第9話 理想の先生の語る理想論と現実の代弁者の訪問

「……で、そういう二人に必要なものはなにかって、センセー、必死で考えました。生徒のみんなや先生方にもヒアリングして、色々研究してみました。その結果、センセーはある答えに行き着きました――」

 三鷹先生は珍しく、かなりかしこまった感じで話し始めた。

「二人に足りないのは、何よりも、青春だってね!」

 かと思ったら急にわけわかんないこと言ってドヤ顔してるし……。

「そして、青春といえば、恋に友情に学園祭にと色々ありますが、二人にとって決定的に欠けているものがあります! それは――」

「せっく……」

「部活です!」

 俺の茶々は、先生の大声でかき消されたが、かき消されてよかったのかもしれない。というか、よかった。つい先生と二人きりの時のテンションで口走るところだった。今は四鬼条がいるんだった。はー、あぶまにあぶまに。

「なぜなら二人共、帰宅部! これは由々しき事態です! 貴重な薔薇色の高校生活の一ページ一ページを、お家にこもってすり潰していくなんて、勿体無い! 愚か! 愚の骨頂です! 宝の持ち腐れに程がある! かくいうセンセーも……ってこの話は今はいいや。とにかく! 帰宅部はクソっ!」

「いや、帰宅部に人権はないんですか……」

「でも、二人はきっと、普通の部活に入れと言ったところで、入らないでしょう。なにせ二人共ひねくれ者です。先生の言うことなんて簡単に聞かないだろうし、周りの生徒も今更そんな曰くつきの生徒が入部しようとすれば、拒むでしょうから。無駄な軋轢がうまれてしまいます……」

 ああ、なんだろう、今は演説モードだから人の話には聞く耳持ってくれない感じ? そなのね? 了解。勝利、黙る。なにせぼっちは一人で静かにするというのが誰よりも得意だからね。人の話を黙って聞くっていう人間の基本が標準装備として備わってるんですわ。え、ぼっちだから誰かの話を聞く機会なんてないし、その機能を活かす機会なんて一生やってこないだろうって? うるせえなばーか! そうだよ!(半ギレ)

「なのでセンセー、また考えました。ですが、なかなか答は浮かびません。けれど答えは、身近なところにありました。それは、クラスの生徒がたまたま読んでいた、小説の中にこそあったのです。その本のタイトル、『青春とは?』。まさにセンセーが今欲しているような文芸でした。ありがとう、拓夫っち、センセーは彼に感謝しました」

 拓夫ってたしか、あの我がクラスきってのキモオタやん。しかもそのタイトルって確かこないだアニメ化してた残念系ラノベですやん……。

「つまり、です! センセーが手にした、最終定理とは――!」

 あ、まって、なんか嫌な予感してきたよ? こう、なんか背筋がぞわっとしてきた。

「謎部活! そしてセンセー、君たちの為に、新たな謎部活を創造しました。その名も!」

 う、うわあ……。そのサブカルに対して偏見のない先生の善良さが、今は憎い……。

 そしてそんな俺の心境など露知らず、ついに先生はその名を口にしてしまう。

「青春同好会! 問題児の、問題児による、問題児の為の部活! どーどー? わくわくしてきたかー?」

 え、なにそれ? SOS団とか隣人部とか奉仕部とかGj部とかてさぐり部、古典部、サバゲ部、生活支援部、HP同好会、遊び人研究会、極東魔術昼寝結社の夏……etc、そういうノリですか?

 うーん、そういうのって、殆どは、頭おかしい生徒主導で作るものじゃないの……?

 なんで先生、そんなノリノリなの?

 ……あ! 頭がおかしいのか!(不遜)

「や、なにをする部活なのかもよくわからないですし、しないですけど?」

 答えを得てしまった俺は、とりあえず断った。

 そして四鬼条は――。

「zzz………」

 もはや寝ていた。

 うん。ダメみたいですね。

 しかし。

「そんなー! あんまりだよお……! センセーが必死になって考えたのにー!」

 なぜかその馬鹿げた提案が両者から両手を挙げて歓迎されるというおめでたすぎるビジョンを心に思い描いていたらしい頭ライトノベルな先生は、悲嘆の声を上げた。

 なので俺は、この年になっても未だそんな夢見がちなことを言って、髪はピンクのツインテで肌は褐色などというどうしようもない大人に、現実を突き付ける。

「残念ながら、アイデアが素晴らしいかどうかはどれだけ頑張ったかに関係ないんで……」

 頑張れば頑張っただけいいアイデアが出るのなら、文壇や芸能界の勢力図は現状のそれからは一変してしまうだろう。一番練習した人が一番うまいわけではないのと同じように。

 すると。

「非現実的なことばっかするくせにー、どーしてこーゆー時だけ現実的なワケー? なんでそんな冷めてんだよー?」

 先生はいつも通りの歳不相応に高い声で咎めてくる。

「え、いつ俺が非現実的なことをしました?」

「センセーに結婚しようとか平気で言ってくるとことかー、いくらでもあるでしょー!」

 は? あれはリアルガチなんだが?? マジのガチであんたのことが好きなんだが??

「いや、先生との結婚は俺にとってのリアルですからね? てか先生の格好とかのほうがよっぽど非現実的……」

 俺がそのちょっと教職員がするにしては、お過激が過ぎるお衣装をみながらそう言うと、

「どーゆー意味だァ? ああん? 勝利ィ!」

 凄まじい剣幕で詰め寄ってきた。こわい。年相応にこわい。

「いや、別に年齢的にきっついとかそういうことじゃなくて、もはや現実を忘れてしまうレベルにくぁいいってことが言いたくてですね、暴力はよくない!」

 俺が年上の女性に怯えながらそう言うと、先生はニコッと笑ってこう言った。

「じゃー、青春同好会に入るってことでいい?」

 べ、べつに般若のような顔面から急に天使の笑顔を見せたからって、そんな簡単にギャップ萌えなんてしてやらないんだからね!!

 俺はなんとか先生の圧倒的魅力に抗いつつ、否定の言葉を――

「いや、それとこれとは話がべつ……」

 瞬間。

「じゃーさあ、これならどうかなァ? もし勝利がぁ、この部に入ってぇ、きちんとうちのクラスの問題を解決した暁にはぁ、センセー、勝利にイイことしたげるよー?」

 彼女はその豊満なお胸を両腕で抱きしめながら、あまーい声でそう囁いた。

「い、いいことっていうのは、その、あの、イイことですかっ?!」

 興奮で、何の意味もないオウム返しをしてしまう。つーかそれが限界ってくらいに、頭が沸騰しそうだった。

「そーそー、いまぁ、勝利が頭の中で考えてるよーなことだよぉ?」

 MJD?!

「ってことはつまり、先生が深夜のテンションでつくったようなそのよくわからない頭のおかしな部に入ってがんばったら、先生のおっぱいが揉める……?!」

 俺はそう言って、恐る恐る先生の顔をのぞき見る。

 返ってきたのは、いつもの明るいあの声だった。

「そうだぞー、がんばれー、青少年! おっぱいおっぱいー!」

 ほあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 だああっっ!!!!

「っしゃあああああああ!! 入りますよ先生! 俺はやってやりますよ! 先生と結婚するためならなんでも!」

 これはもう、人生の勝ち組になったも同然なのではないか???

 俺は多幸感で、なにか色々なものがみなぎるのをひしひしと感じた。

 我ながら単純すぎるが、そんなことはどうでもいい。

 なぜなら、先生のおっぱいの前では、すべてが無に帰すであろうから。そう、あの巨乳を前にした時、人は思う。赤ちゃんのように甘えたいと。あの乳をめちゃくちゃにしてやりたいと。つまりこれすなわち、幼児退行。バブみによるゼロの理なり。ユニバァァァス!!

「うんうん、結婚はマエケン前向きに検討しますだけど、勝利が納得してくれたようでなによりなにより。あと、ついでに言っとくとそこで寝たフリしてる紫蘭はー、出席とかもうけっこーやばいからー、その補填で強制参加だかんねー。逃げんなよー?」

「zzz……」

 いやこれ、完全に寝てね? フリなの? 嘘でしょ?

 あと五月の時点でそれって、どんだけ授業フケてんのこの子? 大丈夫?

 ……って、ダメだから俺なんかと同列視されてるんですよねわかります。

 でもそんなダメ人間二人集めて、この先生はなにをするつもりなのだろうか。

 俺のそういう思いを込めたぐでっとした視線をしっかりと受け止めながらも、先生はいつも通り、努めてハキハキと若者のような声を上げる。

「よーし、じゃあ今ここに青春同好会を結成します! やったねー!」

「わーい! ……で、これはなにをする部活なんですか?」

 結局肝心のそれを聞けていないことに気付いた。

 しかし、先生はその問いに直接は答えずに、

「いまさら?! ま、いっか。それは第一に迷える子羊である彼女に、身をもって説明していただきましょー」

 なぜか生徒指導室の入口の方へと歩み寄っていった。

 え、なにそれ? どゆこと?

「ごめんねー、おまたー、はいっていいよー」

 困惑する俺と爆睡する四鬼条をよそに、先生はそう廊下側へと呼び込みをかける。

 すると入口の扉が、ガラガラと音を立てて開かれた。

 新たな人影が、この教室へと入り込もうとしている。

 そうして、その扉の向こうから、現れたのは。

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