第17話 ファイヤーボール

 アリューと一緒に、ゲティさんからいろいろ買い物をしたら、糸の金額なんてかわいいもんだというのが分かった。フライパン一つでも銀貨3枚だし、僕の体に合った服を買ったら、綺麗な状態とはいえ、古着で銀貨4枚と銀粒6個もした。村に運んでくるための費用も掛かってるとはいえ、大量生産が行われていない世界で手間のかかるものはやっぱり高いんだなぁ、と思う。


 とはいえ、クォートさんから貰った金貨とミスリル貨はまだまだあるから、しばらくはお金の心配をすることはないだろう。アリューの家に厄介になるなら、一緒に食事もとるし、料理までしてもらう。それを考えたらいろんな食材を買い込んだりしても、無駄遣いにはならないはずだ。アリューは「食材はともかく、糸はいいよ」としきりに遠慮していたが、押し切るように購入した。あくまで糸はアリューへのお礼だ。


 それから、アリューと一緒に家に戻り、少し遅めの昼食をとることにした。さっき買ったフライパンで、クォートさんが作ってくれた甘くないクレープ生地で具材を巻いたブリトーみたいなものを僕が作る。


料理の経験自体はほとんどないけど、クレープ生地さえうまく焼けたら後は簡単だと思って、チャレンジする。小麦粉を水で溶いて、朝交換した卵を割り入れて混ぜて、油をフライパンに敷いて生地を焼く。


 そこでこの世界の難しさを知った。ガスレンジでしか料理をしたことない僕が、かまどを使って調理することのハードルに生地を2枚焼いたところでギブアップした。流し込んで焼くことはそんなに難しくないけど、生地を裏返して焼く時に破いてしまうし、焦げもそこそこある。アリューに任せたらあっという間にもう2枚上手く焼いた。あとは鶏肉に塩と香草で焼いたものを置いて、チーズを溶かして生地に流す。あとは庭で育てているサニーレタスみたいな野菜を置いてひとり2個ずつ巻いていく。


 失敗した生地は僕が食べるつもりだったけど、アリューとの話し合いの末、アリュー作と僕作のものをお互いひとつづつ食べることになった。アリューはクレープ生地を焼くことと同時進行で黄色いトマトと豆の入ったスープを作っていて、実力の差を思い知った。もちろん味もおいしい。


 食後一息ついたら、僕はアリューに魔法の勉強をしたいということを伝える。アリューはそれに食いついて、「私も一緒に魔法覚えたい! 」ということで、午後は一緒に勉強することにした。


 魔法を使える人は少数で、親から子へ教えて身に着けるか、教会の下部組織に当たる魔法ギルドで高額の費用を払うことで覚えるらしく、それなりに敷居が高いものだそうだ。


 僕は≪転移≫を使って、転移部屋に置いてある初級の魔法書を自室に行ってから取り出して、これは借り物で、とても貴重な物だと最初に告げてからアリューに見せる。クォートさんからはこの魔法書の取り扱いは汚さないで下さいと、読み終わったら初級の本を返して中級の本と取り換えるということだったからアリューに見せても大丈夫だろう


 「一番安いって言われてる周囲を明るくする魔法で銀貨2枚だって聞いたよ! この本っていったいどれくらいするんだろ」


 クォートさんは、この本のことをルクスの民、つまりクォートさんの創造主が作ったって言っていたから、この世界の神のさらに上位の人達が作ったとなると、きっと値段はつけられないだろう。


 ペラペラとアリューはページをめくっていき、炎の魔法のページで止まる。


「コウ、まずこれがいい。これ覚えたい」


クォートさんから教わった≪転写≫の方法は、この初級の本には載っていないし、効率よりも最初はアリューの覚えたい魔法を使えるようになるほうがいいかと思い、初級魔法書の最初のページに戻る。この本に記載されている魔法の覚え方は、魔法陣を見本通り描いて、それから魔法陣を何度も見て目に焼き付けてから、呪文の詠唱を行って、魔法を発動させる、と書いてある。アリューはその手順通りに魔法陣の見本を見ながら、木の板に炭で魔法陣を描いていく。


 ≪転写≫を使った覚え方はクォートさんも裏技的なことだって言っていたから、こっちのやり方が本流なんだろう。クォートさんに感謝をしながら、僕も≪転写≫の魔法を使って、アリューが眉根を寄せながら描いている≪ファイヤーボール≫の魔法陣を覚える。さすがに家の中で放つわけにはいかないから、≪魔法操作≫で規模と速度と射程を最低に設定して、家の外に出てから空に向けて≪ファイヤーボール≫を放ってみる。さすがに全部最低値に設定しただけあって、ライターの火程度の火の玉がゆっくりと空へ飛んで行った。威力は全然ないけど、≪転写≫や≪魔法操作≫≪転移≫より魔法を使った感が強くて、嬉しくなる。


 部屋に戻るとアリューは先ほどと同様に魔法陣に齧り付いていた。3枚目の板に取り掛かっていてかなり集中している。別のページを捲らせるのは悪いなと思って、向かいに座ってこっそり≪転移≫を使ってスフィアの大まかな歴史がまとめてあるという歴史書を読み出すことにした。


 そこにはルクスの民が、スフィアを管理していた頃、別の世界からスフィアへ来た種族たちの諍いの歴史だった。まずは言語が違い、そのためにコミュニケーションを取れないがための争いが起き、ルクスの民は言語と文字を統一させた。次に起こったのは暮らすのに最適な活動圏がかぶってしまうことに対する争い。他にも偏見による争いや文化が違うことに対しての争いも起きた。


 それをルクスの民は少しづつ解消したり、み分けを促したり、警告をしたり、罰を与えたりとなかなか多忙だった見たいだ。しかし彼らは光の溢れる環境でないと活動するのが難しい。高い技術力を使って緩和することはできても、完全には難しく、その多忙さから、クォートさんを生み出し、浮遊島で管理を行うようにした。


きっと、ルクスの民達は人間でいうと極寒の地で着ぶくれしながら活動するようなものなんだろと、僕は勝手に理解する。


 この辺りまで読んだところでアリューは「覚えたーっ」と言って両手を高く揚げた。


 「ねねっ、コウ! 覚えた≪ファイヤーボール≫試してみたいから、朝の弓の練習した林にもう一回いってもいい? 」


 ≪魔法操作≫を覚えていないアリューは村の中で≪ファイヤーボール≫を放つときっと騒動になってしまう。僕は「うん、いこう。僕も試してみたいし」と伝えて魔法書は僕が手にもって、一緒に村外れの林に行く。


 「コウはそう言えば魔法陣だっけ、描いてなかったけどほんとに覚えたの? 」


 「あー、うん。魔法を覚える魔法っていうのがあって、それで覚えてるからすぐ終わったよ」


 「え……ごめんなさい、ずっと本独占してたから他のことできなかったよね、ごめんね」


 「だいじょうぶ、別の本読んでたから。でもアリューすごい集中力だよね。声かけるのためらっちゃった」


 「よく言われるよ。悪い意味で言われることがほとんどだけど……一度集中しちゃうと周りに気が向けられなくなっちゃうの。直そうとは思ってるんだけど、難しいんだなぁ……」


 そんなことを話しながら林に到着して、周りに人がいないことを確認してから、まず僕が≪魔法操作≫で威力の調節を行わない≪ファイヤーボール≫を空に放つ。ビーチボールくらいの大きさでなかなかの迫力だ。


 「詠唱してない、なんで? 」


 アリューに詠唱なしで行える理由を簡単に説明して、今度はアリューが≪ファイヤーボール≫の詠唱を始める。


 『赤く輝く炎よ纏まりて、燃え広がり敵を討て。≪ファイヤーボール≫』


 同じように空に撃ったアリューのファイヤーボールは暗くなってきた辺りを照らしていた。

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