初恋

瀬良 真水

取るに足らない私の話

初恋は叶わない。

古今東西、ありとあらゆる虚構の中で手垢がつく位、使い古された台詞だった。

正直なところ。


___私はその話を信じてはいなかった。

昨日までは。


天上に広がる星の瞬きを眺め始めて、一体どれだけの時間が過ぎただろうか。

最初は滂沱と流れていた涙もすっかり枯れ果てて、頬に跡が残るばかり。

丸一日以上何も入れていない胃は時折切なげにきゅぅと音を鳴らす。


初めての経験だった。


恋愛も。


失恋も。


今まで誰かを好きになった事は何度もあった。

けれど、それは"憧れ"とか"友情"とかそういった感情に近くて眺めていることしか出来なかった。


だが、彼は違った。


心底彼を欲した。


出会いは最悪で、第一印象は無愛想なヤツだったけど、気が付けば目で追ってしまっていた。


独特の仕草とか言い回しとか見つける度に密かに喜んで、

連絡先を交換した時は興奮のあまり叫びすぎて喉を枯らした。

誰かを好きになるってこういう事を言うのだと初めて知った。


頭が彼で満たされる。

心から彼が愛おしい。


声を聞くだけで心臓が跳ねる。

触れるだけで体温がぐっと上がる。

メッセージが行き交えば、頬を緩みが止められない。


そんな日々。

それも、昨日で終わりを告げた。


雨だった。

しとしと降って、地を濡らす雨。

差した傘で彼だと分かった。

駅までの僅かな道程でも一緒に帰れる。


そう思った私は彼の元へ駆けて___


___その足を止めた。


彼の横には赤色の傘。

仲良くくっついたり離れたりを繰り返す。

時折覗く彼の顔は何処か照れていて。

でも、誇らしさもあって。


___私の知らない顔だった。


そこからの記憶は私には無い。

気が付けば、家にいて。

気が付けば、ベランダで星を眺めていた。


ここで私は初めて"初恋は叶わない"の意味を知った。


私の初恋は終わったのだった。


きっといつか。

遠い遠いいつかの話。

私は今の思い出を振り返るだろう。

それがどういうものなのか私にはまだ分からない。

けれど、きっと。





___この恋は忘れない。

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