第6話 青春、みつけちゃった……☆

「そんでさ、話は変わるんだけど、勝利に告白したのが緋凪ってのゆーのはホント?」

 数度に渡る求婚を跳ね除けられ悲嘆に暮れる俺に、三鷹先生はそう切り出した。

「ええ。あのファッキンクソキョロ充ビッチ尼、殺してやろうか……?」

「こらっ! 口が悪いぞ!」

 御学友の尊厳を貶める不適切極まりない発言を咎める、三鷹恩師。

 倫理を司りし正義の教育者による裁きの御手が、俺のほっぺを断罪する!

「いでででで……、で、でも、あいつは俺の純情を弄んだんですよ!?」

「勝利のはたぶん純情じゃなくね?」

「まあ、基本欲情してますけども。ドロドロに」

「はあ……。でも気づいてるんでしょ? あの子はいい子だよ。自分からそんなことはしないって。ただちょっと流されやすいだけ」

「あのねえ、先生。そういう輩が一番クソなんですよ。衆愚政治って知ってますか?」

 自分の好きな先生がいけ好かない奴の肩を持ち始めたので、俺は思わず自分の知識をひけらかすような形で反論してしまう。

 や、子供かよ。はー、我ながらイキってしまった。

 そう思い、言っておきながら少し自己嫌悪に陥っていると、社会科担当である三鷹先生は、以外にも乗ってきてくれたようで。

「じゃあなにかな、勝利はファシズムにおいて悪いのはナチじゃない、民衆だって言いたいワケ?」

「そりゃそうですよ。純粋な青年アドルフ君をおかしくさせたのもそういう群れねえと何もできねえクソ雑魚愚民共だし、そうして闇堕ちしたちょび髭おじさんをはやし立ててトップに据えたのも奴らでしょ」

 なんだかんだいって俺はぼっちなので、どうしても群れている奴等に批判的な意見を持ってしまう。こういうの、ルサンチマンっていうのかな。いや、ちょっと違うか。

 でも、この意見に関しては、あながち間違っていないと思う。

 大抵の人間は、一人じゃ何も出来ないから集団になるわけで。そしてそれは結局群れたところで何も本質は変わっていないわけで。大きな塊の中に安置されることで単に安らぎを得ているだけで、愚かな人間が何人集まろうが、愚かなものは愚かなのだ。三人よれば文殊の知恵なんて嘘っぱち。烏合の衆こそ真理である。

 だが、人々はその事実に気付けない、その、愚かさゆえに。無知の知すらもたぬ、考える葦ですらない人間というのはごまんといる。

 アリストテレスが処刑されたのだってそのせいだし、その誤りはプラトンも認めるところだ。アテネもナチスも、もっと言えば第二次世界大戦末期の日本も革命の只中のフランスだってそうだろう。……あと、俺がいじめられてたのも。

 さて、そのへんについて、先生はどう思っているのだろうか。

「はあ……。まあ、勝利のゆーこともわかるけどねー。でもそれはお互いに歩み寄らなかったのが一番の原因じゃん? 今回のウソ告についてもそうだけどー、お互いに色々な事情があってそうなっているということをー、理解し合おうとしないのが問題だとセンセーは思うワケです。忖度という言葉がありますが、相手の気持ちを察するというのはいいことのように見えて、センセー的にはバツです。大人になってからはそういうのもヒツヨーかもだケド、学生の頃くらい、もっとバシバシぶつかりあって分かり合うってのも大事だと、センセー思います。その結果として、分かり合えなかったとしてもね。みんな高校生なのに冷めてるってゆーか、大人過ぎるんだよ。センセーなんかより、よっぽどさ。みんなもっと、熱くなろうぜー? …………あと、あの手のネタはゼッタイ世界史の牧野先生には言わないように」

 なんというかこれは、想像以上にガチなのが返って来た感じですね。

 てか、なにそれ。社会科教師の深淵、こわ……

 俺はやや頬をひくひくさせながらも、やっぱり納得できずに反論する。

「はあ? 相互理解とかそんなん無理ですよ。向こうが心閉ざしてるんですもん」

「みんなも勝利に対してそう思っているんじゃないかな? だからまずは勝利から心を開いてみるべきじゃん?」

 先生の目も声も非常にやさしいので、俺は逆らうのが少し心苦しくなってきたのだけれど、それでも、譲れないものもあり……。

「それは一年の時にもうやったと思うんですけど」

「あれは歩み寄りじゃねーだろ! 攻撃です!」

 急に先生の声が荒ぶりだした。

「そんな大げさな」

「大げさじゃねーし! 例えるなら出会い頭にいきなり卍解して仙人モードんなって界王拳使った挙句にもうこれで終わってもいいって言いながら邪王炎殺黒龍波打ち込むくらいのことをしてるからね、勝利は!」

 あ、はい。俺がキチガイだったのはわかったけど、さすがにそれは大げさでは? もうたぶんそれ、安心院さんでも勝てないよ?

 え、でも先生、ジャンプとか読んでんだ……。は? すき。

「なるほど。とりあえず始解から始めて、お互いに会話とかしながら斬り結びつつ、ここぞという時に自分の素性とかを語りながら卍解する。その作法は対人関係をよりよく織りなしていくのにも大切なんですね」

 なるほどー、命懸けの勝負の最中でキャラ同士がやたらくっちゃべってるのはそんな教育的目的があったからなのかー(棒)。

「そーゆーコトー。漫画は面白いだけでなく教育にも役立つのデス☆」

 たぶん作者はそんなことを伝えたいがために書いてたんじゃないと思います(名推理)。

 ……などと戯れていると。

「って、勝利が変人なせいで話が逸れたしー」

 そう言って先生は、その扇情的に日焼けした頬をふくらませた。

「いや、絶対先生が変人、というか少年漫画好きなせいでしょ……」

 しかし俺のそんな呆れた目と抗議は黙殺されたのか、先生はまた話を再開。

「実はね、昨日勝利を呼び出した理由が、緋凪ちゃんに関するものだったんだよね」

「は?」

 今明かされる衝撃の真実。

「やー、緋凪から最近とある男子にしつこく付きまとわれてて困ってるって相談があってー、勝利かなーって思って呼び出したみたいな?」

「は?」

 俺に対する先生からの評価が変質者レベルだったことに、涙を禁じえない。

「あれ、やっぱ違った感じ?」

「当たり前でしょ! 誰が好き好んであんな奴!」

 俺は、半ば逆恨みかもしれないが、ますます辺見へのヘイトを貯めていた。

「ええー? なんでそんな敵視してるわけー? 緋凪ゆめかわじゃね?」

 心底不思議そうにこっちをみないでくれるかな、その原因の四割くらいはあんたのせいですからね、三鷹先生。

「いやまあ、たしかに容姿はいいですけど。ああいう奴は俺みたいなカースト低い奴のことをたぶんゴミやハエかなんかと同列視してますからね、そんな奴につきまとってたら精神病みますよ。それに報復で何されるかわかったもんじゃない……。それこそハエたたきでバシンと潰されるハエのような末路が待っていますって」

 残りの六割は、無論、これとウソ告。だいたい、そもそも俺はああいう周囲の目を異様に気にしてすぐ多数派に迎合するような自分のない人間は嫌いなんだ。

「ええと、それはー、体験談?」

「けっこう辛辣ですね……。先生は俺をなんだと思っているんですか? 恥ずかしながら、ある程度はそうですけども」

「だいじょーぶ、勝利。君にはまだ大学があるじゃん! 強く生きよ?」

「ええ!? 高校での青春は?! 制服デートは!?!」

 それらのない高校生活なんて、ただの閉鎖空間でのモルモットごっこじゃねえか!

 拷問だよ拷問。エロシーンがスカトロシュチュしかないエロゲだよ!!

 しかし。

「今のこの先生との瞬間が、青春でしょ☆」

 そう言って華麗にウィンク決める先生。

 あ、惚れたわ。これは青春ですわ、間違いない。

「え、これデートだったんですか?!」

「そーそー、でーとでーとー。だからね、勝利、明日もちゃんと来るんだぞ?」

 あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!

 キタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタ!!!!

「っしゃあああああ! おい、彼氏、見てるかあああああ??? 俺は、今、お前の最愛の彼女と一緒に、デートをしているぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! ふははははは! どうだ、悔しかろう悔しかろう!! クハハハハハハハハハ!!!」

「勝利―、そういうとこだかんねー」

 一人盛り上がる限界過ぎる思春期男子をよそに、先生は完全にしらけていた。

「はー。そのメスに対してめちゃギラついた目をやめれば、けっこーイケてんのに……」

 なんだと?!

「マジすか!?」

「だーかーらー、そういうとこだっつってんだろ! いい加減去勢したろか?!」

「かはっ!」

 宦官は、勘弁……っ!

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