第13話 もう一人のボク

「なんだったんだあれ……。ゲリラ豪雨かよ……」

 たいそう高慢な才女様との楽しいおしゃべりという緊急クエストで時間をドブに捨ててしまった俺は、次の授業が体育である為、校庭へと向かっていた。

 そして、校舎を出て、結局四鬼条を見つけられなかったなーと、何の気もなしに、自分がさっきまで巡回していたその建物を見上げる。

 すると。

「ん……?」

 感じる異変。

 なんだか、屋上の方で今、ちらっとパープル系のなにかが揺らめいていたような……?

 一瞬だったが、たしかにそんな紫っぽいものが見えたような気がする。

 もしや――。

 四鬼条なのか?

 そう思い至るのに、時間はかからなかった。

 なにせ、彼女の第一印象はと言えば、「む、紫ィ!?」みたいな感じだったし。

 紫……というかまあ、青系統の髪は、それだけで凄まじいインパクトだ。もっと言えば、茶色系以外は日本人がやってると大概ビビる。

 ま、うちのクラスのみなさんは文字通り色んなのいるけど、似合ってるから奇跡的にオールオッケーなんだが。普通は「うわぁ……」で終わりだろう。

 と、そんな一般論はどうでもよくて。

 それってつまり、屋上に四鬼条がいる可能性が高いということで。

 しかも俺、屋上のことを生徒出禁の場所だと思ってて、昼休み中の探索コースには入れてなかったんだよね……。

 つまりまだ、探してはいない。

 あれ、これ、ビンゴなんじゃね?

 よっしゃ、屋上いっぞ!

 ……って、いやいやちょっとまて、もう昼休みは終わっている。

 あと三分もすれば、次の授業が始まってしまう。それまでに俺は急いで運動着に着替えて校庭に向かわねばならない。屋上になんぞ行っている時間はないのだ。

 でも四鬼条は屋上にいるぞって? あいつはサボり魔だからなあ……。

 屋上に行ってしまいたいという誘惑と、授業に出ねばという義務感が喧嘩をする。

 そんな時、俺の心に巣食う淫魔が囁いた。

 迷った時には、心は決まっている。この意味が、お前にならわかるはずだと。

 このセリフを、俺はこれまで何度聞いてきたことだろう。その度に玉砕してきた。

 これ即ち、迷っている=それをしたい、やりたい、とお前は思っているのだという意味である。そう思っていなければ、迷いなど生じぬハズであるために。そして、やりたいという気持ちがあるのなら、それに嘘をつくなよと。

 俺はこの言葉を信じ続け、少しでも女の子に対して迷いが生まれた時は、その迷いを断ち切って、告白をし続けてきた。

 その結果を、皆さんはご存知だろうが、思いのほか、俺は後悔していない。

 だったら、俺の取る選択は一つしかないだろう。

 もう引き返せないところまできているのに、いまさら信念を曲げるのもおかしな話だ。

 よって。

 俺は校舎へと走った。

 授業を初めて、サボタージュして。

 女の子のために。


  

 大体、俺は運動自体こそ得意だし、それなりに好きでもあるが、強制的にチームやペアを強要される体育の時間は大嫌いなのである。

 自分と違う姿勢やペースで運動に臨む人間と協調しなくてはならない苦痛は、中学の部活動で嫌というほど味わった。

 だから、あんなエセの仲良し運動ごっこなんて、全くもって出席したくないのだ。

 四鬼条云々以前に。

 そんなわけで、いじめられっこは、不良へとジョブチェンジした。

 いや、違うか。

 俺は、不良ないじめらっれこという最低なダブルクラスに成り下がった。

 これで、今日からますますクラスで肩身の狭い思いをするだろう。

 でも、四鬼条と話せるならそれでもいいかもしれない――なんて思ってしまう自分が、心のどこかに生まれ始めていた。

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