Épisode 04「みゃーお!」
***
「はい、どうぞ」
リュカがテーブルに置いたサンドイッチとスープを、ヴィクトルは満面の笑みで迎えた。
昨日、本当にこの家に泊まった彼は、有言実行とばかりに猫のユーフェを抱いて眠った。最初はもちろん抵抗したユーフェだったが、どれだけ暴れても彼は諦めなかった。
結局力尽きて折れたのは、ユーフェのほうである。魔法を使えば一発だが、ユーフェはそうしなかった。魔力のコントロールができるようになってからは、人に攻撃魔法を使わないようにしているからだ。幼い頃、一度だけ妹を傷つけてしまったトラウマが、いまだにユーフェを苛んでいる。
「ふむ」
やはり上品に咀嚼しながら、ヴィクトルは次々とサンドイッチを平らげていく。
同じように朝食の席に着いているリュカも、もそもそとゆっくり食事を味わっていた。
そしてユーフェはというと。猫の姿で、椅子に乗り、ヴィクトルをじっとガン見していた。
今度こそ美味しいと言ってもらえるのでは。そんな淡い期待を寄せながら。
しかし。
「不味い」
昨日に引き続き、彼の評価は辛口だった。
「水気を切り足りていない。せっかくのソースがそれで薄くなっている。パンは自家製ではないな? 手抜きか? やはり真心が足りないな」
でも、その皿は綺麗さっぱり空になっている。リュカは黙々とサンドイッチを食べながら、やはり内心ではヴィクトルの言動に首を傾げた。
「みゃー!」
すると、ついに怒りを爆発させたように、ユーフェが小さな前脚でテーブルを叩く。文句を言うなら食べるな、と言っているわけではなく。
(また言った! 真心が足りないって!)
実のところ、ユーフェが怒っているのはそこだった。
不味いと言われたことよりも、真心が足りないと言われたことに悔しさを感じている。
だって料理をするとき、ユーフェは必ずリュカを思って作っている。自分を助けてくれたリュカに喜んでもらいたくて、いつだって一生懸命作っているのだ。
それを全否定された気がして、ユーフェはどうにも我慢ならなかった。
別に、本当はリュカが美味しいと言ってくれれば、それだけでいいのだ。でもリュカは優しいから、もしかしたら本当は不味くても美味しいと言ってくれているのではと、昨日から少しずつ自信を失くしている。
それもこれも、全てはヴィクトルのせいで。
彼があまりにも自信満々に不味いと言うものだから、本当にそんな気がしてきて、だから彼にも認めさせたいと思った。
ユーフェもリュカも、魔女であるがゆえに、狭い世界で生きてきた。そのせいでヴィクトルのような男の対応が、二人ともよくわからないのである。
「どうした、ユーフェ。なぜおまえが怒る?」
ヴィクトルはニヤニヤと頬杖をついていた。空いた片手で、食後の紅茶にぽと、ぽと、と砂糖を入れている。
「みゃーお!」
その挑発するような視線が気に入らない。ユーフェは「次こそ認めさせるんだから!」と片方の前脚を器用にヴィクトルに向けた。
ユーフェの言葉を理解したように、彼が喉を鳴らして笑う。
「ああ、昼が楽しみだな」
優雅に紅茶を飲む彼にムカついて、ユーフェは椅子から飛び降りた。その背中を見送りながら、ヴィクトルは必死に笑いを嚙み殺す。
「ねぇ、ヴィクトルさん」
「ん?」
ようやく食べ終わったリュカが、そんなヴィクトルに話しかけた。
「あんまりユーフェをいじめないで」
「それは心外だな。いじめているつもりはないが」
「じゃあなんで、不味いなんて言うの?」
「不味いものは不味いからだ」
リュカはきょとんとした。
「でも、全部食べてる」
「そりゃあ美味いからだ」
ますますリュカは混乱した。
「不味くて、美味いの?」
「そう。これは明らかに、君を思って作られた食事だろう? 妬けるね、ここまで美味い料理なのに、俺のためじゃないってところが」
「意味がわからない」
本当に理解できないといった顔をするリュカに、ヴィクトルは肩を竦めた。
「わからないのは、君が贅沢ものだからだ。今まで食べてきたものに、悪意などこれっぽっちもなかったんだろう?」
羨ましいね、とヴィクトルは吐き捨てる。
「とにかく俺は、食べ物にはうるさいんだよ。そんな俺の舌をここまで満足させられるものに出会ったのは初めてだ。だからこそ、ぜひとも俺のためだけに作ってもらいたい。他の誰のためでもなく、俺だけのために。これは理解できるかな、
完全にリュカを挑発するような言い方だった。が、もともと感情の起伏が少ないリュカは、これといって反応しない。
ヴィクトルはさもつまらなさそうに、ふぅと息を吐く。
「ま、それはいいとして。――ところでリュカ、これは君が作ってくれたものじゃなかったのかな?」
一転、また楽しげに口角を上げたヴィクトルに、リュカの動きがぴたりと止まる。
「……そうだよ?」
「だよな?」
くく、とヴィクトルが笑う。
――やりにくい。
リュカの彼に対する印象は、そんなところだ。油断も隙もあったものじゃない。少しでも隙を見せれば、これ幸いにと遠慮なく突いてくる。
これ以上一緒にいるとまたボロを出しそうな気がして、リュカは早々に立ち上がった。
「……ユーフェが本気で嫌がったら、さすがに追い出すから」
「それは怖い。気をつけよう」
なんとなく、癇に障る笑い方だ、とリュカは思った。
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