第12話 アリューとの出会い
浮遊島の玄関から地上に降りるのは一瞬だった。
足元に浮かび上がった魔法陣は≪転移≫のものだったので、真上のものを真下に、真下のものを真上に≪転移≫させるものなんだろう。
クォートさんから最後に、「浮遊島から降りたことは色々詮索されるだろうから、黙っていたほうがいいですよ」と言われた。
なにせ、地上の人からすると神様が住む浮遊島が上を通り過ぎるだけで祭りになるなら、そこから来たとすると、どうなるかわかったもんじゃないし、言われた通り黙っていよう。
真上を見上げるとかなり高い位置に、それでも大きな浮遊島が見えた。
浮遊島は下から見上げると進行方向に長くてちょうど飛行船みたいだ。
肩のライネがバババッっと飛び立ち、僕の顔の前でホバリングしてから左方向に飛んで行って、また肩に戻ってくる。
あっちが南らしい、ライネにありがとうと告げて歩き出す。
ここから5キロ南下したら村がある。
この世界の人々は、浮遊島の巡回ルートの下に町や村を作りたがるらしくて、その村もそういった経緯で拓かれた村で、浮遊島が上を通過する日に祭りをする。
浮遊島が頭上を通ることで日の光が陰ることを喜ぶそうだ。
草原の中をしばらく歩いていると、牛を10頭ほど連れている老人がいた。
「おぉ、旅人……にしては若いし、いいもの着てるから、貴族さまですかな?」
「あ、いえ、旅人です。この先の村で祭りがあるって聞いたから来ました」
「そうかい。いいとこの坊ちゃんかね。祭りは3日先だけども大丈夫かい。ほれ、あそこに見えるグランデ様がこっちに戻ってくるまで、いつもならそれくらいかかるでね。」
そういって指をさす先には浮遊島が小さく見えていた。
そんなに立ってないはずなのにもうずいぶん遠くまで移動しているみたいだ。
「ちょっと早く着いちゃいまして。村にお邪魔しても大丈夫ですか」
「あーあー、かまわね。明日くらいには村が賑わうでな。けども、この辺は魔物なんか少ないが全くでない訳ではねぇ。気を付けてなぁ。しばらく真っすぐ行くと馬車道があるから、そこから南に延びてる道を歩けば付くで。」
「おじいさん、ありがとう!」
そういうと、近くにいた茶色の牛に「モーゥ」と返された。
また、しばらく歩くと、おじいさんが言っていた道が見えてくる。
馬車道といっていたから、馬車が良く通るのだろう、道の両側に2本の幅広い轍ができていた。
道の先を見ると起伏を避けて道が川のように蛇行している。
その馬車道から一本南のほうに続く道があるので、おじいさんが言っていたように道沿いに歩くと遠くに村らしき柵や建物が見えてきた。
「ねぇー、キミー!」
背後から声をかけられた。
僕より少し身長が高い女の子がこっちにぱたぱたと走ってくる。
「こんにちは。旅人さん、カール村に用ですか?……失礼しました!御貴族様ですよね?」
そういって少女は伺うようにこちらに目を向ける。
「いえ、ただの旅人ですよ。ここの村には、お祭りがあると聞いて来たんです」
カール村って、あの泥棒ヒゲのおじさんの村じゃん!とか考えてみたものの、言っても何も伝わらないはずなので黙っておく。
「よかったぁ。失礼なことしちゃったかと……お祭りいいよね、私も楽しみなんだ。私はアリュー。よろしくね」
あからさまにほっとした様子で砕けた口調に戻る。
「あ、
「コウね、覚えた!それでコウ、その子も一緒なんだよね?小さな宿で今の時期みんな相部屋になるから、聞かないとわからないけど難しいかもしれない。人に慣れてるみたいだから絶対ダメってことはないと思うけど」
そういってアリューは肩に止まっているライネを指す。
「そっか……この子はライネ。頭撫でてあげると喜びます。いいかな?ライネ」
ピ、とだけ返事があったので大丈夫ですよと僕は頷く。
アリューはそぉーっと指をライネの頭の上に置いて優しく撫でる。
「わっ、やわらかい!すごくいい肌触り!村のニワトリと大違い!」
アリューのテンションはうなぎのぼりだった。
「ね、コウ、ウチに祭りが終わるまで泊ればいいよ。部屋は開いているから、宿の相部屋より快適だよ!」
ライネを撫でながらそんなことを提案された。
「か、勝手に決めたら駄目じゃないかな、家の人に聞かないと」
「大丈夫。私だけしか住んでないの。ただ、おば……長老の許可を取らないといけないけど、多分大丈夫。コウが子供じゃなかったらこんなことは言わないし」
そうはいってもアリューも僕と一緒くらいの齢に見えるし、なんなら僕の身体は3歳分小さくなってるから、僕のほうが年上だろう。
いいのかなぁと思いつつも、確かに知らない人との相部屋はちょっと嫌だ。
「じゃあ、お金は払うからお願いします。」
「いいよいいよ、それよりお礼なら旅の話を聞かせて!」
げっ……旅一日目ですとは言えないし、これは困った。
なにか言い訳をして、やっぱり宿に泊まろうと思っていると、アリューは僕の手を取って歩き出す。
「そうと決まったら早くいこ!……どうしたの?」
病院で脈を取ったり、熱を測られたり、手の感触を確かめられたりとか、女の人との接触は慣れていたと思っていたけど、全然違う。
こうして自分で動けるようになったからか、手を取られてドギマギする。
アリューの手は柔らかいけど、手のひらにタコのような固い感覚もある。
いつのまにか落ち始めた夕日に照らされたアリューの横顔は屈託ない笑顔で彩られ、とても綺麗だった。
このまま流されるように村に入ることになった。
◇◆◇◆◇◆
「おばぁちゃんいますー?」
流されるまま、まずは長老に挨拶をしないといけないらしく、アリューの家に行く前に、村の真ん中にある長老宅へ連れていかれる。
アリューは村人に話しかけられていたが、いっぱいいっぱいで何を話していたか上の空になっていた。
「長老はこれからお食事ですよ。アリュー、どうしたんですか?」
そういって50歳くらいの女性がエプロンで手を拭きつつ、長老宅から出てくる。
「旅人さんをウチに泊めていいかおばぁちゃんに聞きたくって!ほら、宿やだと相部屋でかわいそうでしょ?この肩に乗ってる小鳥さんもいるわけだし」
アリューは捲し立てる様にその女性に告げる。
「お話してきましょう。あなたお名前は?」
「コウっていいます。お邪魔します」
「貴族様ではないのよね?こちらで少し待っていて」
女性は家に引っ込んでいった。
「コウはまだご飯食べてないんだよね?私作るから食べれないものある?」
ご飯はアリューが作ってくれるらしい。嬉しい。
「ありがとう、なんでも食べられるよ」
見栄と遠慮でそう答えてしまう。
茄子とピーマンと鳥の皮がダメだけどいざとなったら無理して食べよう。
そうこうしていると、奥から女性が戻ってきて、僕はアリューの家に泊まることが許可された。
かわりに、明日アリューと一緒にここに顔見世に来てくださいと告げられる。
こうして、僕はアリューの家に泊まることになった。
旅の話どうしよう……
◇◆◇◆◇◆
アリューが作ってくれたのは、麦で作ったお粥と野菜とベーコンのスープと赤いソーセージだった。
今は祭りの準備で家畜を多く解体しているから、いい肉が手に入りやすいんだ~、と説明してくれる。
クォートさんが作ってくれていた料理は保存が効く食材で作られていて、クォートさん自身食事を取らないせいか、結構似ているメニューだったけど、とてもおいしくて、この世界の料理はおいしいと思い込んでいたけど、僕は少し浮かれていたみたいだ。
野菜とベーコンのスープはベーコンの塩味が効いていておいしい。
クォートさんのスープと比べちゃだめだけど……
そりゃあ、神様に捧げる食材だったら最上級品だよね……
麦粥はお米の粥と比べて、味がなくてポソポソした触感だった。
アリューに許可をもらって塩を足したら食べられる。
それから、嫌いなものが一個できました。
赤いソーセージはブラッドソーセージで、その名の通り、血を有効活用するために内臓なんかの肉と混ぜた血を腸に詰めて作るソーセージ。
茹で上がったブラッドソーセージはおいしそうに見えたけど、ナイフで切られたソーセージの中から生臭い血の匂いが立ち上がってくると、もぅマヂ無理。
意を決して小さいソーセージを口に入れると、味はレバーみたいな感じでそんな食べられない感じじゃない。
ただ、口の中の普通のソーセージより柔らかい食感と鼻から抜ける生臭い匂いで、アリューにごめんなさいして、残りは全部食べてもらった。
アリューは「おいしーのになー」と言いながら、残念そうであり、嬉しそうにもブラッドソーセージを食べていた。
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