第九部
私達がこの広い土地に入ってきた時に通った、石造りの道に集まった。
「駐屯部隊は」
早速、巻口隊長は話し始める。
「一中隊が壁内、連隊本部含め本管と施設、特科を壁外とする。後方支援隊は、補給とかの分野を適当に分ける」
「了解しました」
皆、了承をした。
「間もなく、補給と支援が到着するそうだ。俺達が来たときと同じように、この世界との穴を再び開けてくれると、セリシャさんも言ってくれた」
ん?支援?
「し、支援というのは…?」
自在さんが、遠慮がちに聞いた。
「え?……あぁ。日本から、民間タンカーと補給艦と輸送艦…あとは……あ、護衛艦とか来るらしい」
通信が確保したことで、日本は安全に行き来できると確信したのだろう。それにしても、民間タンカーとは…
「早速だが、移動を開始してくれ」
碧く揺らめく光の発生源である、太陽が傾き始めた。鋭角に入る光は、私の目を突き刺す。
そのまま駐屯する第一中隊の隊員は、設営組と誘導組で分かれて行動している。設営組は文字通り、壁内に駐屯するための天幕等を設置し、誘導組は壁外に駐屯する部隊の車両移動を補助する。私は、不足している誘導組を手伝っている。
パジャシュと連携しつつ、道路に臣民が入らないように注意を払う。後ろを155mm榴弾砲とそれを牽引する中砲牽引車が通った。規則的に並べられた石畳の隙間にあった土が舞い上がり、視界を悪くすると同時に口の中にも入ってきた。
そうしていると、突然、臣民の一人が道路へ飛び出してきた。ちなみに、臣民とは、ビルブァターニが帝政であるため国民はそう呼ばれるらしい。ともあれ、止めなくてはならない。
「危ないですよ!近付かないで下さい!」
単に道路に飛び出しただけかと思ったが、違った。私の方に向かってきたのだ。そのまま、崩れ込み私の裾にしがみつき涙で濡れた眼を見せつけた。
「あ…あなたは、連邦の軍人さんではありませんね?」
若々しい顔立ちをした女性が、おぼつかない日本語で涙ながらに訴えかける。
「どうか……どうかお願いです。帝書記長を…あの忌まわしきコルランを、討ってください……!」
驚きで言葉が出なかった。帝書記長を…討てと?
すると突然、パジャシュが血相を変えて叫んだ。日本語ではない。
その声を合図に、誘導を手伝っていたパジャシュ率いる守護騎士旅団の方々が、腰に提げている剣に手をかけて私を取り囲んだ。鋭い視線を突きつけるのは、私にしがみつく臣民だ。
どうやら、連邦軍は逮捕権も有するようだ。
「どうか!どうか、お願いです!コルランを!奴を討ってください!」
パジャシュに感化されてか、私から引き剥がされている臣民の声も大きくなっていた。強引に剥がされた臣民は、屈強な男共に囲まれながら騎士旅団に所属しているであろう女性騎士に手枷を付けられた。女性騎士と言っても、やはりパジャシュと同じくらいの体型だ。
「ごめんなさい。何が起こっているか、訳が分からないでしょう?」
「は、はい。正直」
「かの……あいつは、貴女に叔父様を討つように言った。だから、私は大逆教唆罪として捕まえろって命令したの。あと、叔父様のことを呼び捨てにしてたから、不敬罪としてもね」
大逆教唆…不敬……
流石は帝政と言った所ではあるが、自分の目の前でこのような場面が展開されるとやはり驚きしかない。日本では、発言等で逮捕されることなんかほぼ無いから余計だ。
「日本語は、海上自衛隊の人にでも教えてもらったのかな」
逮捕され、俯きながら頑丈そうな馬車に乗せられる臣民を遠目で見ながら、パジャシュが呟いた。
先程の事がずっと、念頭にあるせいで他の事が考える事が出来ずにいた。
壁内に駐屯するはずだった我々は、何故か壁外に送られた。巻口連隊長の突然の采配だ。
金属で出来たカップの中に珈琲が入っている。私は、何も考えずにそれを口に運んだ。
「愛桜隊長!」
「は、はい!」
「支援部隊が到着しましたよ」
誰かと思ったが、鈴宮だった。
「支援部隊?」
「どうやら、警務隊と駐屯地設営のための資材等を運んできたようです」
私達の駐屯にともなって、警務隊、MPも派遣されたか。
「それと、巻口連隊長が呼んでましたよ。あと、天幕もしまいたいので」
「え?天幕しまっちゃったら、部隊指揮は」
鈴宮は、目を私から何も無い草むらに向けた。いや、何も無かった草むらと言うべきか。
そこには、立派とは言いがたいが、ユニット住宅を組み合わせて作られた簡易的な建物の建設が進められていた。太陽が沈む中、車両のヘッドライト等を駆使して施設科の車両が働いている。
「今、隊舎等を設営していまして、あ、巻口連隊長は完成しました指揮所にいらっしゃいます」
「ああ……ありがとう」
報告書や無線機が雑に置かれた折り畳み式のテーブルの上に、カップを乗せた。
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