第16話 銅粒を喰らう

銅粒どうりゅうを喰らう』そんなことわざがある。


銅粒は硬貨の中で一番価値が低く、小麦粒程度の大きさの貨幣で、単に『銅粒』というと、つまらないもの、大したことないものといった意味合いで使われるが、銅粒1つで買えるものといえば、歪んだ古釘一本、緑青ろくしょうが浮いて古びた壊れかけのベルト金具、塩をスプーン一杯分、小指ほどの小魚1匹、こえの汲み取り柄杓ひしゃく一杯分の買取価格、せいぜいそんな程度だ。


しかし、偽麦とも呼ばれる、オーツ麦なら子供の両手一杯分は買うことができる。

このオーツ麦は粉にしてもパンを作るのに粘りが出なくて膨れず、そしてあまり美味しくない。

そのため麦類の中でも価値は低く、粥にして食べるか、小麦や大麦の粉に混ぜ込んで嵩を増すのに使われることが多い。


それでもその通り銅粒を食べるのと比べ、腹も膨れるし、銅よりは美味いだろう。

少なくとも俺は銅粒を食うくらいならその辺の土でも食う。


ひいては、銅粒を何かに変える手間を惜しんで、結果的に損をしてしまう愚か者といった意味合いだ。

主に貨幣経済に生きる商人同士で使われる慣用句でもある。


自己紹介が遅くなってしまった。

今は行商人をしているゲティだ。


俺は都市でも比較的大きな商会の息子で、訳あって今は行商をしている。

これは、家を追い出されたとかいう訳ではなく、曾爺ひいじいさんが行商から一代で商会を起こした時から続く、商会の跡継ぎを決めるレースで、15歳の誕生日から25歳までの間に、銀貨1枚からどこまで金を増やせるかというゴールが決められている。


元手が銀貨1枚だとほとんど何もできないし、商会のコネも使うことはできないから、一番小さな商いからどんどんと経験を積んでいけるというのが目的だが、やらされるこっちとしてはたまったものではない。


リタイアすることはいつでもできるから、上の姉さんは早々にリタイアして余所へ嫁ぐことを選択した。


それでも俺はこの商売が好きだし、都市有数の商会であるというブランドも大きい。何をしてでも商会の会頭になってやると意気込み、まずはどこでも需要のある塩を銀粒10個分も買い込み、地道に近隣の村を回り営業を行った。


だが、近隣の村はどこも固定の行商人が付いているため、あまり売れ行きは良くない。



だが、新たに商品を仕入れる金もない。

だから遠方の村にも足を延ばし、その時開拓できたルートがこのカール村でもある。


都市から徒歩で2~3日もかかる場所では、流れの行商人頼みの村も多くあり、都市から離れた場所ほど需要は高い。


他に3人いる上の兄達は同様に行商から初めて、まとまった金が出来たら都市の中で自分が得意とする商品を扱う店を開いた。


だが、身一つでできる行商と比べて、費用が余計に掛かってしまう。


思っているほど利益が出ずに、25歳を迎えて3人の兄たちは終盤パッとしないままそのレースを終えている。



対して俺は、足繁く行商を行うことによってだんだんと信頼を積み上げてきた。

店を持たなくても、そこそこ安定した利益を出し続けている。


とはいえ、兄たちが店を持ちたい気持ちもわかる。


行商の旅は厳しく孤独だからだ。

モンスターや獣に怯え、薄い毛布で寒さに震え、夜を明かすことも少なくない。


当初の商いよりは数十倍に膨れ、一つの村の商いで金貨を取り扱うこともあるし、利益も1回の行商ルートで銀貨数枚は確実に上げることができている。


そんな順調な行商で、祭りの時期は特に稼ぎ時だ。

祭りの時期は、皆が浮かれ、財布も緩むため、引き馬車と馬を商業組合から借り普段の何倍も荷を運ぶ。


特に今回はタイミングよく、金を持っていそうな子供を村へ続く道で見かけた。

遠くからでも鮮やかに見える青い上着と揃いのズボンを着ている。

青の染料は高価だし、鮮やかに見えるほどだと何度も重ねて染めていることは明らかだ。


貴族様なのだろうと当てをつけて近づくが、こちらが貴族様と気づいて寄っていくのは身分差から悪手だ。


隣の人物は遠目で普通の服装のようなので、村人か、メイドが目立たない格好でもしているのだろうとかんがえて「おーい」と声を掛けて近づいていくと、顔見知りであることがわかる。




アリューは何度もこの村に行商をする際仲良くなった村人で、ここらの近隣どころか都市でも1,2を争うほどにかわいい。


年齢は俺より、ふたつ上の23歳だが、見た目は15歳程度のハーフエルフの美少女で、コロコロと変わる表情や、村娘特有の朴訥さで、美しいや綺麗よりはかわいいのほうがふさわしいと思う。



アリューの髪色はよく焼けたパンにハチミツを塗ったような、茶色に琥珀色を混ぜた見る角度や光の具合で明るく見えたり、暗く見えたりするサラサラしていてキラキラしている。

肩のあたりで切り揃えられた髪の奥にはハーフエルフ特有の耳があるらしいが、商人と村人の距離感から見せて欲しいとも言えなくて、まだ見たことはない。


瞳は宝石のようによく澄んだエメラルドのようで、白くくすみのない肌と合わせてエルフの血を引いていると思わせる。



カール村では、長老を務めていたアリューの父の影響で忌避感はほぼ持たれていないようだが、そもそも子ができ難いという点で、アリューはまだ未婚だ。


俺が商会を継げる目途が立ったら、商人としてではなく、一人の男としてこの村に来て、アリューにプロポーズをすると決めている。


行商をしているうちに結婚なんて無理だし、商会の会頭のプロポーズを断るやつはいない。

幸い俺は一番歳下だから、兄貴たちが稼いだ金を上回ることが出来たら、商会の後を継ぐことができる。


順調にいけば後1、2年で兄たちが残した記録を上回ることができるだろう、と考えていた。



そんな中に現れたのがコウだった。




まだ子供で、12、13歳くらいだろう、だがその服からわかるように金を持っているのは間違いない。


欲しいものはないか聞いてみると、日用品や食べ物程度と少しがっかりするが、アリューへプレゼントしようとしていた糸を思いつく。


アリューの作る弓と矢は、かなり出来が良く、都市へ持って行っても1.5倍ほどの高値で売れる。

3割ほどは手数料として、懐に入れているが輸送費を考えると妥当な線だ。


その糸は高価なもので、最高級の矢を作るのにも使われて、通常の使い方は釣り糸がメインだ。

通常は麻紐などで鏃や矢羽などを固定するが、この糸を使って矢を作ると細くて軽い糸の為、糸の影響がほとんど出ないから真っすぐ遠くまで飛ぶ。


そこで、アリューにではなく、コウに売る目的で商品いとの紹介をすると、会話の流れから、アリューの家に泊まっているらしい。



子供とはいえ、正直羨ましい。


嫉妬心も沸々と湧いてくるが、顔に出さないくらいは場数を踏んでいるはずだ。



売りたい商人の気持ちと、アリューに対するコウの評価を上げてしまうことを避けたい気持ちと相反するが会話の流れもあって、売ることを優先する。


アリューはおまけをして欲しいようで、俺の評価を上げるため鏃を二つ追加する。

これくらいは想定の内だ。





そして出されたのがミスリル貨だった。


ミスリル貨は金貨12枚分なので、俺もミスリル貨2枚ほどの資金は持っている。

だが、商いの規模から、普段の取引で使うことなんてないし、余剰の資金は実家に預けるからミスリル貨を持ち歩くなんてしない。



正直負けた気分だったが、コウはこれを銀貨といって差し出した。


ミスリル貨を銀貨として精算してしまえば丸儲けだが、寸でのところで『銅粒を喰らう』を思い返す。


商取引とは信頼があってこそのものだからこれをそのまま受け取ってはいけない。

この利益で会頭になったとして、後で露見してしまうと、詐欺を働いたことがばれてしまう。

銀貨だと思って受け取ったと言い訳したところで、商会の頭はミスリル貨も知らないと揶揄されるだろう。


銅粒を何かに変える手間を惜しんで、結果的に損をしてしまう、そんな愚か者にはなりたくない。




聞くと、人助けをした礼に貰ったそうだが、本物の貴族様がミスリル貨を知らないとは思えない。

つまり、コウは本人が言うように、旅人でたまたま人助けによって大金を得たのだ、そうとしか思えない。

きっと、服もその助けた本人から貰ったのだろう。



ミスリル貨を持ってみると、やはり普通の銀貨より軽く、硬貨に傷もない。

そして、なにより緻密な彫り物もされているから教会発行のミスリル貨そのものだ。


金貨も持っているということなので、それで精算を約束し、逃げる様にカール村に向かう。

金貨なら手持ちの貨幣で精算できるが、いきなり銀貨が減り、手持ちの釣りが不安になるだろう。


そうして村に入り、まずは祭り用に依頼されていた酒や楽器の部品、衣服などを村の代表に卸す。


精算は銀貨や村の特産などで受け取り、各方面に挨拶を済ませてから、村中央の広場の一角で荷を開く。


娯楽の少ない村には行商のわずかな商品数の買い物もおおきなイベントだ。

村人が殺到し、少し落ち着いた頃に、アリューとコウが買い物に来た。


干したキノコ1袋、川魚の干物6枚、塩の小袋1袋、ハチミツをコップ1杯分、子供用の古着揃いで1着、歯を磨くための小さなブラシ2本、石鹸2個、鉄製の指貫1つ、小さなナイフ1本、フライパン一つ、そしてグリーンスパイダーの糸と鏃2個。


村の代表でもこんなに一遍には買えないだろう。

ソロバンをはじくと金貨1枚と銀粒4つと銅貨2枚になった。



コウは銀貨を持っていないはずなので、利益は目減りしてしまうが、また利用してもらう為の先行投資で、金貨1枚でいいと告げる前にコウは「これでお願いします」と、金貨を2枚差し出してきた。


お釣りは銀貨11枚と銀粒7つと銅貨10枚。


簡単に金貨2枚出してくるし、完全に負けだ。


こんなときに俺が言えることはただ一つ。



「コウさん、ありがとうございました。またご利用ください」

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