第十二部

 そう思い立ってから10分後には、地面が見えなくなった。ようやく、山頂に達したのだ。針葉樹の森なのに、からっとした暑さがアーマーを通して感じられる。


「愛桜隊長!」

「何?」


 疲れているはずの鈴宮が、大きな声で私を呼んだ。鈴宮はさっき、桐に道の外れに連れていかれていた。桐は何やら分隊員が何かを見つけたと言っていた。

 鈴宮が私の元まで足を運んできた。


「はっく……はこ…………はぁはぁ」

「え?何?」


 息を切らしている。あれだけの声量だから、妥当だな。


「白骨化した……人間が……」

「え?案内して」


 私は背嚢を降ろしてから、息を切らして膝に手をついている鈴宮の背中を押し、案内を促した。


「え、あ、はぁぃ」


 吐息と同時に、返事のようなものが出た。

 と言っても、すぐそこだ。ちょっと降りたところの、獣道のようなところを通っていく。


「こちらです」


 息を整えた鈴宮が、脇へ避けて私に見えるようにしてくれた。

 少し開けた場所には、複数の頭蓋骨があった。若干土の色に近付いていたが、それでも白いため分かりやすい。だが、パッと目に入ってくるのは頭蓋骨でその他の骨は目に入らない。そこで、目を凝らすと頭蓋骨は服を着ていることが分かった。

 しゃがんで合掌する。そこからそのまま、服の装飾品に手を伸ばす。土を払うと、長方形の襟章が見えた。黄色い布地に赤い線が三本。そして、一つの銀色の星が錆びれている。

 胸ポケットを開けると、紙が入っていた。破れないように慎重に展開した。読んでみると遺書のようだ。軍人たるもの、やはりこの覚悟は持っていたようだ。最後には、「後藤」と書かれていた。


「愛桜隊長。頭蓋骨の上にはこれがかけられていました」


 言いながら鈴宮が私に差し出したのは、一つの星が刺繍された特徴のある帽子。やはり、大日本帝国陸軍のお方であった。


「遺体はこのままにしておこう……」


 随分と黙っていたので声が少しおかしかった。


「戦死は…兵士としては立派な死に方だったから。帽子を被せてあげた人もそう思って埋葬しなかったんだと思う」


 それか、余裕がなかったか…

 現場にいた桐も涙を堪えるためか、震えながら地面ばかりを見ていた。


「鈴宮、桐。行くよ。遺体の分析は、後日他の部隊にお願いするよ」


 二人とも私が山道に戻ろうとすると、黙ってついてきた。

 背嚢を再び背負い、山頂を越え少し下りたところで野営に適したエリアを探す。


「中隊長。第二小隊が野営に適した場所を見つけたようです。恐らく、中隊はまとまれるとのことです」

「分かった。じゃあ、素直にそこに決めよう」


 小隊が見付けた土地は、確かに十分な広さがある。天幕は持ってきてないし、正直どこでもいい感じはするけど味方がみんな集まれるという利点は大きい。

 

「中隊は、ここで野営する。夕食とったら、各自のポンチョで休息をとるように」


 中隊隊員は、皆揃って疲労感をあらわにしながら返事をする。

 私は自分で自分の命令に従うように、背嚢からパック飯を取り出した。そして、ポンチョを頭から被り、体を完全に覆い尽くした。そのポンチョの中で、パック飯の口を開ける。そのまま、スプーンを突っ込み自分の口に運んだ。出発前に、野外炊具で人数分を湯煎してもらったので、冷たくはなっているが食べることは出来る。

 うん。まあ、美味しいけど、釜の飯より旨いものは無いって感じかな。

 食べ終わった後は、ゴミはきちんと背嚢の中にしまった。

 私も疲れてないと言えば嘘になる。よって寝る。




 すっ、と瞼が上がる。

 暗いポンチョの中で時間を確認するため、腕時計のライトを点灯させるボタンを付ける。0558時。丁度良い時間だ。

 一応、周囲の警戒を怠ること無く、ポンチョから顔を出す。他の隊員も起き始めている。

 私がポンチョを仕舞い始めて、出発の準備を整えると起きた隊員はそれを真似た。数分もすれば、皆立ち上がっていた。


「ここからは、作戦の通りに救出班と第一小隊桐分隊が私についてきて。残りの分隊、第二小隊は陽動のために所定の位置へ。以上、解散」


 ぞろぞろとそれぞれの方向へと歩み始めた。

 二時間程経ち、遂に収容所が見えてきた。全体的に石造りで、四隅には建物に埋め込まれたような形で見張り台がある。


「鈴宮、無線」

「只今」


 山を完全に下りきった。後は、第二小隊長率いる陽動部隊の一斉射撃と同時に扉を発破。突入して行く。

 そこで、陽動部隊の状況を掌握したい。今回、強引に無線手とした鈴宮が私の前にしゃがんで、背中の広域多目的無線機、通称広多無コータムを使いやすくしてくれた。


「第二小隊長、こちら中隊長。攻撃準備は出来た?送れ」

〈中隊長、第二小隊長。陣地構築のための接近でさえも、不可能であると思われます。警備にも多少穴があるので、短時間の接近は可能ですが、陣地を造るとなると難しいと思います。よって、夜間襲撃を上申します〉


 成程。収容所の後ろと言えど、警備は厳重だったか。


「了解した。陽動部隊は、日が沈み次第陣地構築を開始、完了したら報告。終わり」


 受話器を無線機に戻した。


「収容所侵入は夜間に行う」

「了解」


 私の後ろに待機している、中隊本部班と桐分隊に伝えた。

 鈴宮は、私の隣に移動する。

 私は、背嚢から双眼鏡を取り出して収容所前を見た。

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