第七部

 そして、問題の紫色の光だ。誠に信じられないのだが、その敵散兵の前に魔法陣のようなものが描かれている。もう人は浮くわ、軍が魔法陣を展開しているわで、ファンタジーも程々にしろと嘆きたくなる。

 仮に魔法陣だとして、紫色で描かれている訳だが一体何をするつもりなんだ?


「新渡戸さん!」


 若い女声で、下から呼び掛けられた。拳を握り、戦闘態勢を作りながら声のした方を向いた。今、苗字で呼ぶ者は隊員以外しかいないし、隊員以外がいるというのはそれはそれで異常だ。


「早く!あいつを止めて下さい!」


 呼び掛ける者は、黒く長い髪の毛を風に委ね、鋭い眼光を私に向けている。


「イリューシャン?どうしてここに?」


 イリューシャンは、動物の感というものなのか分からないが、襲撃が起こる少し前にパジャシュの元へ向かっていた。そして、病天の患者をビルブァターニの壁内へ送るというのだから一緒に行ったものかと思い込んでいた。


「パジャシュ様は、自衛隊の人に任せたからもう大丈夫!そんなことより、術式展開者を早く止めるの!」


 自衛隊に信用を寄せてくれて嬉しいと一瞬思ったが、何故術式展開者?とやらを止めなくてはいけないのか聞いた方が良いと考え、指揮通の天板から降りた。少し足首に響いたが、気にするほどでもない。

 イリューシャンの言い方だと、早急に術式展開者を止めなくてはならないように聞こえる。


「とりあえず落ち着いて」

「落ち着いていられるか!ここが消し飛ぶの!」


 急に子供の駄々のように説得を始めた。手を大きく広げて、「ここ」を表している。


「え……?」


 今まで少なくとも上品にはしていたイリューシャンが、いきなり強烈な言葉遣いになった事に対して、思わずたじろいでしまった。

 一瞬、隙を見せた私が悪かった。直後、唐突に人差し指と中指を突き立てたイリューシャンの左手が迫ってきた目潰しだ。

 不意急襲だろうが格闘徽章を掲げる私は、対処が出来なかったという言い訳は出来ない。右手がぎりぎり間に合い、イリューシャンの左手を払う事に成功した。しかし、私に疑問符が浮かんだ。第二撃が来ない。イリューシャンの左手を払った直後、即座に格闘体勢に移った。というか、イリューシャンすら目の前にいなかった。

 左を振り向こうとした時、それよりも早く背中が押された。いや、負い紐だ。負い紐で引っ張られて重心が崩れたのだ。という事は――


「アゴーニィィ!!!!!」


 私が確認する間もなく、9mm機関拳銃が火を噴いた。鼓膜が破れそうな程の、音の衝撃波が私を襲う。殆ど射撃した事の無い位置での発砲で、恐怖を覚える。所謂、腰撃ちの位置で、イリューシャンが引き金を引いていた。

 装填していないのに、安全装置も解除していないのに、この一瞬で撃ってしまった。


「嘘……でしょ」


 私がイリューシャンを味方と認識し警戒を怠っていて、彼女が私を倒す事が目的でない戦闘を行った為、出し抜かれた。だが、驚くべきはそこではない。

 彼女は、ただの一発で命中させた。それが一番信じがたい出来事だ。

 9mm機関拳銃から発射された9mmパラベラム弾は、敵の射撃する弾薬の様に、変に紫寄りの赤い輝きをしながら施条しじょうから発射されたとは思えない弾道を披露していた。大きく曲線を描いていた……。

 紫色の魔方陣は、いつの間にか消えていた。


「いきなり裏切るような真似をしてごめんなさい。でも、こうするしかなかったんです」


 イリューシャンは、パッと9mm機関拳銃から手を離した。今は、両手を挙げ、手のひらを私に見せている。

 私は急いで機関拳銃の安全装置を確認した。きちんと、安全装置は掛かっていた。


「愛桜中隊長!」


 厄介な事に鈴宮が指揮通から降りてきた。発砲音で下車したのだろう。

 しかし、これが見られたら、私は間違いなく始末書……それだけじゃすまない。懲戒免職が妥当か……。


「動くな!その場に跪け!」


 しかし、鈴宮が威嚇をしたのはイリューシャンだった。とある動物園の名前と同じのアメリカ合衆国の有名な会社のレッグホルスターから取り出した9mm拳銃を向けている。

 そうか。イリューシャンは手を挙げているから。そして、私は中隊長。まず疑われる心配はないか。


「鈴宮!大丈夫」


 鈴宮を優しくなだめた。

 今度の格闘訓練には参加しようと決意した。


「失礼しました。あっ、ビルブァターニの」


 我々に近付いたことで、私が誰と対峙していたのか理解したのだろう。


「新渡戸さん。あいつらの情報は分かってるのですか?」


 イリューシャンが、改めて私と向き直った。初めて会った時の様に、背筋を伸ばし凛とした表情をしている。


「お恥ずかしながら分かっておりません」

「あいつらは、間違いなくイツミカ王国魔導部隊です」


 イツミカ王国。我々が異世界で初めて戦ったのは、越境してからの捕虜収容所襲撃。越境先はイツミカ王国で、自衛隊の隊員がイツミカ王国に拉致されたと報告が上がったからだ。

 自衛隊としては、未だ実態の掴めない国だ。ビルブァターニ帝政連邦と同じように、日本語を喋れる国民が定数いるのか。文化レベルはどの程度なのか。軍事力は。


「先程、やつらが行使しようとしていた魔術は、恐らく今新渡戸の兵士達が戦っている所はおろか、ここら辺一帯が窪地になるような代物ですわ」


 ここら辺一帯が?トン級爆弾相当って事か。という事は、魔法は費用対効果が凄く良いんじゃないのか?爆弾の製造費用を無くしてここら辺を消し飛ばす事が出来る。成程、魔法の軍事転用を行う意義が分かる気がする。


「あんな魔力……術式展開者は死んでおかしくない……死ぬのが当然と言ってもおかしくないです」


 前言撤回致します。裏を返せば、一人の犠牲で莫大な威力を発揮できるという訳だが、現代日本として考えると人道的配慮を疎かにするという解釈になる。


「そんな事を平気で行う、命令するイツミカ王国が許せないのです……!」


 イリューシャンは拳を固く握りしめた。余程、イツミカ王国に対して憎悪の念を抱いているのだろう。


「中隊長!敵の攻撃が止みました!」


 京谷の声だ。指揮通のハッチから少しだけ顔を出している。


「追撃を致しますか?」


 今回の任務は、北門の孤立隊員の救出。追撃は、任務にそぐわない行動だ。しかし、敵の大部隊が駐屯地に接近しているのであれば、全部隊の撤退は即応力に欠けるだろう。


「傷病者を後送。損害教えて」


 指揮通の車内へと戻る事にした。その際、何も言わずにイリューシャンの手を引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る