すごい意外だったんだけど」
むしろパンツ見てごめんと俺が謝るべきなのでは?
こいつの胸小さすぎだろ、黒羽と同レベルに貧しくね? とか思ってることを懺悔して市中引き回しの刑とかに処されるべきなのでは?
すると
「あー、それはー……」
彼女は少し思わせぶりに目を伏せて――
もう一度こちらを見ると、
「勝どきくんのー……、驚く顔がみたかったんでー」
したり顔でぺろりと舌を覗かせた。
ちょっと、というかかなり、どきっとした。
でも、なんだかそれを悟られるのは、自分でもよくわからないけれど少し恥ずかしくて。
わざとちょっぴし大げさに、能天気な声を上げてしまう自分がいた。
「やった! ようやく俺っぽいのに戻った! えーと、何線だっけそれ?」
「……おおえどおんせんものがたりー」
「あ? ……ああ、大江戸線ね」
素直にものを直接的にポンと言えないのかな? 四鬼条ちゃんは。こいつ絶対選択肢あるゲームでわざとバットエンド行きそうな方選ぶタイプでしょ。このひねくれ者め。
「とかく、大江戸線、万歳!」
「よかったねー、おおえろくーん」
「あーもう勝利の余韻に浸る間もなく終わったよ。なんだこの三日天下。しかもなんかどことなく卑猥だし。おおえろってなんだよ。もはや名詞ですらなくなってんじゃん。あとどうせなら大トロくんが良かった……。美味しそうだし……」
「紫蘭はいくらかなー。みっちーはー?」
「は? みっちー? みっちーってなに? 石田三成? 一々俺の言葉に忠実にあだ名つけなくていいからね? ……俺はもちろんカツオ」
勝利だけに鰹。かつっちです!(意味不明)
「ただかつくんがかつお……。共食い……」
「いや、本多忠勝も灰佐勝利も人間だから」
てか、さすがに東の天下無双を名乗るのはおこがましすぎる。
むしろ俺は今時の女子高生(四鬼条をその枠でくくっていいのかという根源的な問はこの際不問とする)が教科書に載ってない戦国大名の名前を知っていることに驚きだよ。もしかして無双とか野望とかやってるのかな? もしかして恋姫だったり!? あー、俺もなー、こんなかわいい同級生となー、二人プレイで無双ゲーがしてえなー……。
なんて夢を見ていたら、彼女の手にはやはりスマホが握られていて。その画面では、お馴染みのグーグル先生が……。
あっ……。
全てを悟った俺は、脳内で砕け散っていった淡い夢の残骸を踏みしめて、強く生きようと誓った。
そしてその後は、スマホとにらめっこしながら勝のつく戦国武将シリーズで俺をからかう四鬼条の相手をすることとなり、紆余曲折して、勝海舟でフィニッシュ。
お寝ぼけさんの相手をさせられていたはずが、いつの間にやら彼女のおもちゃにされていた気がするけれど、不思議と胸があったかいのは、どうしてだろうか。
わけはわからないけれど、嫌ではなくて。支離滅裂なのに、不快じゃなくて。
なにをしてもらったわけでもないのに、心地いい。
結局、どれだけ話しても、四鬼条紫蘭という女の子のことは、よくわからないのだった。
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