第十五部

 鈴宮の率いる桐分隊は、鈴宮小隊長の威勢の良い掛け声とは相反して、一言も喋らずに足音を立てないように前進した。鈴宮は小隊構成員の懐中電灯で照らされた階段を上らず、階段の上に銃口を向ける。鈴宮の後ろに続いていた隊員が、慎重に階段を上り始める。

 私は、パジャシュを衛生に預けて、階段の元へと向かった。気持ちを切り替えて、鈴宮の肩をポン、と叩く。


「全員が屋上に上がりきったのを確認出来たら、報告」

「了解」


 鈴宮は、屋上へと上がった。

 ここで私は、今まで無視してきた問題にとりかかる。問題と言っても単純だ。

 救出した人々をどうやって脱出させるのか、だ。

 勿論、ヘリコプターでの脱出が大前提なのだが、予想以上に捕らえられていた人が多かった。となると、トリアージュでより重篤な人をヘリコプターで輸送する。しかし、ここが日本本土であればそんなに悩むことはなかっただろう。ここは異世界だ。派遣先だ。ヘリコプターの数が限られている。チヌークなら尚更だ。負傷者に歩かせるのも気が引けるし、ヘリコプターに乗せきれない歩行困難者がでるかもしれない。


「新渡戸……とおっしゃいました?」


 副旅団長イリューシャンがパジャシュから離れて私に話しかけてきた。


「助け出した捕虜はどうするつもりなのですか?」


 子供とはいえ、指揮官だ。考えることは同じみたいだ。


「丁度その事で悩んでたんだけど、何か良い案は無いかな?」


 もう、時間が無い。敵の無力化に成功していたとしても、もうすぐ夜が明ける。もし、本国に伝えに行った人がいるならばそれこそ時間が残り少ないだろう。


「全員の大移動は無理かもしれませんが、比較的少人数であれば秘密の抜け道から出ることは出来るかもしれません」

「うちにはね、ヘリコプターという代物があるんだよ」


 イリューシャンは自前の猫耳を垂らして、首をかしげた。


「空を飛ぶ馬車みたいなもの。見ればどういうものか分かるよ」

「戦闘機と言いヘリコプターと言い、自衛隊は空を飛ぶことが得意ですね……」


 人間が魔法を使わずに空を飛べると言うのは、私達には当たり前のこととなっているが彼女等には非現実なのだ。呆れたように言うのも当然だろう。


「少しここで待ってて」


 私は、屋上からヘリコプターを呼ぶために屋上へと向かう。

 屋上には、担架で運ばれた重症患者や自衛官が大勢いた。作戦が始まってから、皆緊張感のある面持ちだったがこちらは主だった接敵もしなかったし、後は回収されるだけなので少しは表情筋が緩んでいた。


「鈴宮!報告!」

「丁度、全員の点呼を確認!軽傷者いち!」


 鈴宮のところまで向かうのは時間の無駄と判断し、大声で会話した。

 確かに全員確認と受け取ったので、信号拳銃に弾を込めて上空に向けた。弾は私の手を蹴って、空高く撃ち上がった。小型の落下傘が展開され、光がぼやける程の輝きを放ったまま、ゆっくりと落下していく。

 そういえば、巻口隊長からこの信号弾を誰が確認するのか聞いてなかった。まさか、関?いや、となると関達は歩いて壁外駐屯地に行くことになる……

 失笑してしまった。しかし、それが他の人には届かずに済んだ。ローターの音で掻き消されたのだ。なんと、草しか無かった筈の場所からフライングエッグとも呼ばれている観測ヘリコプターOH-6が出現したのだ。それは急上昇し、楕円形の機体を大きく左右に振った。「確認」の合図だろう。

 どうやらOH-6は、背の高い草むらに機体が接触する程の低空でホバリングをして待機していたようだ。現にOH-6の直下を望むと、特徴的な楕円形の形に草が倒れていた。

 OH-6は、救出部隊回収の為のヘリコプターを呼ぶために、私に腹を見せつけながら国境の山脈を越えていった。

 山脈を見て思い出した。私達は国境を越えていたことを。これは海外派遣のようなものではない。イツミカ王国には宣戦布告を受けた為、地域紛争、つまり戦争状態にあるのだが、それに乗じて自衛隊は無断で国境を越えている。日本としては、“国として認められていない”地域ではある。がしかし、台湾や香港等の場所も、日本は中華人民共和国として見ているが、他国では独立した国として見ることもある。

 ここはそのような場所だ。日本は、国として認めてはいない。が、ビルブァターニから見れば立派な国だ。

 これが、戦争だということを忘れてはいけない。殺されても文句は言えないのだ。


「敵集団捕捉!北の方角!」


 警戒に当たっていた者の報告が入った。我々の襲撃がバレてしまったようだ。


「敵の詳細送れ!」

「接近する敵は、騎兵!騎兵大隊規模!」


 切羽詰まった表情で、隊員は私に怒鳴る。

 騎兵の急速接近。しかし、今ここから撤退してしまっては、ヘリコプターの支援を受けることが出来ない。幸い、5.56mm普通弾なら、桐が撃った2発以外、全員分残っている。一人につき、弾倉を8つくらいは渡したので数十分時間を稼げれば良い方だ。

 ……考えてみれば、全然「幸い」では無かった。

 どうすれば、どうすれば良いんだ……!


「愛桜隊長!鈴宮小隊、射撃準備出来てます!」


 鈴宮が桐分隊を屋上の縁に整列させ、銃口を騎兵集団に向けながら叫んだ。籠城戦なら、防衛を主とする自衛隊の得意分野だ。……語弊を生まないためには、自衛隊に限らず籠城ならば勝つ確率が高い、と表現するのが良いだろう。少し誇張してしまった。

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