第三限 学園天獄 ~ Super Defeater ~

第11話 虚無による虚飾のための虚像の観察

 次の日の朝、俺は珍しく早めに高校へ出向き、自分のクラスの教室へと入った。

 まったく、こんな無駄に早く登校したところで、時間の浪費でしかないのだが。

 しかしあろうことか、他の生徒の入りは過半数を超えている。

 わいのわいのと盛り上がっている教室。

 対して、俺の心はもう鬱屈。

 まったくみなさん、朝っぱらからご苦労なことで。敬礼w!

 まあ、そんだけ人がいるにも関わらず、俺が入室したところでなにがしか反応を示す学友なんて、このクラスのどこにも存在しないんですけどね。嗚呼レミゼ。

 いや、それは言い過ぎか。

 もし俺が人からの視線に自意識過剰なのでなければ、割と視線だけはかなり向けられていた気がする。うん、だって今確認したけど俺の後ろには誰もいないからね。しかもこんな侮蔑とか軽蔑とかのこもった視線なんて、クラスで俺くらいしかむけられないもんね。別にあっちは後ろに立ってた誰かを気にしてるだけなのに俺が勝手に勘違いしてたわけでもなかったしね。

 ふう、あやうくそういう時に間違って返事したらいきなりどつかれてぼこぼこにされた一年の時のトラウマが蘇るところだった。あぶないあぶない。

 ただ、目線こそ向けられているのに、誰からも何も言われないというのは、やはりつらいもので。

 え、これ俺がイヤホンつけてるからみんなのおはようが聞こえないわけじゃないよね? 

 なんて、一縷の望みというか妄言というか現実逃避を反証するために、耳を塞いでいる二つの突起を外してみても、おはようの四文字はこの耳へと聞こえてはこなかった。

 むしろ、キモいだのうわあだの絶対抜いてきてるわだのヒソヒソ声が聞こえてきて死にたくなった。

 はあ。

 もうこれ、一生イヤホンつけたまま暮らしてても問題ないのでは? とか一瞬思うくらいに四面楚歌。誰も声をかけてくれないくせに陰口だけは聞こえてくる。あとたぶん、俺に向けられてない小声さえも全部が俺への誹謗に聞こえてしまう。疑心暗鬼の境地。

 はあ……。

 超凹む。ナイーブとアンニュイの仮身と化して溜息を毎秒4949ノット吐き出しちゃうくらい凹む。心が涙を流したがる。

 まあ、つってもこれが、ぼくの普段の登校風景なんですけどね、初見さん。

 もう慣れっことはいえ、そんな脳内会話で一人の寂しさを埋めることも出来ずに、俺は寂しくとぼとぼと、窓際の自分の席までの短かな道のりを歩く。その刹那がとても辛い。まるで、この世界から自分が必要とされていないかのような気分になるから。

 あ~、どっこらセックス。

 なんともまあ朝から陰鬱な気分で席に着く。

 まず手始めに、自分の机まわりに変化がないかチェック。

 よし。

 どうやら今日は特になにかされたりはしてなさそうだ。下駄箱もセーフだったし。

 やっぱり、三鷹先生がいろいろやってくれてるっぽいな。

 正直、生徒が簡単に先生の言うことを聞くとは思えないので、よほど先生の人望があるのか、それとも……? とか考えてしまうのだが、三鷹先生は俺にも結婚したいと感じさせる程に魅力的な先生なんだし、きっと本当に生徒の人心を掌握しているのだろう。さすがは俺の未来のお嫁さんである。このエピソードは結婚式で……と思ったら俺の結婚式にきてスピーチを読んでくれそうな友人などどこにもいなかったことに気付いた。

 え? 俺なんで今日学校に来たんだっけ……? しにたい……。

 もう帰りたくなってきた。家に帰っても別に誰も俺を歓迎してはくれないけど。

 え、俺、なんで生きてるんだろう……? 

あれ、これ、ぼく、……無では?

 ……………………………………………………無じゃん…………。

 そう思い、ごん! と頭を机に打ち付けると、前方……ええと、黒板や教卓のある辺りから、複数人の男女の嘲笑が聞こえてきた。

 無論、その内容は、俺への悪口である。

「ねー、みたー? 緋凪―? 今のグレイクンさー、ヤバくなーい?」

「うんうんー、みてたー。やばいよねー」

「ちょーウケるー」

「でも、ちょっと心配だね……」

「あっは、健人ってばマジやさしー」

「ハイシャクンにまで優しくするとかサー、健人マジ聖人じゃんかー?」

「いや、それは言いすぎじゃないか?」

「ギャハハ!」

 上位カーストに属する人間の声というのは基本、でかいものだ。

 あっちは、中央最前、こっちは最後列の窓際にいるのに、そんな感じの心無い声が、全部ではないが大部分、ここまで聞こえちゃってるくらいだし。

 そしてその、小学生の財布並みに中身のない会話を聞いて、別に俺は自分の人生の無意味さを嘆くためだけにわざわざ早起きをして嘲られに学校へ来た限界ドMペシミストではないということを思い出す。

 そう、いつもならばチャイムの音と共にギリギリ教室へ駆け込んでいる俺が、ホームルームの始まる15分も前に登校したのには、もちろん理由があるのだ。無論、明日雪が降るとかではなく。

 さて、ではその理由はと言えば……、先生のおっぱいを揉むため――じゃなかった。

 ええと、辺見緋凪の抱えている問題を解決し……、結果。その見返りとして、先生のおっぱいを揉むためである。

 要するに、先生のおっぱいが揉みたくて学校に早起きしてきた。

 あれ? なんか言語化すると最低だな……。至極真っ当な理由なのに……。

 まあいい、気を取り直そう。おっぱいが揉めるのだ、些細なことなど、どうでもいいではないか。

 俺はそう結論づけて、スマホでコスプレイヤー監視用TLを眺めているふりをしながら、前方へもちらちら注意を向ける。

 先程俺を辱めて、愉悦に身を打ち震わせていた下衆共の方へと。

 彼等は誰からの視線も気にせず、またくだらないことでゲラゲラと笑っていた。

 クラスでトップの座に最も近い五人だ。おそらく。

 なにせ、彼等は現在、その特権を生かし、およそ日陰者では恐れ多くて居座れない教室の最前列にたむろし、誰にも文句を言われることもなく、非生産的なおしゃべりでその威光を意図せずとも周囲へと喧伝している。

 自らが無駄な行いをどれだけ出来るかというのは、そのまま己の豊かさのアピールとなるものだ。王侯貴族はそのために贅を尽くす。過度に立派な衣服に身を包み、社交界で無駄話に花を咲かせる。それと同じ原理である。学校は社会の縮図なのだ。

 さて、誰がどう見ても学園の勝利者、青春の謳歌者。もはや薔薇や光のエフェクトが周囲を覆っていてもおかしくないくらいの勝ち組っぷりな彼等。

 それを、ハイシャたるこの俺は観察する。

 おそらく、あの集団で最も権力をもっているのは、昨日もちらっと辺見の口から名前が出た、男鹿アイカ、そして相田健人だろう。

 つまり、このクラスの女側の頂点は、いかにも女王といった見た目――即ち、かきあげバングという己の顔面を前面に押し出すスタイル(=素材が良くないと決して出来無い髪型)を、その圧倒的に華麗な強い顔面で押し通せている極めて優れた美貌――の気の強そうなハーフ系ツリ目茶髪美人、男鹿アイカであり。

 男側の頂点は、その笑顔が憎たらしいほどに爽やかな、スポーツ万能、成績優秀、人当たり最強とかいう、ぐうの音も出ない程の超絶イケメンな上に高身長な好青年、相田健人であるということ。

 その他の数人は、ナンバー2とか3とかの美男美女、or世渡りの上手い狐か、冗談の上手い道化、マスコットタイプの人形のどれかだろう。クラスでも奴等はよく目立っているので、それくらいは俺でも少し考えればわかる。

 そしてその中に、例のキョロ充、辺見緋凪は混じっていた。

 一見自然に。

 けれど、こんなことを言ったら失礼かもしれないが、彼女が収まるには、その鞘は大きすぎる気がしなくもない。

 なぜなら、本来あそこに属するのは、比類ない顔の良さと自己主張の強さ、或いはコミニュケーション能力の高さを持っている奴か、そうでもなければ、なにか一芸に秀でている者のみだ。

 いわゆる、一軍。それもなかなかにレベルの高い。

 しかし、辺見緋凪は、二軍というほどでもないが、一軍というには少し力不足な気がしてしまう。公平に見れば、1・7軍ってところだ。

 なにも、彼女の容姿がかわいくないと言っているのではない。

 だって実際、彼女は性格こそクソだが、顔はいい。結構かわいい。百人が百人かわいいと言うだろう。それに表向きなら、けっこう性格もいい。

 だが、彼女には、『我』が欠けている。自分というものが、致命的にない。皆無といってもいい。

 だから、彼女のかわいさというのは、その程度こそ、かなりのものだが、どこか量産的で、まるで圧倒されるということがないのだ。

 高嶺の花といった近寄りがたさが、欠落している。なかなかに、かわいいくせに。

 まあ、たぶんそのせいで、去年もクラスが一緒だった俺から一番に告られて最初の被害者となったのだろうけど。当時はここまで深く考えていなかったが、俺ちゃんってば深層心理ではそういう風に彼女のことを思っていたのかもしれない。実際俺はその時、「緋凪ちゃんならワンチャンあるのでは? あとおっぱい大きめだし」なんておめでたい夢を見てたからね。……うっ、思い出したら吐き気してきた。

 まあ、要するに、辺見には自己主張ってものがない。

 容姿、メイク、服装、髪型、発言、仕草、成績、能力、趣味……他、諸々。

 良くも悪くも、目立たない。

 我を、己を、殺している。

 自分という、なにか大切であったはずのものが、死んでいる。

 たとえば、四鬼条紫蘭のような唯一性が、三鷹沙夜のような自己主張が、男鹿アイカのような威圧感が、相田健人のようなカリスマが、存在していない。

 強いて言うなら、胸が割とでかめなことくらいだ。

 そして、その無個性は、トップに座す人間像と、かけ離れている。

 つまり、彼女の今のその地位は、出来たものでなく、つくられたものなのだ。

 本物のスクールカースト上位組というのは、成ろうとせずとも、いつの間にやら上位と成っているような、生まれついての上位者であるのだから。

 それでも、辺見は、弛まぬ努力で、それを勝ち取った。

 本来であれば、容姿でなければおもしろさなどでのし上がるその地位に、彼女は空気を読むという特技を駆使して成り上がったのだ。

 それは、盛大にやらかして校内の秩序をぶち壊し嫌われ者になった、即ち彼女とは真逆なことをしてしまった俺からすれば、うらやましくもあり……。

 でも、それは結局――。

 自分を殺さなければそうなれないというのは、つまり――。

 そこに立っているのは、そこで楽しそうに笑っているのは、本当の自分ではないのだとしたら――。

 なんていうふうに、思ったりもしてしまうのだ。

 それなら、あそこで楽しそうな顔で笑っている辺見の器の中に収まっている本当の彼女は、今ここに虚しく一人で座っている俺と、なんら変わりはしないのではないのかと。

 ……なんて、こんなのはただの僻みかな。

 だってあいつは、今の地位を失うかもしれないと思ったら泣き出しててしまう程に、現状を好いているのだから。

 今が最高なのだから。

 だったら彼女は、それで――。

 いいのだろう。問題など、ないのだろう。

 そこに俺の戯れ言が介入する余地も必要も権利も、ありはしない。

 しからば、俺は先生のおっぱいの為、ただ黙々と仕事をこなすだけだ。

 観察を続けよう。このクラス全体の、人間観察を。

 相田健人が、辺見緋凪に、これ以上好意を持たないように。



 しばらく観察を続けていると、他のバラモン組とは違い、人の目を異様に気にする辺見だけが、俺に視られているということに気づいたらしい。何度か、止めろとか失せろみたいな目線を送ってきた。まあ、当然、尽く無視したが。

 だってこれ、お前のためにやってんだぞ? わかってんのか?

 それに俺だって辛いんだからね? 自分とは違って輝いている彼女達を一人でぬぼーっと延々見てるとかさ。わかる? この苦しみ?

 こんなん吸血鬼がサングラスもつけずに燦々光る太陽を直視し続けるようなもんだからね? その光に身を焦がされちゃうんだからね? 死ぞ?

 と、そうこう蒸発してる内に、チャイムがなって。HRが始まる。

「おっはよー!」

 今日も元気よく教室に入ってきた三鷹先生が、生徒からの熱烈な歓迎に笑顔で答えながら、点呼をとり、遅刻してきた生徒をたしなめたりしつつ、HRを進めていく。

 

 ちなみに、これはくっそどうでもいい話だが、四鬼条はその二時間後くらいに教室入りしたと思ったら、その五分後には寝ていた。今日も寝顔がかわいかったです!

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