第7話 お、お前は?!
また時計は回って。次の日。
放課後。
今日も今日とて第二生徒指導室に呼び出された俺。
なんなのだろう、二年になってからというもの、クラス替えを機に以前と比べある程度落ち着いた生活をしていた俺にとって、このような日常は不服にも程がある。
まったく、これではまるで不良生徒ではないか。
きっと今頃、俺よりはるかに不純異性交遊を楽しんでいるであろう輩が山ほどいるだろうに、なぜその不届きもの共がしょっぴかれず、万年童貞の俺がこんな目にあうのか。
誠に遺憾である。
ところで。
今日はー、三鷹先生とー、どーんなお話をしようかなー? るん、るん、るん!
そう、なんだかんだ言って、美人でエッチな先生と毎日二人きりでお話出来ちゃう今の環境は、なかなかに願ったり叶ったりだったりして。
この現状に、割と順応している俺なのであった。
というわけで。
そんな浮かれ気分で第二生徒指導室の扉を開けた俺を待っていたのは――。
「あれ~、かつとしくんじゃないですかー? どーかしたんですかあ?」
ん? この、時は金なりの真逆を行くような非現代人然とした間延び声は……。
えーと、同じクラスの……、誰だっけ?
教室で姿を見かけることこそ少ないものの、見覚えは、ありすぎるほどにある。
昨日、教科書の件でお世話になったのもそうだし、なにせ、クラスでも浮きに浮きまくっている奇抜さと奇行で有名だから。また、それどころか、その斬新なスタイルと抜きん出た容姿の良さは、校内でも抜群の知名度を誇っている。
薄めのパープルアッシュに染めた髪は、ウェーブ先端の鎖骨辺りで濃い目の紫がインナーカラーとして入れられており、非常に目立つ。
服装も、上下のみならずヘアピンからソックスに至るまで、パンキッシュというかゴスというか、ダークにV系な感じで統一されており、非常に独特。
もはやそこにはある種、彼女独自の世界観が構築されていると言っても過言ではないくらいだ。ファンタジック過ぎてくっそ人目を引く。
メイクもそれに見合うような退廃的な奴だしね。
とはいえ、それが全部似合っていてかわいいのだから、俺からは何も文句はない。
むしろ、モードだのトレンドだのに全く同調しようとせず、オリジナルな自分の芯に従って己のファッションを確立しているその在り方に、好感が持てる。
彼女のそうした、ベクトルこそ違えど、ある種レディーガガやきゃりーぱみゅぱみゅなんかに近しいと言えるかもしれない我が道を行く格好良さ、圧倒的見目麗しさ、そして、であるにもかかわらず漂っている神秘的儚さには、出会う度に見蕩れてしまうほどだ。
当然、今も。
しかし、授業中はだいたい寝ていたり、遅刻欠席早退サボりの役満子ちゃんだからなのか、先生からは煙たがられているっぽい。その、いかにも非行少女っぽい見た目も相まって。学校という組織では、出る杭は打たれたり疎まれたりするものだ。俺みたいにね。
まあ、みんな大好き三鷹先生は、そんなこと思ってないだろうけど。
と、彼女について思いを馳せている内に、名前を思い出した。
「
「さあ~?」
はあ? わけもなく生徒がこんなとこにいるわけないだろが。
スマホを手元で弄りながらナメた返答をしてきた四鬼条にややムッとしたが、教科書の恩を思い出し、心の中をクリーンナップ。
「四鬼条も三鷹先生に呼び出されたの?」
「さてえ、どうでしょー。かつとしくんわー?」
独特のイントネーションかつ要領を得ない彼女の回答、及び、俺を見ているようで見ていない不安定な目つきに、なんだか雲を掴んでいるような気分になる。
「なんでとぼけるんだよ……。あー、ちなみに俺は先生に呼ばれてきた」
聞かれたのでそう答えたのだが、四鬼条は俺に特に興味がないのか、うんともすんとも言わずに、またスマホの画面と格闘を始め……。
「…………」
沈黙。
生徒指導室を襲う、静寂。
けれど、なんだか二人きりの空間で黙っているというのも気まずい。
まあ、当の四鬼条はそんなこと微塵も気にしていないのだろうが。
はあ……。三鷹先生は何をしているのだろうか。早く来ないかな。
とはいえ、別にSNSのチェックなりゲームなり、現代っ子はスマホ一台でいくらでも暇は潰せるのだけれど。というか、平素より常に集団の中に一人でいるからそれくらい苦でもなんとないのだけど。いくらでもWikipediaの神話のページとか読みあさって時間を潰したりしちゃうのだけど。
それでも――。
それでもせっかくこんなかわいい女の子と二人きりなのだから、少しでも話がしたいと思ってしまうのが全時代の男子高校生に共通の性なのであって。
それに、この学校のほぼ全員の女子から嫌われている俺にとって、彼女の様にそのへんを気にせず普通に話し相手になってくれる子というのは希少なので、お近づきになりたい、なんて密かに思っていたりもして。
普段クラスとかで話しかけると、たぶん俺と仲良くしてると周りに思われて彼女にも迷惑がかかるだろうからしないけれど、ここでなら誰も見ていないだろうし。
あと、さっきの彼女の発言の中に、気にかかるフレーズが……。
そんなような諸事情で俺は自己正当化を図り、彼女に向けて再度、口を開いた。
「あのさ、よく間違われるんだけど、俺の名前の読み、あいにく俺の親が馬鹿だったもんで、正しい読みはしょうりだからね? かつとしじゃないから」
何を血迷って俺の親がどこぞのカードゲーマーみたいな名前を俺に付けたのかは謎だが。
すると。
「へー、かっちーてご両親がいるんだー」
四鬼条からは、彼女特有の、抑揚のない長尺な反応が返って来た。
それも、なんだかよくわからない内容の。
「そりゃいるだろ。クローンじゃあるまいし。それと、しょうりな?」
「うんうん~、烏龍茶はおいしいねー」
「はあ?」
何言ってんだこいつ? 人のことおちょくってんのか?
と思ったけれど、別に彼女はこちらを馬鹿にするでもなく、無表情だった。
「あれえ、かまちーはー、緑茶ハイ派~?」
「だからしょうりだし、意味分かんねえし、酒は飲んんだことないから知らんが?」
あとその呼び方だと俺がものすごい人気ラノベ作家みたいになっちゃうから。
「へー、意外とかんちくんっていい子ちゃんなんですねえー」
「なんだよ、四鬼条は飲んだことあんの? ……しょうりな?」
今度は俺の大好きなバンドが無限に曲提供してるアニメキャラの名前になっちゃったよ。もう訂正すんのもめんどくなってきた……。
そんな俺の嫌気を悟ったのか否か、彼女も今度は変な呼称をやめて――
「えー、わたしの息が嗅ぎたいのかな~?」
結局またわけのわからんことを言いながら、なぜかこちら側へと寄って来た。
なんというか、よくわかんない子なので、少し緊張してしまう。
それに、めちゃかわいいし。思わず、その美しさに、吸い込まれそうになる。
「なぜ、そうなる……」
「アルコール検査ってー、知ってるー?」
「はあ? それくらい知ってるけど……」
俺がそう答えると、不意に彼女は俺の真横に立って。
「ふうー」
耳に息を吹きかけてきた!?
「うおっ!」
顔のいい異性からの理解の及ばぬ凶行に、俺はびくんと痙攣する。
「きゃははー、こーゆーことー」
俺は、真横から聞こえてくる、そんな楽しそうな笑い声に、ちょっとおこの状態で振り向こうと、首を、ひねっ――
「急に何しやがる、おま……」
しかし。
そこには。
「……んー?」
クラスでは決して見ることの出来なかった、四鬼条紫蘭の、純然たる笑顔があり――。
俺は思わず、息を飲んだ。
ふと、考えてみれば。
彼女が誰かと笑っているところ、というのは見たことがなかった。
というか、誰かと話している姿はおろか、そもそも教室で殆どその姿を見せない彼女。
それでも、かろうじて俺が知っている彼女の容貌というのは、どこか彫刻染みていて、非人間的で、つまらなそうで、美しいのだけど、寂しそうな感を受けるようなものだった。
そんな彼女に、今。
色がついていた。生々しい生気が、その笑顔に咲いていた。
その笑みは、きっと。
この学校の誰も知らない、インスタにも上がっていない、この瞬間だけの光。
ああ、まずい、こんなものを見せられたら、また俺の悪癖が……。
「あのさ、四鬼条、俺と……」
そして思わず俺がそう口走ってしまいそうになったその刹那。
ガラガラガラ!
と、教室の入口から音がして。
「二人ともー、おまたー! どうどうー? もう、ズッ友にはなったかー?」
ようやく待ち人は来たり。
三鷹沙夜先生がいつも通りの朗らかな声で、この空間に入り込んできた。
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