第六部

 第二、三小隊の監督は引き続き、宇野陸曹長にお願いしよう。

 74式戦車、迫の展開まで、しばらくかかるだろう。この間にも、第一分隊への攻撃は続いている。第一分隊からの無線は、やはり感度が悪い。この問題は、後々解決しなければならない。


「一中隊、一中隊。こちらCP。74、準備完了。送れ」

「一中隊、了解。下車戦闘始めの合図で投光せよ」


 74式戦車の展開は終了。後はこちらから指示を送れば良い。


「三小隊より。展開終わり。射撃命令送れ」


 迫も展開が終わった。駐屯地のトラック等を止めるスペースにでも展開したのだろう。


「中隊長。迫撃砲は一気に射撃命令をしてよろしいでしょうか。」

「好きにして。迫は全部同じ陣地に展開するんだよね?」

「はい」


 なら、一緒で良いだろう。重迫小隊からは、展開の報告を受けていないが、射撃命令を先に送ってしまおう。


「早速お願い」

「はい。少しお待ちを」


 迫の命令文は、ほぼ定型文だ。特にあの特別修正は、数字をひたすら言っていくのでもう何が何だか分からない。まあ、今回は照明弾射撃なので、ややこしいミルは出て来ない。

 京谷は、CP等と連絡を密にしメモ帳に命令文であろう長文を書いていく。

 そして遂に、無線機のマイクを手にした。


「重迫小隊並びに三小隊。射撃命令。臨機目標射撃。目標、上空敵散兵。効力射砲、小隊。照明弾、1発。命令終わり」


 呪文のような命令が書かれた紙を、京谷が一切咬まずに言い切って見せた。京谷は普段から、早口気味で無線通信をする。その為か、無線でなくても滑舌の良い早口で喋る男だ。


「射撃統制は、誰にしましょう」

「本部で」


 これは、"同時"が鍵となる。こちらが、全て統制を行った方が良いだろう。


「射撃は一中隊本部統制とする」


 重迫小隊から展開完了と連絡が来れば、一気に攻勢に転じよう。


「一中隊、一中隊。こちら重迫小隊。展開終わり。送れ」

「一中隊、了解」


 そして、指揮通にはエンジン音だけが残された。何もかも、私の指示を待っているのだ。これから行うのは、隊員の損耗を覚悟しての作戦だ。故に、失敗は許されない。

 車内のこの妙な静けさが、少し嫌いになりそうだ。


「迫、発射」

「はい。重迫小隊、三小隊。こちら、一中隊。射撃開始」


 自衛隊の攻勢は、静かに開始された。


「照明弾発射。経過秒時、10秒」


 経過秒時は意外と早かった。第一小隊に伝達する準備を整え、出来るだけ照明弾の解散と同時に下車戦闘を出来るようにしたい。


「下車戦闘よーい」

「一中隊一小隊各隊、こちら小隊長。下車戦闘用意」


 解散が始まる前に言い切ろうとした為か、咬みそうになりながら鈴宮が早口で言った。


「5秒前、かいさーん……今」

「下車!」


 車外から空間へと浸透していく銃声が鳴り始めた。屋内の射撃場と違い、音が反響せずに真っ直ぐ飛んでくる。その上、連発なのでいつもは聞かない非現実感を与える音だ。

 共同転地演習の雰囲気とそう相違ないのが、実に恐怖心を煽られる。これが訓練だと勘違いしてしまいそうだ。


「三分隊からの報告はまだ?」


 中々、無線が来ない為、つい急かしてしまった。中隊長ともあろうものが、冷静さを欠いている。多分、実際時間はそこまで経過していないだろう。部下が外で戦っているという事実だけで、体感時間が異様に長く思う。


「小隊長!小隊長!こちら03!要救助者確認!負傷者あり!」


 銃声と共に、声が聞こえてきた。その銃声に自分の声が掻き消されまいと、声を張り上げている。決して、感情的になっている訳ではない。


「こちら小隊長、了解。間もなく後送のWAPC到着する。暫し待て」


 よし。ようやく、本来の目的である北門の負傷者の救出が目前だ。

 HMGの弾帯が無くなったのか、射撃音か小さくなったような気がする。その直後、視察孔から紫色の光の筋が無数に指してきた。一瞬、爆発か?と考えたが、紫色の炎なんて通常はあり得ないし、今も継続して光っている。覗いても、部隊の様子がより鮮明に理解できるだけだ。皆、上を向いている。


「第一中隊、第一中隊。こちらCP。現在、駐屯地に複数師団規模の大群が接近中。可及的速やかに任務を遂行せよ。可能であれば、ここを放棄する事も厭わない」


 成程。我々が戦っているのは、実は斥候だったりするのか?


「中隊長。ここは、三分隊以外を撤退させるのはどうでしょう?」


 無線を受け取った京谷が、片耳だけヘッドセットを外し私の方に向いた。すると、指揮通に乗る中隊の幕僚達が京谷の真似をする。幕僚と言っても階級ではない。役職だ。


「いや、そしたら、後送部隊の支援はどうする」

「というか、二小隊はまだなんですか?」


 墨田の反論の後、鈴宮がこの場の全員に問い掛けた。皆、状況判断プロセスに移行しているのだ。

 鈴宮の問いには誰も答えなかった。直後に重機のようなエンジン音が右隣から聞こえてきたからだ。それは、一瞬で通り過ぎて行った。


「こちら二小隊一分隊。衛生と共に現着」


 後送の準備が完了したら、順次撤退を始めるか。

 ……やはり、この紫の光が気になる。

 私は、我慢出来ず立ち上がった。指揮官失格だ。


「中隊長?」

「ちょっと外を見てくる」


 鈴宮、いや中隊本部班の心配をよそに私は馬鹿な行動をとった。上部ハッチを開け、その縁に手を掛けた。殆ど腕の力だけで、天板に乗った。夜風は冷たい。硝煙の臭いが凄まじい。鼻を突き上げてくる程だ。

 風に掻き乱されている髪の毛を左手で抑え、見上げた。

 紫色の光の発生源は、やはり敵散兵からだった。上空は、複数の解散された照明弾、74の投光器、そして紫色の光が相乗して露わになっていた。敵散兵が露わになっている。

 敵散兵は、一個小隊の攻撃をももろともせず、戦列を組んで攻撃を続けている。その勇気には、称賛を送るのが妥当だろう。

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