第8話 ≪転写≫の魔法陣
「六指のメリットは魔法を扱うのに効率的だからなんですけど、航も魔法使えますよ。覚えてみますか?」
クォートさんはそう言い、指先に光を灯して、空中に魔法陣を書いていく。
「おぉ……スゴイ……」
クォートさんの指先から作り出される魔法陣は、クォートさんの髪や羽の色と同じようなクリーム色で淡く光っている。
「こんな感じで、魔法陣を描く方法、この魔法陣の外側に書いてある呪文を唱える方法、手をかざして魔法陣を発動させる方法、頭の中で魔法陣をトレースすることで発動させる4つの魔法を試行する方法があります。魔法陣を描く方法から、精度が良くて、魔力の消費量が少なく済む順ですね。魔法陣の構成は外側の文字が魔法の呪文、その内側が発動する場所や強さや速度などの細かいもの、中心は六角形の角と中心の7点から伸びる18本の線の組み合わせが発動のキーになります」
そういってクォートさんは空中の魔法陣の真ん中に線を書き足していくと、魔法陣を中心にやわらかい風が吹いた。
「魔力とは願いの力です。なので願いが大きくなりすぎてスフィアに来た航にとって、うってつけの力です。航の魔力量ならさっき言った魔力の発動コストパフォーマンスは考えなくていいくらいです。それから、人の中でもヒュームは、航もヒュームなのですが、新たな願いを持ちやすい性質があるので、魔力の回復にも優れた人種ですね。現状に満足することが少ないからなんですけど、これも善し悪しですね。多くを望むあまり、人を陥れたり、身を
なんとなく叱られた思いで航は答える。
「はい……、でも、魔法陣覚えられる気がしません。かなり複雑そうですし」
「航が覚えるのは1つだけで大丈夫です。≪転写≫の魔法陣を覚えたら、あとはそれを使って複数の魔法陣を≪転写≫で瞬間的に覚えられるし、≪魔法操作≫を覚えたら、覚えた魔法のカスタマイズも簡単にできるようになりますよ。やってみますか?」
「お願いします!魔法覚えてみたいです!」
「ではお教えしましょう。まずは紙に書いて覚えましょうか」
そうして、クォートさんによる魔法陣の勉強が始まった。
◇◆◇◆◇◆
~クォート視点~
航は物覚えがいいみたいだ。
課題として与えた魔法陣を見本を観ながら描き、3時間後には多少歪ながら何も見ずに描くことができるようになった。
集中力が高いのはきっと彼が動くことができなかった境遇にあるのだろう。
その間ライネは退屈したのか2度彼から離れ外に出たようだが、今は航の頭の上で身体を伏せて寝ている。
もともと、人に慣れやすい種族ではあるが、よほど航のことを気に入ったのだろう。
「クォートさん、できました。今度はどうですか?」
「えぇ、だいぶ上達しましたね。次は空中に魔法陣を描いてみましょう。指先に意識を集中させて、薄く、漠然と願いを込めます」
「う、薄く漠然と、ですね?」
航はだいぶ戸惑っているようだが、これまで魔力に触れてこなかったなら当然だろう。
「お、光った!」
「いいですね、そのまま手元の紙を見本に空中に描いてください」
航の魔力色は目の覚めるような青で、わずかに紫がかっている。
ゆっくりと航は人の顔ほどの円を描き、呪文を書いていく。
「ペンで書くのと指では太さが変わってしまうので、このままではおそらく書ききることができません。
もう一度、今度は少し大きく書いてみましょう」
「あ、そっか。はい!」
そういいながら航は最初からやり直す。
まだ私に遠慮もあるのでしょうが、素直なのはいいことです。
5分ほど様子をうかがっていると、航は≪転写≫の魔法陣をすべて描き終えました。
これまでで一番上手く描けているので、おそらく航は指先が器用なのでしょう。
「できました!」
「よく描けましたね。それでは≪転写≫を使って頭に≪転写≫を焼き付けましょう」
なんだか手順に矛盾があるようですが、一度≪転写≫を完全に使えるようになるのが一番効率がいいはずです。
「それからゆっくりと描いた魔法陣に願いを乗せてください。ゆっくりですよ」
魔法陣はその規模にあった魔力を流さないと壊れることがあります。
そもそも魔法は様々な世界から集めた生き物の一部が持っていたものです。
モンスターと動物の違いは、何かしらの魔法を使えるか使えないかの違いだけ。
モンスターも基本的に1~3種類程度の魔法が使えるものですが、魔法陣とは、これを主ら、ルクスの民の方々が、魔法を持たないものも使えるようにシステマタイズし、種族間のハンデを埋めるために生み出された技術なんです。
魔法陣は優しく光り、無事≪転写≫は発動できました。
「成功ですね。では、さっそく覚えた≪転写≫のテストをしてみましょう。やはり≪魔法操作≫がいいですね」
航にそう伝え、私は航の背後に回り、≪魔法操作≫の魔法陣を見やすいように肩越しに航の顔の前で発動させる。
航は少し固くなったが、魔法陣をじっと見つめる。
「それでは、覚えた≪転写≫を思い浮かべて、魔力を流してください」
「は、はい。あ、できたみたいです!」
「おめでとう。これであなたは好きな魔法を覚えて、カスタムすることができるようになりました。もう暗くなってきているので、まずは航のご飯にしましょう」
そういいつつ、彼の背後から離れると航の身体の固さは消え、ちょっとほっとしたようだった。
航の身体の小ささもあるのでしょうが、庇護欲を誘うというのはきっとこういうことを言うんでしょう。
◇◆◇◆◇◆
~航視点~
魔法陣のレクチャーをクォートさんから受けていると、外がだんだん暗くなってきた。
肩に泊まっていたライネは2回くらい外に出て行って、今は僕の頭の上でおとなしくしている。
頭にフンをされるかもと思うと、少し不安だけど、トイレはしっかりできる鳥ということだから好きにさせるようにした。
休憩なしでずっと魔法陣を紙に書き写して、もう10枚を超えたけど、さすがにちょっと疲れてきた。
それでも、だんだんと上達して、書くスピードも上がり、魔法陣の細かい構成が分かってきた。
「クォートさん、できました。今度はどうですか?」
新しく描きあがった魔法陣を向かいに座っているクォートさんに見せる。
丁寧に描いたのでこれまでで一番見本通りにかけていると思う。
「えぇ、だいぶ上達しましたね。次は空中に魔法陣を描いてみましょう。指先に意識を集中させて、薄く、漠然と願いを込めます」
クォートさんは結構スパルタだ。
休憩もなく続いているから昔に受けた学校の授業より大変。
丁寧に教えてくれるけど、感覚派っぽく、サラッとやり方を伝えてくる。
「う、薄く漠然と、ですね?」
教わった通りに指先に意識を集中させて、指先でクォートさんの見本をイメージしてみる。
薄く、漠然と、と心の中で唱えながら指に集中していると、指先に意識が引っ張られる感覚があり、指先がかすかに光だした。
「お、光った!」
「いいですね。そのまま手元の紙を見本に空中に描いてください」
クォートさんは満足そうにしながら、次を勧めてくる。
手元にある自分で描いた魔法陣を見本に外側の大きな円を空中に描きだす。
空中には光が残り、明るい藍色みたいな円ができた。
続いて、円の内側に魔法陣の呪文を描いていこうとするとクォートさんからの待ったがかかった。
「ペンで書くのと指では太さが変わってしまうので、このままではおそらく書ききることができません。
もう一度、今度は少し大きく書いてみましょう」
「あ、そっか。はい!」
確かに、手元の魔法陣と同じサイズで描いていったら、指先の光の太さでは描くことが厳しい。
クォートさんは、ミスは怒らないけど、それでも淡々と伝えられるので少しプレッシャーを感じてしまう。
今度はさっきの2倍くらいの円を空中に描いて、手元の見本を見ながら間違えの内容に描いていく。
クォートさんは向かいにいるので、反対になった魔法陣を見ているはずだけど見にくくはないんだろうか。
集中して描いているとこれまでで一番きれいに描けたと思う。
間違いがないかチェックしてクォートさんに声をかける。
「できました!」
「よく描けましたね。それでは≪転写≫を使って頭に≪転写≫を焼き付けましょう」
クォートさんはそう言って褒めてくれ、説明は続く。
「それからゆっくりと描いた魔法陣に願いを乗せてください。ゆっくりですよ」
ゆっくりということなので、さっき指先に集中した時のように、ゆっくり魔法陣に意識を集中させる。
さっきと同じように魔法陣になにかが引っ張られる感覚があると魔法陣がさらに光って消えた。
「成功ですね。では、さっそく覚えた≪転写≫のテストをしてみましょう。やはり≪魔法操作≫がいいですね」
そう言いながらクォートさんは椅子から立ち上がって、僕の後ろに立って肩の上から手を伸ばしてきた。
そうされると長い袖から普通より一本多い手の甲が見える。
次の瞬間には、クォートさんの手の甲から向こうにクリーム色の魔法陣が空中に現れる。
それと同時に、クォートさんは僕の背中により近づく。
つまり、クォートさんの胸が僕の肩に当たっている。
正直、クォートさんはすごい美形なんだけど中世的だし、天使は性別が男でも女でもないって思っていたし、胸は布がふわっと何枚も重なっているような服のデザインのせいであるようには見えなかった。
それでも、今僕の肩に当たっているのは、控えめながら、たしかな柔らかさをもった何かだった。
これまで中学生時代はほとんど身動きもできない環境だったけど、中学生並みにそういうことに興味があったから、この状況は心臓に悪い。
とはいえ、クォートさんにいうこともできないので、目の前の魔法陣に集中するように気を付ける。
「それでは、覚えた≪転写≫を思い浮かべて、魔力を流してください」
集中することはそれなりに困難だったけれど、さっき覚えたばかりの≪転写≫を思い浮かべて、大体コツの分かってきた魔力を、思い浮かべた魔法陣に流す。
すると、思い浮かべていた魔法陣が≪転写≫の時のように光ったので、それを伝える。
「は、はい。あ、できたみたいです!」
「おめでとう。これであなたは好きな魔法を覚えて、カスタムすることができるようになりました。もう暗くなってきているので、まずはご飯にしましょう」
そう言いながら、クォートさんは僕から身体を離す。
少し残念に思いながら、僕はクォートさんにお礼を告げた。
◇◆◇◆◇◆
食事は、お昼同様クォートさんが作ってくれている。
料理はご飯を炊いたり、といった小学校の頃の家庭科で習ったくらいしかできないからありがたいな。
昼に食事を取った部屋で料理ができるのを待ちながら休んでいると、ずっと頭の上にいたライネがクチバシと足で器用に掴みながら肩まで降りてきた。
「プピッ、ピピッ」
何かをアピールするように鳴いているので、調理中のクォートさんの所に行き聞いてみる。
「あぁ、お腹が空いているんですよ。ライネ、いつものところで食べてもいいですよ。航と一緒に食べたいのなら少し待っていてください」
ピ、とだけ短く鳴いてライネはクォートさんの肩に留まる。
「航、すぐ用意できるのでもう少し待っていてください。といっても、お昼のメニューとあまり変わりませんが」
「はい、向こうで待ってます。ライネ、こっちおいで。」
そういうと、ライネはまた僕の肩まで飛んできて、ピ、と鳴く。
それから5分くらいで料理を持ってきてくれるクォートさん。
さっきの一件で少し意識してしまう。
出てきた料理は、パンとチーズとサラミ、それから干した野菜と豆のスープだった。
「こんなものですみません。地上に降りれば新鮮な食材が食べられると思うので少し辛抱してくださいね」
「ありがとうございます。やっぱりクォートさんは食べないんですね」
「えぇ、私は水で。ライネ。こちらへ」
そう言って、止まり木と雑穀の入った容器、水の入った容器をクォートさんの前に置いた。
肩のライネは一度クォートさんの指に留まって、止まり木の前まで近づけてもらっていた。
「それでは、どうぞ食べてください。おかわりもありますから、足りなかったら言ってくださいね」
「はい、いただきます」
そうして僕は手を合わせてからスプーンを取るのだった。
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