第十三部

 収容所の大きな扉の前には、二人の兵士。建物にめり込んだ形の見張り台には、複数名の兵士がいる。だが、こちらの方はライフルのような物を持っている。遠距離武器…これは、早急に排除しなければ任務に支障をきたす可能性が高いな。関に連絡をしておこう。

 とりあえず、外から見た感じだと、敵はそう多くなさそうに見える。元々人が少ないのか、収容所内に沢山いるのか気になるところではある。

 双眼鏡から目を離した。

 早朝から下山をして、今がお昼前だ。そして、皆無言で日暮までの時間を過ごす。この待機もまた、作戦行動であるため私語が慎まれるのだ。

 太陽が傾き、空は紅碧色で染まってきた。地球での夕焼けのような感じだ。

 その光景に見とれていると、近くの茂みが音を立てた。中隊本部班がいる私の後ろではなく、左側だ。咄嗟に、小銃を構えて槓桿こうかんを引き、人差し指で巧みに切替軸を「タ」まで回した。中指を引き金に当てる。照門を通し照星から先を見るが、誰もいない。


「全周警戒」


 一度、照門から目を離し小声で言った。すると、鈴宮達がきちんと動く音が聞こえる。後ろを一瞥すると、衛生科を囲って分隊が警戒にあたっている。


「に~と~べ~」

「え?」


 何故私の名前が呼ばれたのか、疑問が頭に浮かんだがそれに反して体は条件反射で、もう一度照門から前方を覗きながら引き金に人差し指をかけていた。


「パジャシュだから、それを下してくれない?」


 ひそひそ声を出しながら草むらを抜けてきたのは、パジャシュだった。初めて見た時の、水色の半透明な鎧を身に着けている。腰には50cm程の剣を差している。

 私は、小銃をそっと下ろし切替軸を「ア」に戻した。


「全周警戒やめ。はぁ、パジャシュだったかぁ…」


 緊張が解けて、少しだらけてしまった。


「それにしても、何でここに?まさか、ついてきた?」

「ついてきたって訳じゃないわ!その……もしかしたら、てこずってたりしてるのかなぁって」


 心配してくれたんだぁ。あぁ、めごい。


「でも、ここまで来るのに休まなかったとしても丸一日はかかるよね?」

「あれ?言ってなかったっけ?前帝書記長がイツミカ侵攻の為に、この国境のヤーポニヤ山脈には無数の洞窟を掘ったんだよ。詰まるところの、抜け道みたいな」


 私達が今まで歩いた苦労は……

 当然ながら、パジャシュ一人で来た訳ではないらしい。男が二人と、あともう一人いる。

 パジャシュを若干超える身長で、その身長とほぼ同じ長さの艶やかな黒髪。エメラルドグリーンと黒のオッドアイで、犬歯が若干口から出ている。パジャシュと同じく水色の半透明の鎧を身につけていて、更に……


「ね、猫耳?!」


が、付いている。鈴宮、大興奮だ。


「紹介する。イリューシャン・パブリコーフ・リチャフだ。彼女は、守護騎士旅団の副旅団長を務めている」

「イリューシャンです。以後、お見知りおきを」


 上品な言葉と共に、私達に笑顔を振りまいた。


「パジャシュ達は、私達と行動を共にするの?」

「そうよ!不甲斐ないあなた達を、圧倒的戦力で支援してあげるわ」


 あはは……不甲斐ないかぁ。そこまで言われちゃったかぁ。


「良いけど、一応これは自衛隊の戦いでもあるから、出来れば収容所に入るまでは私達の後ろにいてくれますか?」

「確かにね。侵入までは、あなた達の戦い方を見させてもらおうかしら。ただ、収容所に侵入したら私達は臣民捕虜の救助に向かうわ」


 パジャシュ達も捕虜救出のためだそうだが、自衛隊に便乗した感じが凄い。

 段々、暗くなってきたため、私は鈴宮を手招きした。鈴宮も察して、無線機を差し出す。


「第ニ小隊、こちら中隊長。これより、第ニ段階へ移行する。関班、見張り台上敵兵、普通弾、直ちに撃て。無力化するだけに留めて」

〈NS、了解。第ニ段階、陣地構築を始める〉

〈Ga、了解。敵を無力化する〉


 第ニ段階からは、秘匿名称を使用しての通信になる。第ニ小隊長の杉田夜春の名前の英訳である、Night Springの頭文字をとり、陽動部隊はNSとする。狙撃班は、班長である関鉦智の苗字の英訳の一つ、Gateの頭の二文字をとりGaとする。救出部隊は、新戸部愛桜の名前にある「桜」の英訳である、Cherry Blossomの頭文字をとり、CBとなる。


〈CB、こちらNS。大雨早期注意情報発令。大雨早期注意情報発令。発表直後に降雨始める〉

「CB、了解。普通弾、3制射さんせいしゃ撃ち方、指命」


 夜春一曹から、陣地構築の終了を告げる文言が送られた。これが送られたら、救出部隊は扉の前まで接近し、陽動部隊の射撃開始と共に扉を破壊、侵入する算段だ。

 ここで、後方から銃声が響き渡ってきた。関班の射撃だ。銃声は6発で止まった


「これより前進する。衛生を護るように全周警戒。単発撃ち方。各自の判断で射撃」


 私の指示に皆、頷いた。


「前進」


 私が先頭で前進する。

 ゆっくりと着実に近づき、遂に収容所の外壁に肩を当てることが出来た。扉の前にいた王国軍兵士が、呻き声にも満たない声を出しながらもがいている。


「衛生、敵の止血措置だけ行って、両手を前で軽く縛っておいて」


 衛生は少し驚いた様子だったが、それでも直ぐに遂行してくれる。

 そして、救出部隊は今度は全員が壁に沿うように並び、桐が筒状の爆薬を持って扉の前に行った。背嚢を下し、そこから電動ドリルを取り出し拳銃のように構えた。

 真後ろにいる鈴宮から、受話器を取り上げて発表した。


「CBより各隊。大雨注意報発令。大雨注意報発令。NS、撃ち方始め。命令終わり」

〈NS了解!ライト点灯!撃ち方始め!〉


 注意報を発表すると、夜春一曹の射撃開始命令が聞こえた。言葉の最後には、銃声が一瞬聞こえた。

 殆ど間もなく、こちらに本物の銃声が断続的に入ってきた。桐は、それを聞くや否や扉の鍵付近に持っていたドリルで穴をあけ始めた。15秒程で貫通し、筒状の爆薬をセット、壁際に退避した。

 扉の奥からは、王国軍兵士の声が聞こえる。言語は分からなくとも、声色で混乱は伺える。

 桐がこちらに目を向けている。私も桐の目を見て頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る