第七部
驚きと思考のせいか、巻口隊長は動きが止まっていた。少し間を置くと、正気に戻ったのか、今度は他人にも伝わるような焦りようで言った。
「黒鎺!」
「現在地!」
「直ぐに中隊に戻り、再度本土との交信を試みつつ、施設中隊の全勢力を以て壁内の捜索を行え!」
「了解!」
黒鎺さんは、巻口隊長に早口で命令され、走って給養員の脇をすり抜けた。
「そういえば、あなた方は何か目的があったのですか?」
巻口隊長の対応から察したのだろう。帝書記長が聞いた。
巻口隊長は、咳払いして答えた。
「申し遅れました。私は、日本国陸上自衛隊中央即応連隊兼ねて行方不明者捜索混成団団長、巻口華浦一等陸佐です」
巻口隊長が名乗ったのであれば、私も名乗らなくては。
「同じく、中央即応連隊第一中隊隊長、新戸部愛桜二等陸佐」
今度は失敗しないように、冷静に言った。
「我々は、消えた仲間達を捜索、あわよくば、保護し本国へ帰国させるために参りました!」
連隊長が帝書記長に放った言葉で、この派遣の目的を再確認させられた。
「成程…巻口さん達は、目的があって我々の世界に来たということですか?」
「まあ、そういうことになりますが、元々はここに来るつもりはありませんでした」
少し声に出す笑いを連隊長はして見せた。
「それは申し訳ないことをしました」
何で、帝書記長が謝るのかな?
「私達の召喚術式に巻き込んでしまったがために」
ああ…そういうことか。確かに、住み慣れた日本を離れるというのは寂しいけれど、行方不明者を一名見つけられた訳だし感謝する所もあるのかな。
そしてその一名は今、帝書記長の近くのテーブルに食事をトレーごと置いた。
帝書記長は「ありがとう」とでも言ったのだろうか。山口さんを見ながら口を動かした。しかし、その食事には手を付けず、こちらに向かってきた。
ゆっくりと、段数を数えるのが程高い位置にある玉座を降りながら、
「そうそう。名乗るのを忘れていました。シクシン・レイ・ブルゥス・コルラン・リュ・シュです。よろしく」
と、玉座の階段を降りきると同時に名前を言い終えた。
先ず言いたい。名前はむやみに長くするものではないよね?…結婚もしていない私が言えたことじゃないけど。
「改めまして、巻口です。よろしくお願いします」
巻口隊長は手を差し出したが、帝書記長は首をかしげるだけだった。
「叔父様、あくしゅあくしゅ」
慌てた様子で、パジャシュがだだ漏れの耳打ちをする。
この様子だけ見ると、私達が外国に来て、現地の人と交流しているだけにしか思えない。実際そうなのだが、相手が国のトップと軍士官というところが今でも信じられない。
帝書記長と巻口隊長の握手が解かれた。
「ここからは、外交のお話になるのですが」
握手後のしばしの沈黙を打ち消して、帝書記長が話を切り出した。
「今、あなた方の部隊がいるのは、
言わば、日本の霞が関、アメリカのワシントンD.C.か。そのような場所に他国の軍隊ないし武装組織が留まるのは、その国の国民からどう受け取られるか分からない。最悪、国民の勘違いで暴動が起こる可能性だってある。
「一つの中隊だけなら、このままここにいても良いですけど、他は壁外に駐屯していただけますか?土地はお貸しします」
「外交となると、私が独断で決めるのは――」
突然、玉座に声が響いた。
「隊長!」
黒鎺さんだ。
「連邦魔導士の方のお力添えもあって、本土と繋がりました!」
「なんだって?!」
巻口隊長は目を丸くした。
「あっ…本土と繋がりました!!!」
違う、そうじゃない。
「そ、そうだな。えっと…今ここで中継出来るか?」
「はい」
黒鎺さんは、背負うタイプの無線機の受話器を隊長に渡した。
巻口隊長は、丁寧に今までの事を報告した。そして、ようやくこちらの用件を話すことが出来る。
「直接ですか?直接、帝書記長と?」
と思われたが、どうやら無理みたいだ。
「分かりました。ただいま、変わります。……新渡戸、黒鎺。退出しろ」
「了解」
「分かりました」
黒鎺さんが、無線機を巻口隊長に託したのを待ち、一緒に玉座を後にした。後ろにはパジャシュも付いてきている。
入る時にも通った、大きな扉が開かれる。すると、外からは
「何かあったんですかね」
黒鎺さんが、不思議そうに問う。
勿論、私にも分かるわけもなく
「さあ」
と、返した。
「あ!なんか、人だかりが出来てるわよ!」
パジャシュが、駆けてヴァルキリーを出ていってしまった。これだけを見ると、一個旅団を率いるリーダーには到底思えない。とても、愛らしい、子供のようだ。…いや、パジャシュはまだ子供だ。
そして、パジャシュはヴァルキリーの外で何か私達に向けて喋っている。その声は聞こえる。しかし、言っている言葉が、異世界に来て船団に囲まれた時に聞いたあの言語に酷似している。
「え?」
思わず、声が出た。
「パジャシュさん、いきなり日本語を喋らなくなりましたね」
黒鎺さんも私に便乗して言った。先程までは普通に日本語を話していたのに、ヴァルキリーを出た瞬間にあの言語を喋るようになってしまった。
私達、二人とも、不思議に思いながらも歩きながらヴァルキリーを出た。すると、パジャシュは何かを思い付いたように近寄ってきた。
「ごめんなさい。ヴァルキリーを出たことを忘れていて」
今度は日本語だ。一体なにが作用してこのような現象が起こるのだろうか?
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