第十四部
「54321、発破!」
桐の早口のカウントを終えたと思ったら、先程の爆薬が炸裂した。
そして、流れるように切替軸を「タ」に持っていった私が、小銃を構えながらそれで扉を押し開ける。早速、鉄格子が目に入り、驚いた顔でこちらを見る影がいくつもあった。
とりあえず、安全を確保するのが第一なので、それらは無視して先へ進む。
手の親指と人差し指を立てて、通路左へ沿って歩くようにハンドサインを行った。あらかじめ、救出部隊を二つに分けておき、私と鈴宮を含めた一つが中指と薬指を立てるハンドサイン。桐を主体としたもう一つが親指と人差し指を立てるハンドサインとした。
通路両脇を、慎重に歩いていく。と、ここで、十字路に差し掛かった。どうやら、収容所は単純な構造で、二つの通路が真ん中で交差しあっているだけみたいだ。鉄格子で囲われた牢屋は、四つしかない。
十字路を攻略するために、桐と息を合わせる。それに加えて、私が手でカウントをする。0になり、手を握った後、それを解放して上から下へ振り下ろした。
左足を踏み込み、目視で安全を確認していく。とりあえずは会敵はしていない。ただ、通路奥は暗く見えないため、私は構えながら掌を後ろから前へ、上部の空気を掻くように振った。
同時に、左半分だけ出していた体を、通路中央まで持って行き、腰を下ろす。鈴宮は私の後ろで小銃を構えて、正面火力を二倍に上昇させ、その他の隊員は暗い通路の奥へと進んでいく。
「クリア!」
通路奥から聞こえてきた。
今度は、元々歩いてきた通路の奥を向く。一階部分で唯一安全が確認されていない場所だ。ここまでが順調過ぎて、恐怖が生まれる。
先程の隊員が戻ってきたのを確認して、前進した。桐各位も左にいる。
私の恐怖は空回りした。一階部分に敵は確認出来なかった。
「衛生は救出、並びに看護を開始」
「了解」
衛生は、私達が二階を制圧している間に一階に捕らえられた捕虜を救出する。
「あれ?パジャシュは?」
「隊長、NSが、弾薬切れで撤退するそうです」
「え?あ、分かった。回収地点に待機するよう伝えて」
「了解」
パジャシュはどこに行ったんだ?
「中隊長!二階から金属音!」
桐が叫んだ。確かに、すぐそこにある階段の上から刃物がぶつかり合うような音が聞こえてくる。
「援護する!桐分隊!各個判断での射撃良し!突撃!」
「やぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」
血気盛んな桐は、何の警戒もせずに突っ込んでいく。訓練の時からこうだったが、実戦でやられるとこちらの鳥肌が立ってしまう。いくら突撃と言っても、限度はある。
しかも、すぐ後に銃声が聞こえてきた。
「階段周辺!クリア!衛生!」
「衛生!二階に向かえ!」
桐が階段付近を制圧したが、衛生を呼んだ。恐らく、敵兵を撃ったからだろう。
「はい!」
一人の衛生が、返事をして階段を上った。それに私が続く。
二階は、ガス灯と思われる灯りが無く、人の姿が目を凝らせば確認できる程度だ。しゃがんで背中を見せる影が一つ、これは桐だろう。現在も警戒を続けている。衛生は走っていき、座り込んだ。よく目を凝らすと、そこには倒れた人影が二つも確認できる。床とほぼ同化し、分からなかったがいざ判別出来たとなると、その影が小さいということに気付く。
「パジャシュ!」
私は叫んだみたいだ。恐らく、せめて仲間を、戦友を傷付けずにこの作戦を終わらせたいという私の気持ちがそうさせたのだろう。綺麗事だとかエゴイストだとか、言いたければ言えば良い。私は、この作戦で死者が出ないという綺麗事を望んでいる。
体は意思も無しに、倒れているパジャシュの元へと駆けた。持っていた89を床に置き、耳をパジャシュに近付けた。幸い、パジャシュは息をしている。しかし、出血が著しい。衛生にはいち早く応急処置だけでもしてほしいが、パジャシュより出血が酷い敵の方の処置で手一杯だ。敵兵の方は、血溜まりが出来てしまっている。だが……だが、こうも感情が揺さぶられるものなのか。衛生には、敵味方に関わらず優先度順に処置しろと命令したのに、私の心の中ではパジャシュを何がなんでも優先してほしいという気持ちが自制心を攻撃している。
会って数日しか経っていないというのに、“知り合い”という事実が私の心を揺さぶる。
「新渡戸ぇ~」
そういえば、パジャシュも私の名字を呼んでくれるようになった。
「早く、捕虜の救出を……」
「それは、私の隊員がやってるから、無理に動かないで」
パジャシュが無理やり体を起こそうとしたのを私は止めた。筋肉を動かせば、酸素を送り込もうと血の動きが活発になってしまう。
「中隊長!一階の捕虜等の救出、並びに救命措置をおよそ完了させました……」
ようやく、他の衛生が二階に上がってきた。
「中隊長、代わって下さい」
感づいた衛生は、私に緊迫感のある声で言った。私はそっと、パジャシュの頭を下ろした。目は開いていないが、まだ息はしている。だが、とても苦しそうだ。
「中隊長!前進の許可を」
未だに頭に血が上っているかは分からないが、まだ分隊が再編出来ていないにも関わらず桐は進もうとしている。
「分隊を再編するまで待て。桐は少し落ち着け」
床においた89を再び手に取った。切替軸は「ア」だ。
待たずして、階段を登る足音が聞こえてきた。顔を出したのは鈴宮だ。鈴宮は、階段を登りきると私の元にやってくる。
「一階の制圧を確認」
「分かった。よし!鈴宮を筆頭に前進。屋上を確保し、ヘリが接近できるようにするぞ」
「了解」
鈴宮率いる桐班を除く第一小隊は、桐班が警戒する暗闇に包まれた通路の奥へと前進した。その後に、桐班が続く。私は、その桐班に同行した。
「発炎筒!」
鈴宮が大きな声で言った。その直後に、乾いた摩擦音。発炎筒の光が、通路の奥へ吸い込まれていくのが見えた。
「直線上敵影無し!階段のようなものを確認!」
鈴宮は素早く明確に情報を共有している。
「警戒しつつ、分隊前進!屋上の制圧!」
「了解!分隊、前へ!」
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