第15話 ミスリル硬貨と商人

声をかけてきたのは、この村に普段は行李こうりを担いで行商をしている行商人だとアリューが教えてくれる。


「はじめまして、ゲティです。ご覧の通り行商をやっております」


2日後にお祭りがあるということで、1頭立ての御者台もない荷馬車を商業組合から借り、馬車に山と積まれたタルや木箱や紐で縛られて一まとめにされている衣類などを持ってきたという。


「この通り、馬車に荷を積みすぎて、この馬が少しくたびれているようなんです。カール村に着く前に少し休ませるかと考えていたところ、アリューさん達が見えまして、休憩がてらお話でもと思い、お声を掛けさせてもらいました。アリューさんそちらの方は?」


その腰の低さは商人だからなのだろう。


「コウです。旅人しています」


「旅人さんですか。カール村にはお祭りを見に?ほかの村や町もそうですがこの時期は賑やかになりますからね。それでどうです?村で取引が決まっているものもありますが、よかったら向こうで荷を開く前に必要なものでもあればご覧になりませんか?アリューさんにも。矢作りにいい糸が入ってるので見てください」


「そうですね、食料と日用品は欲しいです」


「私は村でいいかなー。矢に使う糸の在庫はまだあるし」


「アリューさん、これまでの糸とはちょっと違いますよ。グリーンスパイダーの縦糸をった頑丈で軽くて細い糸ですから、値段は張りますがより良い矢ができるのをお約束できる品です。普段出回らないものなので、私が仕入れることができたのも偶然が重なり得た僥倖なのです。カール村随一、いえ、この近隣の村含めても、一番の弓矢を作られるアリューさんに使ってもらいたい思いでお持ちしました。なによりお祭りの一大イベントである的当て用にブレの少ない矢を作る、ということでしたら、これ以上いい糸はありません!」


さすがに本職の商人はヨイショを織り交ぜ、朝のアリューの駆け引きよりレベルの高いものだった。

そうしてゲティは、商品のグリーンスパイダーの糸をアリューに見せる。


「うーん、この糸束でいくらなの?」


「よく聞いてくれました!王都まで持っていくと銀貨1枚くらいになりますが、銀粒6つです。王都の半額ですから、これを逃したらこの値段はありませんよ。なんでしたらアリューさんの良くできている鏃付きの矢5本と交換でもいいです。どうですか?」


アリューの矢1本は銀粒1.2個分の価値みたいだ。

そもそもクォートさんから通貨について教えられたのは12進法であることくらいだから、いろいろ分からないことがあるけど、今の話からすると銀貨1枚で銀粒12個なはず。


朝市でのやり取りを見ると、普通の矢1本で1000円くらいの価値だとして、片手で握れるくらいの糸束で銀粒6個だと6000円くらいかな。


糸だけで6000円もするとすごく高いけど、自分が作ったものと交換ってなると安く感じる、上手い話の持って行き方だ。


「うーん、でもなぁ」とアリューは悩んでいる。


「あの、僕が買います。アリューにはお世話になってるし、自分がお祭りで使わせてもらう矢に使ってもらえれば僕にも損はないですから」


「おぉ、コウさん。男前ですね!この品はいいものなのでアリューさんにふさわしいものだとお約束しますよ」


「ちょ、コウ、高いからいいよ!使ってみたいとは思ったけど、普通の糸で十分だもん!」


「アリューさん、こういうのは気持ちよく買ってもらうものですよ。コウさんはアリューさんの矢を作成する時間を買ったようなものです。その時間でコウさんにお礼をすればいいじゃないですか」


「あー、うん。宿代と弓を教えて貰ってるし、これくらいはさせてよ」


ゲティさんはきっと僕が糸を買うようにしたかったんだろう。

まずアリューに紹介する流れでアリューに選択肢を与えて悩ませる。

それから、僕が言い出すことを見越して今の流れにすると、僕は買う意思を引っ込められない。

ゲティさんかなりやり手の商人みたいだ。

けど、やられた!っていう不快感はないから上手いもんだ。


「でもなぁ、普通の糸の10倍以上はするから……ゲティさんやじりもおまけしてください!」


「アリューさんは買い物上手ですねぇ。でしたら鏃を1つ、いえ、2つお付けしますよ。コウさんもよろしいですか?」


「はい、じゃあ銀貨で」


そう言って僕は小分けにしていた銀貨を腰のポーチから取り出してゲティさんに渡す。


「……これ、いや、でも……、コウさん銀貨じゃないです……」


アリューと僕は首を傾げる。

銀色に光っているから銀貨だと思うけど。


「え、違いました?」


銀貨じゃない、でもこれはクォートさんから貰ったものでちゃんと流通してる通貨だと聞いている。


「……そもそも、これどこで手に入れたんですか?ミスリル貨ですよ?」


「これは、少し前に、えっと、人助けをした時に貰って、銀貨の一種だと思っていました。使えますか?」


「なんですって!ミスリル貨を!すごい、とても羨ましいお話です。私も数えるほどしか触ったことはありませんが、コウさんが見たことなくてもしょうがないかもですね。えぇ、使える使えないでしたら、確かに使えます。ですが、私にはお釣りを用意することはできませんので……銀貨の上の金貨のまた上の硬貨なんですよ、これ。銀貨からすると144枚分、銀粒からすると1700個ほどの価値で、銅貨からだとなんと20,000枚ほどです。申し訳ないのですが、一介の行商人で扱う金額を飛び越えてしまいます。もちろん両替商を挟めばお取引できますが、なにぶんカール村に両替商はいませんので」


あー、それでクォートさんの硬貨の方が金貨よりも緻密な細工がされていた訳だ。

普段これは出しちゃいけないものなんだね。


「あの、金貨だったら買えますか?」


「はい。金貨なら何とか、ですがこれから村での精算を終えてからになってしまいますがよろしいですか?それと、これはお返しします」


そう言ってミスリル貨をゲティさんは手渡してくる。


「わかりました。じゃあ村で他にも品物見せてください。他にも買いたいモノありますから」


そう伝えて、ゲティさんは先に村に行くということなのでここで別れる。




「わー、コウはやっぱりお金持ちなんだねー。私金貨も見たことないもの!」


アリューと弓と矢と的を片付けながらそんな話題になる。



さっきのミスリル貨だけで100枚以上転移部屋の袋の中に入っているんだけどね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る