第十部
「おらぁ!なにやっとんじゃ?!ボケぇっと、突っ立っとんとちゃうぞ!」
施設科の怒号が、あちこちから湧いてくる。重レッカがユニット住宅を吊り上げている下を通り、ユニット住宅で構成された一階へと入った。
廊下を通り、「異世界の指揮所」と書かれた紙が張り付けてある扉を開けた。字的にも巻口隊長が即興で書き上げたこと間違いなしだ。
「新渡戸愛桜、入ります」
指揮所は、まだ駐屯地施設が建設中ということだけあって、すっからかんだ。何十年も前に作られた電子機器などはまだ設置されていない。それを言うなら、机すらない。そんな部屋のやや奥に、巻口隊長が地べたにどっかりと座り込んでいた。
「おぉ!新渡戸!さっきは、臣民に絡まれたそうじゃないか。大丈夫か?」
「はい。絡まれたと言っても、危害は加えられてませんし。心配してくれるなんて、良い上司を持つことが出来ました」
「いや、これはな。報告書とかの関係で聞いとかないといけないしな」
「言い訳ですか?らしくないですよ」
巻口隊長は、なんやかんやいって心配してくれる。そして、何か小さい声でぶつぶつと言っている。
「いいから。そこ座れ」
私は、巻口隊長の前に正座で座った。
「楽にしても良いから聞いてくれ」
ここからは、仕事だ。
「黒鎺から報告が上がったんだが、見つかった自衛官は全てありあけの乗員、海上自衛隊だった。C-2の乗組員は見付からなかったそうだ。ただし、ありあけに乗艦していた中にも見付からなかった人達がいる」
と、一旦話すのをやめて地図を取り出した。それを、私と巻口隊長との間に広げる。
「ある情報筋によると、最近ビルブァターニでは拉致事件が頻発してるらしい。犯人等は既に確定していて、このイツミカ王国という国に囚われている可能性が濃厚だ。しかも、国境付近に収容所がある」
見たことの無い文字で書かれた場所に指を乗せた。地図は異界のもので、油性ペンで方位記号が右上に書かれている。巻口隊長が指を乗せた部分から南下すると、壁の記号で囲まれた土地があった。更に赤い丸でも囲まれている。ここが、本来私が駐屯するはずだった壁内分屯地という訳か。
「まあ、おおよそ察したろ。新渡戸は、捕虜を奪還してほしい。中隊全部持ってけ。車両は使わない。足で向かってくれ」
「分かりました。ですが、勝手に他国に行って良いのでしょうか?それは、宣戦布告に値するのでは?」
「それなら問題ない。無線機で帝書記長と外務省との対話の時に、イツミカ王国の大使がやって来て「ビルブァターニに協力するならば、敵として認識する」と、最後通牒無しでの宣戦布告を受けた」
…………………………
えーと…
「…そ、それって!問題しかないじゃないですか!!!!!」
「いきなり大声出すなやかましい」
いやいやいやいや、宣戦布告?!そんなの…え?!
「首相も乗り気で、先程攻撃許可が下りた。弾薬は5.56mmに関しては無制限。誘導弾とか
皆、あの時の私と同じ反応をした。
「と、いうことで、第一中隊には任務が課せられた」
隊員は各々、心配事等を共有している。
「まず、これは隠密作戦として遂行する。中隊本部班に、本管から派遣される衛生を組み込む。待機組を編成し、現地に行く中隊本部班員を20名以下にする。桐分隊は、本部班を護衛する。収容所の設計図はビルブァターニ帝政連邦より頂いた」
私は、巻口隊長が持っていた地図を先程運搬されてきたホワイトボードに磁石を使い貼り付けた。
すると唐突に、桐三曹が手を挙げると同時に声も上げた。
今は、中隊本部班の他にも各分隊長、小隊長クラスの人を集めている。
「84で榴弾を撃ちましょう!」
「え、撃って良いの?」
咄嗟にとぼけた。
「だって、極力ロケット弾を使うなってことなら、一発くらいは使っても良いって事じゃないですか!」
私は呆れて大きな溜め息をついた。
「収容所には、誰がいるの?」
「敵です!」
「はぁ…他には?」
「んー……」
桐三曹は、首をかしげて右手を顎に当て、じっくりと考えている。パッと顔が明るくなった。考えがまとまったらしい。
「敵だぁ!」
ん゛ー…
「私達が助けるはずの仲間がいる収容所に、炸薬を詰め込んだものをぶちこむの?」
「あっ」
ようやく察しましたか。
「捕虜の救出は、奇襲でも強襲でもない。隠密作戦を以て行うこととする」
言い切ると、鈴宮へと目を向けた。
「さっきも言ったように、鈴宮小隊桐分隊が救出部隊、つまり中隊本部班を護衛する。他の小隊は今回、小銃小隊と同じ役割で陽動を行なう。要するに、対戦車小隊も迫小隊も小銃小隊と同じにする。パジャシュから聞くには、まだこの世界ではゲリラ戦は常識ではないらしい。とにかく、数。大量を以て大量を制する戦い方をするらしいね。それを逆手にとって、比較的人数が多い方を陽動に使う。脱出には、第12ヘリコプター隊と連携をして屋上で回収してもらう。チヌークがギリギリ着地出来る広さがあるみたい」
鈴宮は懸命にメモしている。他の者も同様にしたり、真剣に目を向けていたりする。
「ただ、狙撃班は、国境の山からイツミカ王国軍の足を奪ってほしい。出来るよね?関班?」
「はい。確実に命令された敵を射抜いて見せます」
関班、つまり狙撃班は、第一中隊に所属する特別な班だ。6人で構成されている。
関は、渡米訓練で一皮むけたな。以前の自分への事前擁護が無くなった。ただ、外した時はすぐ泣くからなぁ…
「愛桜隊長、流石に国境までは運んでくれませんか?」
確かにそうだよね。何百キロあるか…
「分かった。そこは巻口隊長に掛け合ってみる」
私は、右手を顔の前に出して時間を確認した。今は、2021年7月10日の20時55分。驚いたことに、通信環境が出来上がっているようだ。派遣されたのが7月9日で、一晩超えているので確かに日付はあっている。どうやって、通信を確保したのやら。
「作戦開始は、今から8時間5分後」
そう言って、私は腕時計のタイマーを始動した。
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